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雪の精霊 ~命のきらめき~【PV62000突破☆感謝!】  作者: あるて
第3章 拝啓、未来のわたし

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第165曲 少年の願い

『動けなくなったわたしの体には雪が降り積もり、美しい雪の結晶は小さな体から容赦なく温もりを奪っていきました』

 

 寒さをこらえ、わたしは話し続ける。


『その時偶然にも、向かいのマンションの上階でわたしを発見してくれた人がいました。

 聞いた話ではその人がすぐに警察と消防に連絡をしてくれ、近所の人も巻き込んで大騒ぎをした末にわたしは救出されたそうです。

 わたしにも薄れゆく意識の中で誰かに抱え上げられたような記憶があります。きっと救急隊員の方でしょう。

 そして、病院へと搬送される救急車の車内で……わたしの心肺は停止しました』

 

 心臓が縮みあがるような錯覚を覚えた。大丈夫、わたしの心臓は動いている。

 気が付けば拳を握りしめ、手のひらに大量の汗をかいていた。その手を開いて握って、しっかりと動くことを確認する。


『わたしの生命活動が一時停止したとき、わたしの意識は違う場所にいました。

 あたり一面真っ白で、地平線の彼方まで何もない世界。そこが生死の境界面だったのか、わたしの夢だったのかは分かりません。

 だけど、そこでわたしは雪の精霊に出会いました。

 精霊はわたしに告げました。わたしには人々を幸せにする使命があると。そのために今死ぬわけにはいかない、力を貸すから目を覚ましなさいと言われました。

 そしてその精霊がわたしの中に入って消えた後、もう一度意識が途絶え、次に目覚めた時は病院のベッドでした。

 幼いわたしは妖精さんのおかげで生き返ったと思い込み、その時からわたしの人生の目的が決まったんです。世界に幸せを届ける、と』

 

 あれは夢だったのか臨死体験だったのか、わたしには未だにわからない。

 

 そんな曖昧なものに人生の目的を託してしまったんだから、その時のわたしは純粋だったのか、それともただ単純だったのか。

 でもそうでもしないとわたしはどうなっていたか分からない。

 目的を与えられたことで前を向くようになることが出来て、生きるために必要な活力を得ることが出来たのだから。


『少し話が逸れますが、いざという時とても大切な知識になるのでみなさんも覚えておいてください。

 人間の心肺が停止したとき、蘇生させるために心臓マッサージや人工呼吸などを行いますが、その時間には制限があります。

 約三分で生還する確率は50%に下がり、四分を過ぎると高確率で脳に障害が残るとされています。

 わたしの心肺停止状態の時間は、六分でした』

 

 そこで一旦話を区切った。ここからはわたしが謝罪をしないといけない話だ。

 インチキ、ズルいとそしりを受ける覚悟はできている。大丈夫。


『さきほどの話でも分かるように、六分もの時間、心臓が止まって血流がいかなかったわたしの脳には障害が残っています』

 

 緊張感が高まる。


『ここでみなさん、特に成績上位者の方には謝罪しないといけないことがあります。

 今までわたしは三年間ずっと成績学年トップを取り続けていましたが、これは実力なんかじゃないんです。

 わたしの脳は損傷し、結果、全記憶障害というものが残りました。

 これはカメラアイやスーパーレコグナイザー、サヴァン症候群という名前で知られるものと似たようなものですが、要するに見たもの感じたもの、それだけじゃなく味や匂いなど五感で感じたものや思考を全て記憶し、決して忘れることが出来ない障害です。

 記憶というものは水に似ていて、脳という器に注がれたそれはどんどん溢れてこぼれて行ってしまいます。忘れるというのはそういうこと。密度の濃い、大切な記憶だけが器の底に溜まり、やがて別の場所に移動して長期保管されていく。

 だけどわたしは雪の精霊だからか、注がれた水は全て凍り付いてその場へとどまることになってしまったんです。

 だからわたしは教科書を一度見ただけで全てを記憶することが出来ます。こんなのチート能力ですよね。そんな状態で皆さんと同じテストを受けていたこと、本当にごめんなさい』


 マイク越しではあるけれど、謝罪の意味を込めて深々と頭を下げる。

 それが免罪符にはならないのはわかっている。だからこれは純粋な謝意だ。

 

『高校に入って、どうしても生徒会長になりたかったんです。

 与えられた使命に則って、学校の皆さんの役に立ちたかった。それがわたしの存在証明だと思うから。

 ただ、一見便利そうに見える能力にも代償があります。何事もタダで与えられるものというのはないんですね。

 忘れることが出来ないということは脳に多大な負担がかかります。わたしとて例外ではありません。わたしは色というものを失いました。

 普通の色覚障害は光の三原色のうち、ひとつかふたつが見えないだけで、普通の人とは違うように映っても何らかの色を見ることが出来ます。わたしは脳に負担がかからないようにということなのか、全ての色を失いました。全色盲というやつです。

 わたしの世界はモノクロです。昔の白黒映画のような。色については色彩図鑑で濃淡を覚えて見えているふりをしていただけです。

 こんなところで全記憶障害が役に立ちました』

 

 ここまでは家族のみんなも知っている。

 ここからは、お母さんとお医者さん以外誰も知らない、わたしが隠し続けてきた本当の秘密だ。


『そしてもうひとつ、わたしが失ったものがあります』

 

 この先を話すのは正直怖い。わたしを見る目が変わってしまう恐れがあるから。

 だけどいつまでも黙っているわけにはいかない。ここまで来たんだ。勇気を振り絞れ!


