第2曲 ただいま!
挿絵提供:ひらじ様
X:@hirazi_illust
ギャラリー:https://hirazisora.wixsite.com/home
三歳の誕生日だったあの雪の日、わたしには新しい家族が出来た。お父さんとお母さん。五歳お姉さんの依子と一歳下の妹、陽愛。
最初は緊張したけど、やがて家族にも受け入れられてとても幸せな時間を過ごしていた。
だけど数年で家族を悲劇が襲った。わたしが五歳の時、お父さんが事故でこの世を去ってしまう。とても優しいお父さんで、わたしも大好きだった。
悲しみに暮れていたわたし達だったけど、お母さんは子供たちを育て上げるという重責を抱え、女手一つで仕事を掛け持ちして孤軍奮闘。
そんな時、久々のお母さんの休みに家族で見学に行った子供向け番組のスタジオ収録で、わたしはスカウトされた。
「あなたなら十年に一人の逸材になれます!」
鼻息荒く必死に説得してくるスカウトのお姉さん。
「ゆきは百年に一人だ!」
「ゆきちゃんすごーい!」
より姉とひよりも興奮している。ただ一人、お母さんだけは困惑気味。
「ゆきはどうしたい? お母さんは無理強いしないよ。ゆきがやりたいなら応援するし、嫌ならお断りするわよ」
お母さんはきっとわたしの事を考えてくれている。だけど、わたしだってお母さんのお手伝いがしたい。
テレビヘ出るようになればお金がもらえる。わたしもお母さんの役に立ちたい! これもわたしの「使命」のひとつだとするならば。
わたしは二つ返事で引き受けた。そしてそれがわたしの人生を決定づけることになる。
「え!? 男の子!?」
契約書にお母さんが必要事項を記入していると、スカウト兼わたしのマネージャーとなるお姉さんが驚きの声を上げる。
野太い声が出ていたから、心底驚いたんだろう。
「やっぱりまずいですか? どう見ても……ですもんねぇ」
いやお母さん。そこは濁さなくてもいいよ。
みんなが可愛い可愛いと育ててくれたおかげで、髪は伸ばし続けて背中まであるし、そっちの方がいい! という勧めで自分のことも「わたし」と呼んでいる。
どこからどう見ても女の子だよね。
「いえ! これは逆にチャンスかもしれません! 経歴も、キャラクターの設定も性別不詳ということにしておきましょう! ミステリアスで受けますよ!」
子供向け番組にミステリアスは必要なのかな?
「ゆきちゃんという名前も男女どちらでもおかしくないですしね。芸名は一ノ瀬雪。キャラクター名は『ピーノちゃん』で!」
だっさ。
もうちょいならなかったのかな、ピーノちゃん。
大人の言うことだから口出しはしないけど。
「それでゆきちゃん、何か得意な事ってある?」
マネージャーの質問にわたしは自信満々で応える。
「歌とダンス! 自分で作った歌と振り付けもあるよ!」
きっとその時のマネージャーさんは子供が作った稚拙なものを想像していただろう。
だけどその曲とダンスが、いくらかの手直しをしたとはいえ誰もが口ずさむ国民的な大ヒットを飛ばすことになる。
ピーノちゃん=ふわふわダンス。
ネーミング……。
それでもわたしの歌を聴いた人はみんな笑顔になり、一緒に踊ってくれる。
これだ!
わたしの果たすべき使命。「人々を幸せにする」ために、わたしが出来ることはこれしかない。歌とダンスを通して世界に笑顔を届けよう!
