第179曲 立つ鳥跡を濁さず
コンサートさながらの熱狂は過ぎ去り、体育館内には静寂が戻ってきた。
生徒たちは興奮冷めやらぬと言った様子で目を輝かせているが、このまま終わってしまっては片手落ち。
これから大人になるわたし達はきちんと責任を取らなければいけない。
『みんな! わたし達の卒業式だからと言って好き勝手して迷惑をかけちゃったことをまずは謝らないとね!』
会長が勝手にやったことだろーという声も聞こえてきたけど、どれも冗談交じりでそこに不満そうな雰囲気はない。
『やかましい。三年もわたしというぶっ飛んだ会長を選び続けた責任を取りなさいって。まずははちゃめちゃ卒業式に巻き込んでしまった先生方と保護者、来賓の方々に謝らないとね。せーのでごめんなさいだよ! それじゃ、せーの!』
『『『ごめんなさい!』』』
わたしが頭を下げるのにならって、卒業生全員が頭を下げながら元気よく謝罪をする。元気が良すぎて本当に反省の色がないのは明らかだけど。
『あとね、三年間わたしという生徒会長がいろんなことを作り出して実現させてきたけど、それもこれも先生方の理解と協力がないとできないことばかりだったんだよ。みんなも学校生活が楽しかったのなら、それを陰で支えてくれていた先生たちにちゃんとお礼を言わないとね』
一斉に返ってくる「は~い」という返事。もはや小学校の学級会だ。
『それじゃ、またせーのでありがとうございましただよ。先生方、三年間わたしたちのワガママに理解を示していただき、生徒の自主性を尊重して自由にさせていただいたことにとても感謝しています! せーの!』
『『『ありがとうございました!』』』
生徒というより児童のような滑稽な姿に、体育館が笑いに包まれる。
答辞と別れの唄を卒業式ジャックで終わらせてしまったので、残るは閉式の辞と卒業生退場を残すだけだ。
本来閉式の辞は学年主任が行うはずだったんだけど、壇上へ上がってきてマイクを握ったのは校長先生だった。
『前生徒会長の広沢さんを見習って、私も閉式の辞ジャックをしてみようと思いました』
悪戯っぽい笑顔をまだ壇上にいるわたしへ向ける校長先生。構内は驚きと笑いがないまぜといった状況。
『まずは型破りで形式にとらわれない自由な卒業式、とても楽しく拝見させていただきました。広沢前会長の組織力と準備力、そしてカリスマ性は我々教員も参考にして見習うべきものがあります。最後も個性ある生徒たちを見事にまとめ上げての謝罪と感謝の言葉。その一糸乱れぬ統率力には目頭が熱くなってしまいました』
実際に校長先生の目は少し赤らんでいる。
『あなた方のような稀有な存在の生徒たちを教え導くことが出来たのは私たちにとっても僥倖であり、逆に教えられることもたくさんありました。あなた達が作り上げてくれた自由な校風を我が校の伝統とし、今後も受け継がせていただこうと思います。そして広沢さん、ハンデのある体で三年間、本当にお疲れさまでした』
その言葉と共に校長先生がわたしに向かって頭を下げ、それに倣って他の先生方も頭を下げる。それだけじゃない、生徒たちも保護者も、来賓の方までも。
保護者や来賓の方々も、あの日のわたしの校内放送を生徒や先生の口から聞いているらしい。
その言葉と行いに、わたしの胸はとても満たされた。これが報われた、という気持ちなんだろう。
暖かい心と感謝の気持ちを抱いて、わたしもまた深々と首を垂れる。そこにこれ以上言葉は必要ないと思ったから、何も言わなかった。
そして頭を上げた時、わたしの表情はきっとやり切ったという満足感に満ちたものだっただろう。
マイクを返して壇上を下り、自席へと戻る途中、座っている生徒たちみんなが手を上げてきた。わたしはそれら全員と笑顔でハイタッチ。
本当に、いい卒業式を行うことが出来たと思う。
卒業生退場の時間。花道を歩く生徒たちの表情はどれも自信に満ちていた。
最後のホームルームが終わったあと、記念撮影をするために先生も含めて一度グラウンドへと集合。
各クラスでの集合写真を撮り終えた後は各々で語り合い、写真を撮りながら別れを惜しむ時間だ。
「ゆき会長! 最高の卒業式をありがとう!」「ほんとよかったよ! こんなの一生忘れられないよ」「さすが広沢会長だよな」
卒業生達が大挙してわたしを取り囲み、それぞれ感想を述べてくれる。
やってよかった。
「もう会長じゃないってば。でもみんなも卒業式を楽しんでくれたみたいでよかったよ」
現在の会長はひよりだ。わたしはあくまでもOB。OGちゃうよ。
「わたし達にとっては会長はゆきちゃんだけだもん」「だよね。三年間ずっとだったし」「会長と言えば広沢って感じ」
これから社会に出て行く人間が会長とか言われてたら誤解を招きそうだけど。
「でもこれで楽しかった高校生活もおしまいかぁ」
誰かがポツリといった言葉。それを合図にしたかのように、その場にいたほとんどの生徒が涙を流し始めた。
「もう、せっかくゆき会長が楽しい気分にしてくれたのに思い出させないでよぉ……」「寂しいのを必死に我慢してたんだからね」「もっと一緒にいたかったなぁ」
涙ながらに名残を惜しむ声と、すすり泣く音。
賑やかだったその場所がにわかに静まり返り、惜別の空気が満ちていく。
わたしの目にも光るものが浮かんでしまう。だけどその涙は決して悪いものじゃない。
「何もこれで最後じゃないでしょ。同窓会だってクラスが違ってもやろうと思えばできるんだから。呼んでくれたらどこにでも飛んでいくよ」
明るく、楽しく、光り輝き、青春を駆け抜けたわたし達。悪いものではないと言ってもやっぱり涙は似合わないような気がする。
だからわたしは目いっぱいの笑顔で別れを告げた。
「それじゃ、わたしはそろそろ行くね。みんなもいつまでも元気で!」
「同窓会、絶対呼ぶからね!」「来なかったら承知しないよ!」「広沢こそいつまでも元気でいろよ!」
泣き笑いといった表情でわたしを見送ってくれる友人たち。
わたしは振り返ることなく、立ち去っていく。
だってこれが最後じゃないんだから。




