第187曲 蹂躙
「みなさん、こんにちは。どうもご無沙汰してました。雪の精霊、YUKIが今日もみんなに幸せを届けるよ!
とまぁかつてのテンプレ挨拶をぶちかましたわけですが。みなさん、本当に長い間お待たせしました!
ゆきはこの通り見事復活を果たして今ではピンピンしていますよ。
眠りこけていたおかげですっかり体がなまってしまったので、しばらくリハビリが必要なんですけど、またみんなに歌声を届けられる日が来るのも近いです」
ひよりに撮影許可とノートパソコンを頼んだ次の日、今日の当番だったあか姉が許可を取れた情報と共に届けてくれた。
そのパソコンを使ってさっそく配信予約を取り、夕食後の十九時に配信を開始した。
配信の告知をしたのは昨日なのに、みんな余程待ちかねてくれていたのか同接は60万人オーバー。
倒れる前の50万人を大きく上回る結果となった。
「たくさんの人が見に来てくれて、それだけわたしの歌声がみんなに求められているんだと思うと感無量です。変わらぬ応援にとても感謝しています」
あまりのありがたさに思わず涙ぐんでしまう。だって一年以上ものブランクがあって、それでもこれだけの人が集まってくれるのが嬉しくて、ありがたくて。
【歌ももちろんだけど、ゆきちゃんの顔が見たかった】【元気そうで安心した】【ゆきちゃんの姿を見たら涙が出てきた】【ほんと、おかえりなさい!】
歌だけじゃなく、わたし自身をも待ってくれていたというコメントに、とうとう涙が溢れてしまった。
あーあ、本当にわたし涙もろくなったよなぁ。男のくせにみっともないとは思うけど、止められないものはしょうがない。
「みんな本当にありがとうね。一日も早くみんなの前で唄って踊れるよう、毎日リハビリ頑張ってるんだ! だからほら、一週間でもう立てるようになったんだよ」
そう言ってノートパソコンをテーブルの上に置き、立ち上がろうとするわたし。
まだ安定性には欠けるけど、どうにか自分の足で立ち上がることが出来た。隣であか姉がハラハラしたような顔で見てるけど。
【あんまり無理はしないで】【ワイらはいつまでも待ってるから】【生まれたての小鹿みたいになってるやん】【怪我する前に座って!】
うちの姉妹だけでなく、リスナーさん達もわたしには過保護だな。
「これくらい大丈夫だって。なんならターンしてみようか?」
調子に乗ってターンをしようとしたらあか姉に頭をはたかれた。
「こけて怪我したらどうする。いいからさっさと座る」
そう言って強制的にベッドへと戻されてしまった。
【今のってお姉さんだよね】【めっちゃ綺麗】【美人ぞろいなのは知ってるが】【でも今のはゆきちゃんが悪い】【ごめんなさいは?】
コメント欄にはあか姉への称賛の声と共にわたしへの叱責が。
いけると思ったんだけどなぁ。
「あい、ごめんなさい。少しでもみんなに元気な姿を見せたかったんだよぉ。でも無理をして怪我でもしたら入院期間が延びちゃうので自重します」
ぺこりと頭を下げる。
【うむ、よろしい】【ちゃんとごめんなさいできて偉いね】【もう無茶したらダメですよ】【ちゃんといい子にしてなさい】
なんか幼児扱いされてないか?
【リハビリってどれくらいかかるん?】【確か寝たきり期間と同等か、その倍かかるとか】【だったら二年!?】
元気な姿を見たら次に気になるのはやっぱりそこだよね。
わたしもお医者さんから説明を聞いて、けっこう長期にわたるリハビリが必要と言われたばかりだ。
「わたしも最長二年とは言われたよ。でもそれは完全回復までの期間だから。日常生活に支障がない程度まで回復したら退院だよ! 大体半年くらいだって」
もっと動けるようになったらさらに負荷をかけていくつもりだけど、今はお医者さんの言うとおりにしておかないとどんな後遺症が残るか分からない。はやる気持ちはあるけれど、それをグッと抑えて今できることを着実にこなしていくつもり。
【半年なんてすぐじゃん!】【すぐにダンスは無理でも、歌声は聞けるのかな?】【作詞作曲も大変だろうから、絶対に無理はダメだよ】【お姉さんたちにしっかり瞠っておいてもらわないと】
えぇ、わたしってそんなに信用ないの?
