第182曲 雪の精霊
目が開いた。ような気がした。
「あれ、わたし眠ってしまったはずじゃ」
声が出た。と思う。
どこかで感じたことのある感覚。かつての記憶が蘇る。
「精霊さん?」
呼びかけてみた。
目の前に光が現れ、それが弾けるように瞬いたと思ったら、懐かしい姿が目の前にいた。
「やぁ、元気だった?」
「元気と言っていいのかな? ここにいる時点でかなり危うい状態だと思うんだけど」
前に会った時は心肺停止状態だったしね。
「なんだか可愛げがなくなったような気がするのは気のせいかな」
「もう、何年たったと思ってるの? ずいぶん久しぶりなんだから成長だってしてるよ。いつまでも幼児じゃないってば」
実に十六年以上ぶりに会ったというのに、旧友と再会したような気分になるのはわたしの中にいつもいたからだろうか。
「わたしにとってはそれくらいの年月なんて一瞬だよ。成長したと言ってもまだまだ子供!」
ちっちゃな胸を張ってドヤ顔の精霊さん。バストもわたしより控えめだ。
「どこ見てんの?」
「別に」
さすがに男がそんなとこでマウントを取るのもおかしいから目を逸らす。
「で、今回は何をしに来たの? お迎えだったら追い返すけど」
握り拳を作って精霊さんを威嚇する。わたしもずいぶん図太くなったもんだ。
「なんで物理的に追い返そうとしてるかな。ていうかお迎えって何のこと?」
意味が分からないと言った様子で小首をかしげる精霊さん。なんだかあざといな。
「だって雪の精霊さんがわたしに乗り移って命をつないでくれてたんでしょ? 期限が来たから神様が帰ってこいって言ってるのかと」
「は?」
「え?」
お互いに疑問符を頭につけて首を傾げてしまった。沈黙。
「前から言おうと思ってたんだけどさ。なにその雪の精霊って。炎とか雪とかそんな属性なんてないんだけど」
十六年ぶりに会ったと思ったら盛大な勘違いの訂正。
「え!? だって雪の日に出てきたからてっきり」
「その理屈で言うと春だったら桜の精霊? 夏だったら太陽の精霊? んなわけないじゃん」
そう言ってケタケタと笑い出す雪の精霊改めただの精霊さん。くそ、バカにしてやがるな。
「相変わらず短絡的だねぇ。しかも十六年も信じてたとか。くくくく……」
「笑うな! そういうあなたもなんだかキャラ変わってない?」
昔はこんなに性格が悪くなかったと思う。言えないけど。
「そりゃ毎日忙しいからねぇ。十六年も経てばいろいろと現実も見えてくるのよ」
お局様か。精霊界は意外とブラック?
「それに期限って何? わたしあなたに乗り移ったわけでも期限を設けたつもりもないんだけど」
さらに重ねられた衝撃の真実。
「えぇ!? だってだって! あの日命を助けてくれたでしょ!? わたしの胸の中に入っていったじゃん!」
「心臓動かしただけだけど」
お前はAEDか!
「え、じゃあ脳に障害が残ったのは? 神様が期限を決めたからじゃないの?」
「そんなわけないじゃん。なんなの期限って。人々を幸せにするのに期限なんてあるかっての。死ぬまで働け」
やっぱりブラックだった! しかも微妙に口が悪くなってる!
「そんな……わたしのただの思い込みだったなんて……」
わたしの儚い幻想は今砕け散りました。美化しすぎてたのか……。なんか恥ずかしい。
「だったらさぁ。なんで脳に障害なんて残しちゃったのさ。おかげでわたしはまたこんな所にいるハメになったんだけど」
「あー。それはねぇ。ただの見落とし。てへぺろ」
てへぺろ(はぁと)じゃねぇよ!
