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雪の精霊 ~命のきらめき~【PV61000突破☆感謝!】  作者: あるて
第3章 拝啓、未来のわたし

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第190曲 歌姫の帰還、そして決意

「みんなただいま!」


 ようやく帰宅許可が下り、無事退院となったその日。

 我が家では家族全員が休みを取って快気祝いのパーティーを準備してくれていた。


「「「「おかえり!」」」」


 声を聞くだけで分かる、心から待ちわびていた祝いの言葉。


 お母さんから始まって、家族全員とハグをした。この辺はアメリカ生活をしていた名残なのかな。

 お父さんは少し恥ずかしそうにしてたけど。息子相手なのになぁ。


「それで、もう日常生活に支障はないのか?」


 より姉が気づかわしげな視線で尋ねてきたので、わたしは元気をアピールするために腕をぐるぐる回してみせた。


「この通り、すっかり元気だよ! まだ激しい運動は止められているけど、軽い筋トレくらいなら大丈夫。日常生活の筋力を取り戻すためにも家事は積極的にやってくださいだって。だから明日からはまたわたしがご飯を作るからね!」


「……!」


 みんな声にならないほどの衝撃を受けている。え、わたしがご飯を作るのってマズイ?


「ま、またゆきのご飯が食べられる……」


 両手で口を押さえたお母さんが感涙にむせぶ。えぇ、そんなに!?

 かの姉とあか姉は無言で両手を天高く突き上げている。一片の悔いなし?

