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雪の精霊 ~命のきらめき~【PV62000突破☆感謝!】  作者: あるて
第3章 拝啓、未来のわたし

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第173曲 続くものと譲るもの

 教室に入るなり、クラスメートに取り囲まれてしまった。

 当然だよね。

 週末にあんな校内放送をやって、そのまま早退しちゃったんだから。


 本来なら出席義務がないから生徒数がまばらなことも多い時期なんだけど、うちのクラスは全員が揃っていた。

 その中でやはりというか、文香と穂香が特に血相を変えて詰め寄ってきた。


「ゆきちゃん、あれって全部本当の事なの!?」


「ちょっと落ち着いて。いくらなんでもあんなことを冗談や嘘で言えないってば」


 死の受容五段階のうち、最初の否認と怒りが同時に来ているんだろうか。文香の様子は明らかに動揺しているけれど、認めたくないという願いのようなものも感じられる。


「短ければ十五年ってことは、もういつ倒れてもおかしくないってこと?」

 

 穂香も冷静に話してはいるけれど、その声は少し怒気をはらんでいる。


「あくまでも計算上の理論値だからね。不明な点ばっかりでお医者さんも断定はできないし、期限についてもあいまいな表現しかしてくれない。でもわたしの感じる限りでは、今すぐではないと思う」


 根拠はないが、まだ時間はある、そんな気がする。直感のようなものだけど、これがいつまで続くのかはさすがに分からない。

 全記憶障害というのは本来なら自閉症など何らかの精神障害を持った人がなるものであり、健常者が罹った場合にはなんらかの弊害が出てしまう。

 精神か脳の機能、どちらかに限界が来るということだ。


「治療法は?」


 そんなものはないということも薄々分かっているとは思うけど、わずかな望みをかけて聞いておきたいんだろう。


「脳がどういう風に機能するのかについては未解明な事ばかりだからね。記憶の操作でも出来るようにならない限り、治療法はないよ」


 エビングハウスの忘却曲線によれば人間は一日で67%の記憶を忘却してしまうらしいが、具体的にいつ、どこで、どの記憶がどう消えるかといった包括的なメカニズムはまだ完全に解明されていない。

 逆も然りで、なぜ全ての事物を記憶しているのかも分からないということ。

 記憶と忘却について分からない以上、治療法など見つかる余地もないのだ。


「何もできず、ただ脳に限界が来るを待ってるしかないの?」


 感情を抑え込みながらも、悲壮感を隠せない様子で文香が聞いてきた。


「何もしないなんて言ってないでしょ。確かに治療法は存在しないけど、だからと言ってわたしは生きるのを諦めたりしない」


 本当は諦めていたけれど、今それを言う必要はないだろう。


「生きる気力は奇跡を生む力になるって、教えてもらったからね。ただ最後の時を待つんじゃなく、未来への希望を捨てずに生きていれば可能性の扉が開くことだってあるかもしれない。大切な人たちのためにも、わたしは絶望なんてしてあげないんだ」


 ある意味これは神様への挑戦状になるのかもしれない。連れて行けるもんならやってみろという、天に向けての宣戦布告。

 もしお迎えが来るのだとしたら、まだ早いと言って追い返してやる。


「そっか。生きる意志の大切さを教えてもらったんだね。金曜日の時点ではどこか諦めたような、未来も他人事と思っているような雰囲気が漂っていたけど、それが今ではこんなに生命力に溢れているってことは、ゆきもその人たちの事を相当大切に想ってるんだろうね」


「そうだね。ここまで心情を劇的に変えられるってことは、逆にゆきちゃんもかなり大事にされているんだよ」


 何も言わなくてもわたしの心境が変化したことはすっかり見抜かれていた。

 しかも「その人()()」ってもう誰の事かもバレてるし。さすがはわたしの仁王様たち。


 少し寂しそうな表情に胸がチクリとするけれど、その顔は決して非難するものじゃなく、温かい気持ちに満ちている。


「ありがとう。うん、大切な人たちのおかげで、また未来に目を向けることが出来るようになったんだ。でも、その人達だけじゃなくみんなの想いもしっかりと伝わっているよ。心配かけてごめんね、ありがとう」