「ハートまではつけてない」
心を読むな! わたしの人生は一体何だったんだろう。あれだけ悲劇的な雰囲気を醸し出していたというのに……。
うなだれてしまったわたしの頭を小さな手でポンポンとしてくれる精霊さん。
「まぁまぁ。勘違い野郎なのは昔からじゃん」
追い打ちをかけるな! ほんと性格悪くなったなこのトンボ。
「トンボちゃうわ! 羽根が四枚で半透明だからって虫にすんな!」
頭をはたかれた。また心を読みやがって。
「じゃぁゴキ……」
「その先を言ったらコロス」
ちっちゃな拳をパキパキ鳴らす精霊さん。さすがにGは言い過ぎか。
「でもさ、脳の障害を見落としちゃったんなら、もうどうしようもなくない? 脳を入れ替えるわけにもいかないでしょ」
「そんなことしたら全部忘れちゃうでしょ。まぁ忘れるようになるくらいはできるけど、もうすでに脳の容量が一杯って話だもんね。まぁガンバレ」
いや、頑張れって。そこは人任せかよ。
でもまぁ忘れることが出来るんなら、前にやった記憶の整理をすればなんとかなるか。
「頑張って普通の人並に忘れて、全部の記憶を整理しようと思ったらどれくらいかかるの?」
「んー100年くらい?」
長いわ!
目が覚めたらそのままご臨終だよ!
「その代わりあと130年くらいは生きられるよ」
そんなに生きたくない! 知り合いとかほとんどいなくなってそう。
「もう最低限でいいから。普通に生きられたらいいので。それくらいなら短期間で済むでしょ?」
「多分?」
あいまいでしかも疑問形!
なんでわかんねーんだよ!
「だってそんなの前例がないし。やってみてくれたら前例になるから答えられるようになるけど。だから頑張って!」
慰めにすらならない……。
てかこんな特殊な症例がこれからもぽんぽん出てきてたまるかっての。
「まぁ10年はかからないと思うよ。きっと。あとはあんたの頑張り次第だ」
せめて断定してくれよ。さっきより表現が弱くなってるじゃん。
「それじゃ、またあなたの体に入ってちょいちょいってやっちゃうから」
なんだか簡単に言うよなぁ。まぁ精霊にとっては簡単な事なのかもしれないけど。
そう言えば前は心臓を動かすため胸に入っていったよな。次は脳だからもしかして。
「何その嫌そうな顔」
「いや、顔面に飛び込んでくるのを想像したらけっこうグロいなって」
「……あんた治してほしいの欲しくないの?」
だってなんかぞわってするんだもん。
「つべこべ言ってないでさっさとやるよ! 観念しやがれ!」
「ぎゃーー!」
勢いよく眉間に突っ込んできたかと思ったらそのまま消えてしまった。
頭の中をいじくられたと思うとなんだか気持ち悪い。
「はい完了」
「うわ、出た!」
そのまま消えるのかと思ってたから驚いた。
「失礼な。人を幽霊みたいに」
どう違うと言うんだろう。似たようなもんじゃねーか。
「全然違う! わたしは神様のそば近くに仕える精霊だよ! ただの魂と一緒にすんな!」
また人の心を読んでプンスカしてる。よく考えたら今のわたしの方が幽霊みたいなもんか。
これが現実なのかただの夢なのかは知らないけどさ。
「とにかく。わたしのやれることはやったから。あとはあなたの頑張り次第だよ。大切な人、待たせてるんでしょ」
そう言われて思い浮かんだのはやっぱり、愛しい四人の笑顔。
きっと今はその顔を曇らせてしまっているだろう。
「うん、頑張るよ。……なんかコツとかないの?」
「いきなり楽しようとすんな。地道に、ひとつひとつの思い出を選んでいくんだよ。大切なことまで忘れてしまわないようにね」
そんなこと言ったらいっぱい残さないといけないんだけどね。愛する人たちとの思い出は一つたりとも忘れたくない。
「大丈夫。日常生活の些細なことを忘れるだけでも大丈夫だから。あとは辛かった思い出なんかは忘れた方がいいこともあるからね。覚悟はできたかい」
「……」
わたしは口を開かず、黙って頷いた。
辛かった思い出。そう言われてわたしの前に広がるのはいつだって雪景色。そして恐怖の対象。
ごめんね、ママ。決して嫌いになったわけじゃないんだけど、覚えておくには重すぎる。
その呪縛から解放されるためにも、幼いころの記憶は薄めてしまった方がいいだろう。
ママの存在自体は忘れないけど、きっと顔も思い出せなくなっちゃう。それでも産んでくれたことには感謝している。あんなに素敵な家族に巡り合うことが出来たんだから。
だからね、ママ。バイバイ。
生まれ変わったら、今度は素敵なお母さんになってね。