あか姉もうんうんと頷いてるし。
「大丈夫だって! ちゃんとお医者さんと相談しながら進めていくし、今は暇な時間も多いから曲作りは逆に捗ってるくらいだよ」
【でも喉のリハビリも必要でしょ?】【声もけっこう衰えるらしいね】【喉は繊細だから余計に無理しちゃいけないよ】【心配だ】
わたしどれだけ無鉄砲だと思われてるんだろう。日頃そんなに無茶ばっかりしてるかなぁ?
いくらなんでも過保護すぎ。
「わたしも歌に関してはプロだからね。自分の喉のケアはしっかりと徹底しているよ。幸い特別病棟で防音もしっかりしてるから、まだ大きな声を出せないわたしには十分なボイトレが出来る環境だしね。体より先に喉の方がリハビリは進むと思うよ」
そこまで言われたらという感じで納得してくれたのか、そこからは励ましと労りのコメントがたくさん流れてきた。
わたしとしては今日の配信は現状報告だけだったのでそこまで長時間するつもりもなく、ある程度の時間で切り上げることにした。
「さすがに久しぶり過ぎて少し疲れたね」
久しぶりにたくさん話したせいか、少し汗をかいているわたしは喉が渇いてしまった。
わたしの様子を見ていたあか姉が何も言わずに嚥下リハビリ用の、少し粘度のある水を作ってくれる。
冷たい水で作ってくれたので喉が気持ちいい。こういう気づかいをさりげなくしてくれるのがあか姉らしい。
「無理は良くない。何事も程ほどに」
また注意されちゃった。でも楽しくてついつい、ね。
「でも気持ちは分かる。配信中のゆき、楽しそうだった」
わたしの頬に手を添え、笑顔でそう言ってくれるあか姉の表情はとても優しくて、思わずドキッとしてしまう。
「ゆき」
ゆっくりとあか姉の顔が近づいてくる。
一年以上、毎日されていたというキス。
目が覚めたばかりのわたしにはとても刺激が強くて、キスされるたびに真っ赤になっていたけれど、最近では少し余裕が出てきた。
愛する気持ちを乗せて、わたしの方からも押し付けるようにして唇を重ね合う。
「ん」
あか姉の方から声が漏れたと思ったら、唇とは違う湿った感触が触れ、何かと思う間もなくわたしの唇を割って口内に侵入してきた。
ま、まさかこれって舌!?
「んんっ!?」
驚いたわたしが顔を離そうとしても、あか姉が追いかけてきてそれを許さない。そうこうしているうちに頭を抱えられ、とうとう逃げ場も無くなってしまった。
わたしの口内を蹂躙してくるあか姉の舌。歯の裏から口蓋まで這いまわり、そして舌と舌とが絡み合う。
なにこれ、こんなの初めて。
そのキスはいつもに比べてはるかに長く、あか姉の愛情を強く感じることができる。お互いの口の周りは既に唾液まみれになっているにも関わらず、夢中でお互いを求めあってしまう。キスがこんなにも気持ちいいものだなんて知らなかった……。
やがて息が続かなくなったわたしたちはどちらともなく顔を離す。名残惜しそうに唇の間をつなぐ糸が妙に生々しい。
だけどわたしはそんなことを冷静に考えることも出来ず、どこか夢見心地のままでボーっとしている。
「飲み物買ってくる」
あか姉は我に返ったのか、真っ赤な顔をしたまま病室を出て行ってしまった。
わたしはまだどこか現実離れしたような感覚のまま、さっきまで貪り合っていた唇に指をあてる。あれが、ディープキス……。
そう認識した途端、猛烈に恥ずかしくなってしまった。でも、同時に得も言われぬ愛しさが溢れてきてしまう。
ただの粘膜と粘膜の接触なのに、こんな気持ちになるなんて。
また一歩進んでしまったわたし達の関係に、戸惑いながらも幸せを感じる自分がいた。
他の姉妹が知ったらなんて言うんだろう……。




