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雪の精霊 ~命のきらめき~【PV61000突破☆感謝!】  作者: あるて
第3章 拝啓、未来のわたし

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第184曲 その目に飛び込んできたもの

「それで、今の気分は? 記憶の混濁などはありませんか? 色が見えるようになったというのは本当ですか?」


 ちょっとちょっと。


 珍しい症例なのは分かるけど、先生が興奮してどうすんの。落ち着け。

 そんなにいっぺんに聞かれてもどれから答えればいいのかわかんないよ。


「気分は別段悪くありませんが、体が思うように動かないですね」


「それはね。一年以上も眠っていたんですから、筋力は相当衰えているでしょう。それでも筋肉が硬化せず、動かすことが出来るのはお姉さん方のおかげですよ」


 より姉たちの?


「毎日、一日も欠かさずに時間のマッサージをしてくれていたのはお姉さん方ですよ。みなさんが交代で毎日訪れている様にはわたし達も胸を打たれました」


 一年以上休まずに? いくら四人いるからと言っても仕事や学校もあるし、それはかなり大変だったんじゃ。

 そう思ってみんなの方を見たら、赤い顔をしてそっぽを向かれてしまった。


 照れなくてもいいのに。


「より姉、かの姉、あか姉、ひより、ありがとう。みんなのおかげでどこも痛いところはないし、重いけど動かすことが出来るよ」


 感謝の想いを込めて、重い頭を持ち上げてなんとかお辞儀のようなことをしてみる。

 だけど思ったように頭が上がらない。無駄な動きで布団が少しめくれただけ。


「お礼をしたいのにちゃんと動かないや。これはこれからのリハビリが大変そうだね」


「無理しなくていいんだよ。今はまだ目覚めたばっかりなんだし、ゆっくりしとけ」


 顔を赤らめたままのより姉が優しく布団をかけなおしてくれた。


「全ての筋肉が衰えていますから、無理はしないでください。首だけでなく喉の筋肉も弱っていますので、普通なら話すことも困難なはずなんですが、そこはさすが歌手と言ったところなんでしょうかね。しわがれることもなく、綺麗な声が出ていますよ」


 それはさっきから思っていたことだ。少し喉の筋肉に違和感があって、しゃがれてはいないものの大きな声が出せない。


「少しずつ全身を動かすところから始まって、飲み込む力も衰えているので嚥下のトレーニングもしていかないといけません」


 嚥下のトレーニングって初めて聞いたな。

 どんなことをするんだろう。


「まずは粘性の付いた液体を呑み込むところからですね。その次に液体、流動食。普通の食事をとるまでには1か月といったところでしょうか」


「い、1か月……」


 目の前が暗くなりそうだった。

 1か月も普通のものを食べられないなんて。目覚めたばかりで腹ペコなのに。


「そんな恨めしそうな目で見られても。一気に進めれば負担がかかるだけですから、焦らず地道にやっていきましょう。その中でいろいろ検査もしていきたいですし」


 検査というのは脳のこともだろう。またあのヘッドギアみたいなのつけられるのかな。アレ嫌い。


「露骨に嫌そうな顔をしてますね。一年も寝たきりだったんですから、どんな後遺症があるとも限りませんからね。でも脳波は昏睡状態の中でも正常どころか活発に働いていましたので、そこまで心配はしていませんが」


 脳波が活発に。それはきっとわたしの脳が記憶を整理するために一生懸命デフラグや不要なものの消去を行っていたんだろう。

 それにしても一年もかかるなんて、わたしのCPUは意外と低性能なのかもしれない。情報量を考えたらそんなもんなのかな?


