第185曲 白衣の天使?
部屋には空調が効いていて快適な温度なのに、悪寒が走ったのはどうしてだろう。
無菌状態だから風邪というのも考えにくいし。
拳を握ったり開いたりして、徐々に自分の感覚を取り戻していく。正直楽なものではない。
今は電動リクライニングのベッドを少し起こしているけれど、重力というのはこんなにも重かったのか。
内臓にかかる重力を感じてしまう。お腹の中身が重たい気分。便秘がひどくなったらこんな感じかな。
まだ体を起こすことはできないけれど、少しずつ力を入れて自分の体の操作権を掌握していく。アイハブコントロール。
それにしても静かだ。
わたしが眠っていた間、姉妹たちはこの静かな空間で何を思っていたんだろう。
きっと何も反応のないわたしに話しかけ続けていたんだろうなということは容易に想像できるけど、それを思うと胸が痛い。
ずっと辛い思いをさせ続け、それでも決して匙を投げることなくわたしの世話を続けてくれていた家族。
わたしはその恩にどうすれば報いることが出来るだろうか。きっとより姉たちなら「そんなもん必要ねーよ。ただ元気に生きてくれているだけでいい」なんてことを言うんだろうけど、それではわたしの気が済まない。
たとえ形に残るものではなくても、なんらかの形でこの想いを伝えることはできるだろうか。
まずはリハビリに励み、一日でも早く我が家に変えることが先決だろう。
でもその先は?
もう一度唄えるんだろうか。ダンスを踊ることはできるのか。
特にダンスに関しては、自分の記憶力と運動神経に頼っている面が大きかった。もし、それらの能力が失われてしまったとしたら。
再び嫌な悪寒が背中を走る。
わたしにとって歌とダンスは切っても切れない不可分なものだった。声と体で自分の世界観を表現する。その片翼がもがれてしまったとしたら。
「ダメだな。こんな弱気になってたらみんなに怒られちゃう」
今は考えても仕方がない。体が動かないから、余計に気弱になってしまうんだ。
少しでも早く体を動かせるよう、自主的にリハビリも頑張ろう!
「……あいたぁ!」
動かそうとした足に激痛が走り、慌ててナースコールのボタンを押す。
「広沢さんどうしました?」
……。
看護師さんに叱られた。
「慌てたところで何もいいことはありませんよ! 今回は単に足がつっただけで済みましたけど、ゆっくりやらないと筋肉に異常がでることもあるんですからね!」
「ふぁい。ごめんなさい」
足をマッサージしてもらいながらうなだれるわたし。
「……それにしてもキレイな足ですね。男の子、なんですよね?」
「はい、そうですけど?」
じっと足を見つめる看護師さん。
「このラインといい、すべすべの肌といい、とてもそうは思えないわね。すっかり細くはなってるけど、美しい……」
なんかうっとりしちゃってるよ。
まさかとは思うけど、百合の人?
「わたし、女の人にしか興味がないんだけど、ゆきちゃんならいけるかも」
なにがイケるんだ! しかもガチもんって白状しちゃったし!
「いや、わたしには心に決めた人が……」
「ふふ、あの四人の姉妹たちの事でしょう? お姉さんにはお見通しなんだから。四人もいるんだからもう一人くらい増えても問題ないんじゃない?」
そういう問題じゃない!
わたしまだ経験ないんですぅ!
「大丈夫。ちゃんと優しく手ほどきしてあげるから。男性相手はわたしも初めてだしね」
いやぁ! 動けないのをいいことに貞操の危機が!
より姉かの姉あか姉ひより! 助けてぇ!
「ながらく戻ってこないと思ったら何やってんの」
「あら、せっかくいいところだったのに」
気が付くと他の看護師さんが病室の入り口に立っていた。どうも呆れたような顔をしている。
「男の子だから大丈夫だと思ってたのに。可愛かったら付いててもいいのね」
何が?
「だってこんなに可愛い子今まで見たことないんだもん。味見くらいしたいでしょ」
味見っつったよこの人。
「で、これは同意の上?」
ぶんぶんぶん。動きにくい首の筋肉を総動員して強い否定を表すわたし。
目覚めたばかり、しかもこんなとこで初めてあった人に貞操を奪われてたまるか。
「思いっきり否定してるじゃないの。あんたそのうち捕まるわよ」
「いつもは同意の上だもん。あまりの綺麗さに頭のネジが飛んじゃっただけよ」
いつもやってんのか!
ダメだコイツ。早く何とかしないと。
てかこんなのを雇っていてこの病院は大丈夫なんだろうか。
早く退院しないといけない理由がもうひとつ増えてしまった。