 そしてより姉とひよりに両サイドから抱き着かれてしまった。


「一年半ぶりのゆきちゃんの手料理! もう今からお腹が空いてきたよ!」


 明日まで待ってたら餓死しそうだね。


「いかん、よだれがとまらん」


 本当によだれを垂らしてしまうより姉。乙女のする顔じゃないぞ。

 でもこんなに待ち焦がれてくれていたとなれば腕が鳴るというもの。明日は目いっぱいご馳走を作ろう。


「でも思ったよりも早く退院できましたね」


 ようやく気分の落ち着いたかの姉がオードブルの並んだ食卓につきながら、感心したように言って来た。


「そうだね。若さもあるけど、それ以上に頑張ったしね」


 最初は半年の予定でリハビリプログラムを組まれていたけど、思ったより進捗が早く、前倒しが続いて四カ月で退院と相成(あいな)った。

 昨日は担当の先生や看護師さん、そして飯島さんも含めて病院のみんなで盛大なお祝いをしてもらったところだ。


「毎日汗だくになって頑張ってたもんね!」


 余程嬉しいのか、ひよりの抱き着いた腕に力が込められた。


「わたしも早く帰って来たかったからね。毎日来てくれてたけど夜はやっぱり寂しかったし」

「あたしらだって寂しかったぞ!」


 より姉の腕にも力が入る。

 胸と腰、二カ所を強く締められてハムになった気分。


「それに早く唄いたかったから、本当に頑張ったよ。ほら、いつまでもしがみついてたら座れないよ。早く食べよ」


「え! ゆきちゃんもう唄えるの!?」


 絡みついた腕をほどきながら、ひよりの頭を撫でつけて微笑んだ。


「うん、まだ本調子とは言い難いけど、唄うことにも許可をもらったよ。ハイトーンボイスを出すときには注意するように言われたけど」


 喉に違和感を感じた時はすぐ中止するようにと言われている。

 配信の時には前もってそれも伝えておかないとな。


「それじゃ、さっそく配信をするんですか?」


 ようやく全員が席についたけど、みんなからの質問が止まらない。


「うん! 三日前に退院が決まった時点ですでに明後日の告知と枠の予約は済ましてあるよ!」


 月曜日に退院の許可が下り、今日は木曜日。いつも土曜日の夜に配信していたのでスケジュール的にもちょうどよかった。


「それより早く食べようか。質問は食べながらでも出来るしな。ゆきもお腹空いただろ」


 より姉の言葉でいったん質問は区切り、みんなで『いただきます』をした。このやりとりも懐かしいな。

 そしてさっそく目の前に並んだ料理に手を付ける。病院食に飽き飽きしていたわたしにはこの上もない贅沢だ。何度病室で自炊をしてやろうと思ったことか。


「んま~! 味付けもしっかりしてて、お肉も柔らか~い!」


 久しぶりに味わった家の味。みんなで作ってくれたのが分かる、それぞれの個性が出た料理の数々。

 今日、あまりの美味しさから涙目になってしまうことがあるんだっていうことを知りました。


「みんなで作った。良く味わって」


 そう言いながらもあか姉が自分で作ったであろう品をわたしの皿に盛ってきた。いんげんの胡麻和えとはさすが。渋いもの好きのあか姉らしい。


「わたしのも食べて!」

「わたしのもお願いします」

「あたしも上手くできたんだぞ。食え」

「お母さんのもよ」

「お父さんだって」


 全員が自分の作ったものをガンガン乗せてくるので、わたしの皿がフードファイターみたいになってしまった。全部食べるからちょっと待って。


 結局その日は積もり積もった話をいろいろしながら、みんなの盛ってくれる料理を次々食べることに。

 質問が終わるころにはわたしのお腹はパンパンになっていた。

 く、苦しい……。




 そして迎えた土曜日の夜。


『お待ちください』の文字が表示されたモニターを前に、わたしは静かに精神を統一している。

 目を覚ましてから何度か配信はしていたけれど、歌を唄うのはわたしが眠りにつく前から一年半ぶり。ずっと眠っていたわたしの感覚からしても四カ月ぶりだ。


 最初声がうまく出せなかった時には不安だったけど、地道なリハビリのおかげでどうにか自分の声を取り戻すことが出来た。今のところ後遺症的なものは見当たらない。


 一年以上も昏睡状態で声を出さずにいると、声が変質したり言語に障害が残ることも多いというから、かつての声を取り戻しつつあるわたしはかなり幸運だと言ってもいいだろう。

 ひょっとしたら――雪とは何の関係もなかった――精霊さんがサービスをしてくれたのかもしれないけど、いかにも社畜って感じの言動を連発してたことを考えたらその可能性は低いかな。


 次に会えた時に感謝の言葉を伝えても、また「は? 何のこと?」って言われてしまいそうだ。

 そんなことを考えているとやがて時間が来て画面が切り替わり、かつて見慣れた人たちの復帰を祝う言葉がコメント欄に溢れかえり、またしても泣きそうになってしまった。


「み、みんな、本当にお待たせしました! ダンスはまだ踊れないけど、ゆきはまた唄えるようになりました! 高音域はまだ怪しいところがあるから喉に異変を感じたら途中で止めるかもしれないけど、復帰を祝ってさっそく唄います!」