そして神童、天才子役ともてはやされるにつれ、わたしの周囲にはわたしではなくわたしの生み出すお金だけに用がある、汚い大人が寄ってくるようになった。
それはまだ幼いわたしにはとてもいい環境とは言えなかった。
幼いころから人の顔色を読むことが得意だったわたしには、表面上笑顔でも、その人の本音が透けて見えてしまう。
『子供のくせに』『ちょっと売れたからと言って調子に乗って』『お金を生まなければ誰がお前なんかに頭を下げるか』
そんな裏の声がどうしても感じ取られてしまい、徐々に笑顔の減っていったわたしは結局活動期間一年にも満たず、芸能界を引退してしまった。
世間からは惜しまれたけど。
わたしがお仕事を辞めてしまったおかげで、またお母さんに負担をかけてしまうことになると思っていたけど、お母さんはわたしの稼いだお金に手を付けていなかった。
「ちょうどいい縁があってね。とても割のいいお仕事を紹介してもらったから大丈夫なのよ」
ごめんなさいとしょげるわたしの頭を撫でながら、問題はないと言ってくれるお母さん。仕事をしながらわたしのサポートをしてくれていたお母さんには感謝をしてもしきれないや。
だけど、そのお仕事を紹介してもらった縁もあって、わたし達に家族が増えた。
新しいお父さんと、二歳年上の楓乃子姉さんと一歳上の茜姉さん。かの姉とあか姉。
お父さんとお母さんは同じ会社の同じ部署で働いている。
そして、会社で新しく立ち上がったプロジェクトに夫婦で抜粋されたこともあり、わたしたちはアメリカへと移住することになった。期間は四年。
最初は言語の壁に苦しんだけど、わたしがいち早く英語をマスターし、家でも極力英語を使うことによって家族も慣れていき、四年が経つ頃にはみんなペラペラ。
「これで就職にも有利になるな」
より姉は現金な事を言っているけど、まぁあながち間違ってはいないか。
そしてプロジェクトは無事大成功に終わり、いざ日本へと帰ってきたんだけど。
今日は新しい学校への転校初日。ひより、かの姉、より姉それぞれの進学に合わせて帰ってきたので、世間も今日から新学期だ。
ひよりは同じ中学だけど、かの姉は最寄りの高校、より姉はデザイン系の専門学校を選んだ。
普通なら同じ中学に通うあか姉とひより、三人一緒に家を出るんだけど、日本に帰って最初の登校日ということでテンションの上がったわたしはみんなの準備を待つことが出来ず、先に家を出てきてしまった。
一人機嫌よく通学路を歩いていたんだけど……。
視線を感じる。しかもたくさん。
ゴチン!
漫画でしか聞かないような擬音を聞いたと思ったら、若いサラリーマン風の男の人が電柱にキスをしていた。
うわぁ、痛そう。
でもなんか面白い。
恥ずかしそうにこちらを伺うその人と目が合ってしまい、つい微笑んでしまった。
首を絞められたような表情になり、顔を真っ赤にしてしまう男性。そりゃ恥ずかしいよね。
「はぁ。日本に帰ってきても反応は同じか」
子役の頃からなので慣れてしまったとはいえ、この歳になると複雑なものがある。
腰まで伸びた艶やかな黒髪に、音がしそうなほど長いまつ毛。日本人とは思えない長い手足にくびれたウェスト。
ブラコンな姉妹たちいわく「神の細工とも言うべき黄金比で作られた人類の至宝」だそう。なんだそれ。
常日頃から「お前は美人過ぎるんだから男には気を付けろ」と言われてるんだけど、男が男に何を気を付けると言うんだろう。
可愛いと言われるのは正直嬉しいし、女の子と間違われても別に悪い気はしないんだけど、こちらも年頃の男の子。
時には「男前」とか「かっこいい」なんてことも言われてみたいという希望もそこはかとなくあったりする。無理なのは知ってるけど!
「うわぁキレイ」「モデルさん?」「本当に日本人?」
そんな声を背中に受けつつ、紺色のブレザーとアンバー色のスラックスに身を包んだ男子生徒は学校へと急ぐのだった。
ほどなくして学校に到着。転校初日ということでまずは職員室へ。
「失礼します。本日転校してきました、広沢悠樹です。よろしくお願いします」
少し緊張しながらも扉を開け、自分の名前を名乗ったところ、職員室内にどよめきが走る。あーそうなるよねぇ。
転校生は男子生徒と聞いているはずなのに、現れたのはどう見ても女の子。
「え、悠樹さん? 茜さんでも陽愛さんでもないのよね?」
若い女性教師が声をかけてくれた。
「あはは。正真正銘の悠樹です。こんな見た目なのでビックリするかもしれませんが、ちゃんと男の子です」
「はぁ。世界は広いわ……」
まさかのワールドクラス?