 文香と穂香だけでなく、心配そうな顔で周囲を取り囲む他のクラスメートたちにも向けて感謝の言葉を告げる。

 頑張って、負けるな、生きてという言葉をたくさんかけられて、すっかり涙もろくなってしまったわたしは涙腺崩壊。


「文化祭の時とは違う涙だね。休日を過ごした間にずいぶんと変わったもんだ。少し悔しい思いはあるけど、本当に大切に想われているのが伝わってくるよ」


「そうだね、きっと気持ちが通じ合ったんだと思う。おめでとう」


 どうやら全て筒抜けになってしまっているようだ。

 あれだけ恋愛に否定的だった自分が豹変してしまっていることに若干照れ臭さはあるけど、素直に祝福してくれる二人の気持ちが嬉しくて余計に涙が溢れてしまう。


「文香、穂香……ありがとう」


「本当に涙もろくなっちゃって。その人達をがっかりさせたりしないよう、しっかりと生きて未来をつかみ取るんだよ」

「わたし達もゆきちゃんが生き続けることを願ってるんだからね」


 二人に頭を撫でられて、もう涙が止まらない。ダメだよ、今のわたしに優しくしたら。

 ごめんねの言葉はいらないよね。ずっと友達でいてくれるって約束した二人には、元気でいることがなによりもの恩返しになるはずだから。


「ありがとう。みんなも本当にありがとうね。優しい人たちに囲まれて、わたしは本当に幸せ者です。みんなずっと友達だから同窓会には必ず呼んでね」


 涙ながらも笑顔で言葉を紡ぐわたしに応え、同じく笑顔で答えてくれる親友二人。


「当たり前じゃん。なんなら毎年同窓会やってもいいくらいだよ。ちゃんと毎回顔を見せてね」

「生徒会長を三年も勤めたレジェンドだからね。そりゃ毎回強制参加だよ」


 強制参加とあればなんとしても都合をつけなくちゃいけないな。障害なんかに負けてる暇もなさそうだ。


「わたしはいつまでもあの家で暮らしているから、いつでも通知はがきを送ってちょうだい。「出席しません」の欄は塗りつぶしておいてくれていいから」


 たくさんの想い、たくさんの約束。それがわたしに元気を与え、明日への活力となって生きる希望につながっていく。

 こうやってわたしはいろんな人の想いを受け取って、それを支えにして生きていくことが出来るだろう。


 先週末からいろいろと騒動を巻き起こしてしまったけれど、結果的にそれはクラスメートや親友との絆を深めることにつながった。気持ちが前向きになれば結果もいいものになるということだろう。

 わたしを心配する声はクラスや学年、生徒と職員の関係なく、全方位から集まっていたけど、今日のわたしの様子が友人の口から伝わって一応の収束を見ることができた。個人的に声をかけてくる人もいたけれど、明るく真摯に答えることで安堵してくれたようだ。結果良ければ全てよし、かな。




 そして今週とうとう生徒会選挙が行われる。わたしが三年間就いてきた生徒会長という役職も、後進に譲るときが来た。

 わたしが予想していた通り、次期生徒会長にはひよりが立候補し、他候補もいるものの圧倒的に優勢で当選間違いなしといった様相。


 そして訪れた選挙当日ではわたしが一年生の時にしてもらったように、会長職の腕章を譲与する式典も執り行われた。実に三年ぶりの儀式だ。

 下馬評通りひよりが圧倒的多数の支持を得て当選。上級生から下級生へという意味だけでなく、兄から妹へということでもあるので感慨もひとしおだ。


「おめでとうひより。一年間大変だろうけど頑張ってね」


「ゆきちゃんこそ三年もの間お疲れさまでした。受け継いだ名前を汚さないように精いっぱい頑張るよ」


 腕章を手渡しながら激励とねぎらいの言葉を交わし合う。

 緊張と重圧のせいか、少し固くなっているような気がする。全校生徒の前だけど、可愛い妹を想う兄としてハグをした。帰国子女だしね。


「そんなに重く考えなくてもいいって。あなたはわたしじゃないんだから。わたしの色は残るかもしれないけど、ひよりはひよりらしく、明るく元気に思うがまま振舞えばいいんだよ。わたしのことなんて考えなくていいから、自分の色に塗りなおしちゃえ」


 抱きしめた腕の中でふっと力が抜けるのを感じ取れた。よかった。


「ゆきちゃんありがとう。妹として恥ずかしくないようにって思ってたけど、そうだよね。わたしはわたしだもん。見習うところは見習いつつも、わたしらしいやり方で生徒会長の仕事を立派に果たしてみせるよ!」


 決意も新たに、いつもの明るい笑顔で頼もしい言葉を言ってくれた。これで学内でのわたしの役割はほぼ全て終わった。

 あとは年末年始をまたいで、卒業を残すのみだ。

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