「ゆき!」

「ゆきくん!」


 そんなことを考えていたら、両親が病室に飛び込んできた。後ろから「走らないでください~!」という声が追いかけてきた。まったくこの親子は。

 でもお母さんどころか、お父さんの目にも涙が光っているのには驚いた。

 滅多に感情を表に出すことのないお父さんがこんなにも喜んでくれている。お母さんは言うまでもなくわたしにしがみつき、声を出して泣いている。


「お母さん、お父さん。長い間親不孝をしてごめんなさい。ようやく戻ってきたよ」


 重力というものを強く感じながらお母さんの背中に手を回し、どうにかその愛情に報いようと背中を撫でる。


「謝る必要なんてない……ただ……戻ってきてくれただけでいいのよ……」


 嗚咽交じりにそう答えるお母さん。お父さんは何も言わないけれど、頷きながらハンカチで涙を拭いている。


「うん。わたしが頑張れたのは家族のおかげだよ。わたしを息子にしてくれてありがとう」


 わたしの目にも熱いものがこみあげてくる。

 だけど笑顔は崩さない。だって今日という日は悲しくて泣くためにあるんじゃないんだから。


「お礼をいうのはお母さんよ。本当に……産まれて来てくれてありがとう!」


 その言葉を聞いてわたしの堪えていたものは一気にあふれ出してきてしまった。

 そうか、わたしは生まれてきてよかったんだ。わたしは愛するだけじゃなく、愛されるためにも生まれてきたんだと。


 みんなの顔を見渡し、涙に濡れた顔で微笑む。


 お父さんもお母さんも、より姉もかの姉もあか姉も、そしてひよりも。みんなが笑顔でわたしの顔を見つめてくれている。

 もうそこに在る愛情を疑う余地はない。それらが失われてしまうんじゃないかと恐れる必要もない。

 ここにいる誰もがわたしを愛し、求めてくれているんだということを再確認した日。

 目が覚めたわたしの目に飛び込んできたのはとても色鮮やかで、慣れない目には眩しい世界だった。


 これから待ち受けるだろう厳しいリハビリの日々も、何も恐れる必要はない。たとえ苦しくて弱音を吐きそうになっても、そばにはいつもわたしを支えてくれる人がいる。弱いわたしも、ダメなわたしも無条件で受け入れてくれる人がいる。

 目が覚めるとともにわたしの世界は広がり、そしていろんな想いを素直に受け取ることが出来た。


 今日という日はもう一度わたしが生まれた日。もうひとつのバースデイ。

 おめでとう、わたし。

 

 * * *


 面会時間終了後、わたしたちは揃って帰宅し、みんなで乾杯をしていました。

 茜はもう成人していますが、ひよりちゃんは19歳なのでまだジュース。大阪旅行の時の轍は踏みません。


「楓乃子~飲んでるかぁ」


 相変わらず弱いくせにお酒の好きな依子さん。

 まして今日は人生で一番嬉しいことが起きた日と言っても過言ではないので、余計に酔いが回るのも早いのかもしれませんが。


「ふふ、ふふふ……」


 茜は嬉しいのか酔ってるのか、何かを呼び出そうとしているのか判然としません。怖いです。


「より姉! わたしがお酒注いであげるね! ほら、お父さんお母さんも。あか姉は……そっとしておこう」


 ひよりちゃんもいつも通り元気です。

 お父さんとお母さんも微笑みあいながらお酒を酌み交わしていますね。仲のいいことで。見せつけやがってます。


 皆それぞれ思い思いにゆきちゃんの目覚めを祝っていますが、共通しているのは涙を流しているということ。

 だけどそれは決して悪いことでなく、心から安堵し、喜びが爆発したが故の涙。とても尊い愛情の結晶でしょう。

 悲しい時と嬉しい時の涙は成分が違うそうです。今のわたし達の涙を集めれば新しい薬が出来るかもしれません。多幸感を感じるような。ヤバいクスリじゃありませんよ。


 もちろんわたしとて例外ではありません。さっきから鼻水が止まらず、家族そろってティッシュを大量消費しながら酒盛りをしています。

 祝い酒というのはいつ飲んでも美味しいものです。今日は殊更嬉しい出来事があったので、その味は甘露のごとく。


 ただひとつだけ、この場に足りないものがあります。


「あ~あ。ここにゆきがいたらなぁ。もっと美味しい酒が飲めたのに」


 依子さんの言うとおり、ゆきちゃんだけがいないのはどうしても寂しさがあります。

 だけど昨日までの寂しさに比べればそれも大したことはありません。だって私たちの愛しい人は、もう眠っているわけではないんですから。


 ゆきちゃんが見ても悲しんだりしないよう、わたし達は極力いつも通りの生活をしようと心がけていました。それがゆきちゃんの望んでいた事だったから。

 ですが、彼のいない空虚さというのはどうしても消すことが出来ませんでした。


 ついその名前を呼んでしまい、黙りこくってしまうことも一度や二度ではありませんでしたとも。

 だけど、そんな日々も今日で終止符が打たれました。まだゆきちゃんという存在がここには足りなくても、今の雰囲気は以前のそれを取り戻したような気がします。

 後はゆきちゃんが帰ってくれば完璧ですね。

 その存在がどれだけ大きなものなのかを再確認するような一年でもありました。


 以前ゆきちゃんが言っていました。


「永遠というのが仏教で言う無量大数だとしたら、それは10の68乗なんだよね。でも宇宙にある物質をすべてエネルギーに変えたらその総量は10の71乗ジュール。最後の恒星が燃え尽きるのは10の1100乗年後。そんな風に考えたら永遠の想いってのも現実感があると思わない?」


 なんともゆきちゃんらしい、科学的というか分かりやすいようでわかりにくい例えですが、要は荒唐無稽な話ではなく現実的に可能だということを言いたかったのでしょう。

 それならわたし達の想いは永遠を超えて、不可説不可説転――10の数百京乗――の時を超えるでしょう。


 決して衰えることのないわたし達の想い、明日からは目いっぱい本人に注ぐことが出来ます。

 グラスになみなみとお酒を注ぎながら、そんなことを考えました。


 覚悟しておいてくださいね、ゆきちゃん。

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