転校の手続きはお母さんが全部済ませてくれていたので、その後はまだ時間があるということで応接室にて待機。
するとあか姉が登校してきた。
「……」
無言で睨んでくるし。
「ごめんて。早く学校に行きたくて待ちきれなかったんだよ」
「それは分かるけど。ひどい」
あか姉が立ち上がり、そばに寄ってこようとしたところで先生が入ってきた。
危ない。隙あらばすぐにスキンシップしようとして来るんだもんなぁ。この姉妹。
最初に応対してくれた女性教諭がわたしの担任で、福山瑞穂というらしい。なるほど、みずほちゃんか。
あか姉の担任は男性教師だけど、物腰の柔らかそうな人でよかったね。
あか姉とは職員室前で別れ、わたしとみずほちゃんはクラスへ。
アメリカに移住したときにも経験したけれど、転校初日にクラスへ顔を出す瞬間というのはどうしても緊張してしまう。人間第一印象が大事だしね。
ここは一発かましておくか。
「それじゃ、名前を呼んだら入ってきてね」
そう言い残して教室に入っていったみずほちゃんの口から転入生が来たことが告げられる。
「おれ職員室のところで見た! めっちゃ可愛い子!」「マジか! これは華のある学校生活になるな!」「ちょっと男子、どういう意味?」
口々に転入生への期待を述べる生徒たち。わたし男なんだけど。なんか申し訳なくなってきたぞ。
「みんな残念。転入生は男の子よ。でも見たらきっとビックリするわよ」
ちゃんとみずほちゃんが真実を告げてくれた。
ビックリするというのは、やっぱこれだろうなぁ。
自分の髪をいじりながら、これから先の展開に一抹の不安を覚えてしまう。
「なんだ男か」「んじゃ興味ねーや」「男子、サイアク」「でもビックリするってどういうことだろ」
男か女でこんなにも対応が違うのか。これってある意味男女差別じゃない?
騒がしい教室内をみずほちゃんの声が制した後、名前を呼ばれたので静かに扉を開け、ゆっくりと扉を閉めてから教壇に登って前を向いた。
「え?」「は?」「男……へ?」「俺が見た子……?」
まず第一印象はメダパニといったところか。落ち着け男子。
「うわ、綺麗」「足なっが!」「顔ちっちゃい」「男子に負けた……」
女子はというといろんなパーツに目が行くようで、まるで品評会をされているような気分。
「はいはい、みんな気持ちは分かるけど騒がないの。それじゃ自己紹介をよろしくね」
さすが日本の学校。先生の一言であれだけ騒がしかったのが静かになってしまう。アメリカではこうはいかないもんなぁ。
「初めまして。本日転入してきました広沢悠樹です。こんな見た目をしていますがれっきとした男の子です。先日までアメリカにいたので、日本の事を忘れている面もあるかもしませんが、いろいろ教えてくれると嬉しいです。よろしくお願いします」
そう言って深く頭を下げる。
「キレイなお辞儀ね。何か習い事でもしてるのかしら」
感嘆した様子でみずほちゃんが聞いてくる。
「ダンスが好きで。日本舞踊も習ったのでそのおかげかもしれません」
「なるほど。みんなもいろいろ聞きたいことがあるでしょうけど、それは休み時間の時にでもね。それじゃ、ホームルームを始めます」
その後はつつがなくホームルームと授業が進行していったんだけど、その間も痛いほどの視線を感じていた。
そして予想していた通り、休み時間には人だかりが出来て質問の嵐。
日本の学生って転校生にこんなにも興味があったっけ?
同じく今日が転校初日のあか姉とひよりが心配になったので連絡してみたのだけど、あちらはいたって平穏な様子。
やっぱりこの正体不明な見た目が原因か。要するに珍獣。
不本意だけど、拒絶ではなく歓迎はされているようなので良しとしよう。
それにしても話しかけてくるのは女子ばかりで、男子は遠巻きに見てるだけ。動物園のサルみたいだ。
別にいいんだけど、女子のやたらと多いボディタッチにはまいった。
こちとら年頃の男子なんでい!
おさわり禁止!
なんて言えるわけもなく、結局放課後にひよりたちと合流するまでおもちゃにされてしまうのだった。
疲れた。




