聞けないこと
広間の中央で、五十代くらいの男が待っていた。
深紅のマント。
金色の装飾。
「私はアステリア王国国王、アルベルト・レイ・アステリア」
国王は頭を下げた。
「皆様の意思を確認せず、この地へ招いたことを謝罪する」
「謝られても」
後ろから声がした。
「その通りだ」
国王は顔を上げた。
「我が国は現在、北方の魔族軍と戦争状態にある」
家臣が地図を広げる。
北側に赤い印がいくつも付けられていた。
「国境の都市をいくつも失った。軍を束ねる存在を、我々は魔王と呼んでいる」
「それで俺たちを呼んだ?」
橘が聞いた。
「力を貸してほしい」
「戦争に?」
「ああ」
教室の空気が硬くなる。
「生徒です」
吉岡先生が言った。
「この子たちは兵士じゃない」
「承知している」
「なら戦わせないでください」
「今この場で戦えとは言わない」
国王は先生を見る。
「召喚によって皆様にはこの世界特有の力が発現している可能性がある。まずそれを把握し、自身を守る方法を身につけてもらいたい。その後については改めて話し合いたい」
「戦争に参加するかは?」
「本人と、あなたを含めた皆様の意向を無視して命じるつもりはない」
「言葉通り受け取ります」
先生は引かなかった。
「それより」
橘が言う。
「帰れるんですか」
広間が静かになった。
国王の横にいた老魔術師が一歩前へ出る。
「皆様を招いた召喚術は、世界の境界へ干渉する極めて大規模な術式です」
「帰る方は?」
俺が聞いた。
「現在、魔術院で召喚術式を解析し、逆方向へ作用させる方法を調べています」
「今すぐ帰る方法はない?」
「今すぐ、とは申し上げられません」
水瀬が袖を握る。
「帰れるんですよね」
「可能性はあると考えています」
「可能性」
水瀬がその言葉を小さく繰り返した。
老魔術師は否定しなかった。
「帰還については王国の責任で研究を続けます」
吉岡先生が言う。
「進捗は私にも共有してください」
「約束いたします」
そこまで話してから、老魔術師は台座を運ばせた。
上に透明な水晶が置かれる。
「召喚術式には、対象者の魔力適性を強く引き出す働きが組み込まれています」
「前にも誰か召喚したことがあるんですか」
クラスの誰かが聞いた。
老人は水晶へ目を落とした。
「この術式そのものについて残されている情報は多くありません。私どもが扱えるのも、現存する術式を解析・再起動した結果です」
それ以上は答えなかった。
「この世界では、その者が最も強い適性を示す分野を《天職》と呼びます。鑑定晶によって、それを確認します」
「勇者とかあるの?」
佐々木が聞く。
「伝承上は《勇者》《聖女》と呼ばれる天職も存在します」
何人かが橘を見る。
「見るなよ」
本人だけ嫌そうだった。
*
最初に出たのは橘だった。
水晶へ触れる。
金色の光。
文字が浮かぶ。
――《勇者》。
「……」
「本当に勇者じゃん」
佐々木が言う。
「お前のせいじゃないけど腹立つな」
「理不尽だろ」
王国側がざわめく。
「伝承級です」
老魔術師の声にも熱が入る。
橘は表示を見たまま聞いた。
「何ができるんですか」
「複数の武器への適性と、身体能力への強い補正があるとされます」
「されます?」
「《勇者》の実例は、我々にもありません」
橘はそれ以上聞かなかった。
「次」
戻ってくる。
嬉しいのかどうか分からない顔だった。
佐々木は《重戦士》。
「似合う」
俺が言った。
「やっぱ笑ってるだろ」
「笑ってない」
「口」
「元からこう」
「嘘つけ」
鑑定は進む。
《風術師》。
《剣豪》。
《魔導師》。
強そうな名前が続く。
「水瀬小春さん」
「はい」
水瀬が前へ出る。
白い光。
――《治癒術師》。
「……よかった」
誰にも聞かせるつもりのない声だった。
「小春、回復役だ」
友達が言う。
「うん」
水瀬は表示を見たまま頷いた。
胸の前で握っていた指がほどける。
「如月玲奈さん」
如月が水晶に触れる。
今までより強い白い光が広がる。
――《聖女》。
「聖女……」
「如月っぽいな」
声が上がる。
王国側の反応も大きい。
如月は表示を見ていた。
驚いていないわけではない。
でも喜んでもいない。
何を考えているのかは分からなかった。
「高瀬悠斗さん」
「はい」
俺の番。
水晶へ触れる。
何も起きない。
三秒。
四秒。
「高瀬」
「佐々木、何も言うなよ」
「まだ言ってない」
「顔に書いてる」
やがて水晶の中心に青い光が灯る。
文字が浮かんだ。
――《共鳴士》。
「きょうめいし?」
俺も初めて聞く。
老魔術師は水晶を見たまま動かなかった。
「何する職業です?」
「少々お待ちを」
資料を開く。
別の魔術師も呼ぶ。
何冊か確認したあと。
「申し訳ありません」
「嫌な始まり方だな」
「現行の天職記録に《共鳴士》という名称がありません」
「……ない?」
「はい」
「じゃあ何ができる?」
「名称から考えれば、他者の魔力との同調や共振に関わる天職かと思われます」
「思われます」
「推測です」
「せめてそこは分かっててほしかったな」
思っていたより声が低くなった。
後ろから佐々木が何か言いかける。
でも言わなかった。
「高瀬」
橘だった。
「とりあえず戻れ。後ろ待ってる」
「お前、もっと何かない?」
「今俺が適当なこと言っても意味ないだろ」
「……まあ」
それはそうだった。
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如月と目が合った。
彼女は口を開いた。
「高瀬君」
「何」
「……」
「何だよ」
「ごめん。何でもない」
「今日それ多くない?」
「ごめん」
「それも」
如月は黙った。
俺もまた、それ以上は聞かなかった。