 少し緊張はしているけれど、声の調子は万全だ。

 リスナーさんとも積もる話はあるけれど、まずはみんなの前で唄いたい。


 踊ることができないのでヘッドセットではなくマイクを持って、目をキラキラさせてカメラを構えるあか姉の方を見る。

 そして画面外のソファーでわたしを見守るより姉、かの姉、ひよりにも視線を送り、頷き合った。


 かの姉の操作で音楽が流れ出す。この高揚感がたまらない。

 あぁ、またこの場所に返ってくることが出来たんだ。はやる心を抑えて息を整える。

 そしてイントロが終わり、息を吸い込み口を開いた。


「!!!」


 姉妹たちが一斉に驚いた顔をした。


 彼女たちにとって久しぶりに聞いたわたしの歌声は以前と何ら変わりない。いや、むしろ進化していた。

 喉に負担をかけないようボイトレに励んでいたせいか、声に深みが増し、込められた情感をより多様な表現で伝えられるようになったからだ。

 その声は鼓膜を通して直接心に響き、聞くものの感情を揺さぶってしまう。

 低音から高音、高音から低音への遷移も実になめらかで、ハイトーンを出せない代わりに使う裏声への変遷も逆にテクニックの豊富さが強調される。


 横目で見ると三人の姉妹がみんな泣いていた。カメラを構えたあか姉も涙を拭わずにいる。


 それは久しぶりに聞いたことによる感慨無量なのか、わたしの歌声が心の琴線に触れたが故なのかはわからない。

 自分でも驚くほどに自然と声が出て、その事実に感動し、興奮したわたしのボルテージはさらに上がっていく。

 そして最後に向かう大サビへとさしかかり、つい裏声を使うのも忘れ高音域に踏み込んでしまった。


「……! けほっ! ごほごほ!」


 喉に違和感を感じた時は遅かった。無理がたたってせき込んでしまい、マイクを持ったまま膝をついてしまったのだ。


「ゆき!」

「ゆきちゃん!」


 四人が一斉に駆け寄ってくる。あか姉もカメラを持ったまま走ってきた。


「けふん! けほけほ……だ、大丈夫だから」

「バカ! 無茶すんな!」


 より姉から叱りつけられた。


「ごめんごめん。ついイケると思っちゃって。ちょっとこの曲はまだ早かったかな」


 わたしの口から出た声が特に変わりなかったので、みんなも安心してくれたようだ。胸をなでおろしている。


「リスナーさんもごめんね。ちょっと張り切りすぎて失敗しちゃった。せっかくの復帰祝いなのに心配ばっかりかけてるよね、わたし」


 きっと今日という日を心待ちにしてくれていたであろうことを考えると、とても申し訳ない気持ちになった。

 あか姉が駆け寄ってきたおかげでカメラがすぐ間近にあったけど、そんなことは構わずに失敗を詫びた。


「うん、もう大丈夫だから。みんなもあまり近くにいすぎるとカメラに映っちゃうよ」


 と言っても動揺したあか姉がみんなのことも既に映しちゃってるんだけどね。前みたいに変なのが湧いたりしなきゃいいけど。

 わたしの無事を確認した三人が元の位置に戻ったので、わたしもモニターの前に腰掛けた。


【本当に大丈夫?】【心臓止まるかと思った】【無理しちゃダメじゃない!】【いのちだいじに】


 コメント欄はわたしの体を案じる声と、叱責する声であふれていた。一部作戦コマンドも混じってるけど。


「ごめんなさい。みんなの前で唄えるのが嬉しくて、つい羽目を外しちゃった。次の曲は大人しいのを選ぶから、ちょっと喉が回復するまでお話しよう!」


【心配させないでね】【じゅもんつかうな】【もう一曲唄って大丈夫?】【無理は禁物】【今日じゃなくってもいいから】


 わたしを気遣うコメントがたくさん。みんなの温かい気持ちがとてもありがたい。

 けどやっぱり作戦コマンドが混じってるのはなぜ? 歌を呪文とか言うな。


 だけど、今の自分の限界が分かったのは良かったかも。これを基にこれからのボイトレのスケジュールを組み立てることが出来る。


 わたしの目的は以前の声を取り戻すことじゃない。かつての自分を超えることだ。

 人はいくつになっても日々成長する。体や筋力が衰えてきたら、テクニックでカバーすればいい。


 テクニックだけに頼るのは好きじゃないけれど、土台にそれがなければ気持ちを込める手段が制限されてしまう。だけどしっかりとテクニックを習得していれば、もっと表現方法を増やすことが出来る。かつてわたしとコラボして影響を受けたレイラさんのように。


 でもそれだけじゃなく、声量や声質についても以前のわたしを超えてみせたい。わたしだってまだ二十歳。衰えるにはまだ早い。

 心技体。これは何も格闘技に限ったことじゃない。わたしはまだ上を目指し続ける。


「わたしの声が完全に元に戻って、かつての自分を超えられたと思ったら。その時わたしはもっとみんなの近くで唄いたい!」


 それは自分自身を奮起させる、わたしへの宣戦布告だった。

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