『わたしが失ったもの……それは、……未来です』

 

 言ってしまった。もう後には戻れない。

 

 事実を告げ、想いを話し、全ての人に祝福を届けたい。それが雪の精霊に命をつないでもらったわたしの使命だから。

 現実か夢かなんてどうでもいい。わたしはそのために生きてるんだ。


『世間では脳には無限の可能性が秘められているとか、普段は5%しか使ってないから残りの95%は眠っているとか言われますが、それは都市伝説です。

 実際はその時によって使う場所が違うだけで、脳の大部分は利用されているんです。

 では、その中で記憶を司る部分はどれくらいの容量があると思いますか?

 諸説ありますが、現在有力とされているのは17TBテラバイト、もしくは25万GBギガバイト。意外と小さいことが分かると思います。

 この容量を有効に活かすため、そして精神を守るために人間は忘れるという特技を覚えたんです。

 では全記憶障害の場合、一日でどれくらいの容量を使ってしまうか。これも正確な事は言えませんが、現在最新のテレビは4K画質ということになっていますが、人間の目は8Kの解像度が限界だそうです。その解像度で24時間録画したらどれくらいになるか。カラーではなくモノクロなのでかなり低減されていると言っても数GBは使用しているだろうというのがお医者さんの見解です。

 そしてわたしの精神含め、脳がどこまで持ちこたえることができるか。多めに見積もって20年。少なければ15年ということでした。

 多めに見積もってというのは外界の情報を全て遮断して、病院の一室で余生をずっと過ごした場合のことです。

 万が一の時や検査も含めてお医者さんには入院を強く勧められました。

 だけど、わたしはシュレーディンガーの猫にはなりたくなかったんです。

 シュレーディンガーの猫。

 箱の中に生きている猫と50%の確率で毒ガスが発生する装置を入れた場合、観測者が確認するまではその猫の生死は確定しないという思考実験です。

 つまり生きているかどうか分からない状態』

 

 ここまではわたしの体の現実。でもここからはわたしの心の話だ。

 本当に伝えたかったことを今から話していく。どうか、誰かの心に少しでも届きますように。


『わたしはそんな状態にはなりたくありませんでした。それでは死んでいるのと何が違うのか。誰にも見られず、ただ死を待つだけの状態。

 考えただけで身震いがします。

 わたしはみなさんと同じ景色を見て、同じ感情を共有し、同じ環境で生きたかった。

 全力で命の炎を灯し、眩く映る青春を謳歌したかった。

 その結果として自分の命を削ることになってしまったとしても、決して後悔はありません。それがわたしの選んだ道だから』

 

 あの雪の日から今日まで、わたしは全力で生きてきたと言える。命を燃やし、輝き続けてきたと胸を張ることができる。

 心残りがあったとしても、人生そのものを悔いることだけは決してない。


『人の一生というのは、星の生涯に似ているとわたしは考えています。

 自分の中にある燃料を消費して核融合を起こし、明るく輝いて周囲を照らすことが出来る。何もせず燃料を消費しない人は、存在することはできても周りを照らすことはない。暗い宇宙の中でただそこにあるだけ。

 皆さんも今まで一度くらいは夜空を見上げたことがあるでしょう。田舎や山の上など、人工の光がない場所では夜空を埋め尽くすほどの満天の星空を楽しむことが出来ます。

 だけど知ってますか。無数にあるように見えるあの星空も、実はほとんどが同じ天の川銀河にある星で、4000個程度しか見えていないんですよ。

 だけど宇宙には数千億個の銀河があり、その銀河の中にはさらに数千億の恒星が含まれている。

 目に見えなくとも確かにそこで輝き続けているんです。

 わたし達も同じです。今は誰にも知られず宇宙の片隅にあるただの星かも知れない。だけど、力強く輝いていればその光は必ず届く。

 目には見えなくとも確かにそこで輝いているんです。

 ひとつ違うのは、輝き続けていればいつか夜空を彩る星の灯りのひとつになれるかもしれないということ。誰かが見つけられるようになるんです。

 だけどそもそも輝いていなければ光が届くことはない。誰の目にも留まることはない。

 みなさんには決められた明確な時間制限というものはありません。無限の可能性を秘めています。

 だから輝いてください。自分の中にある燃料を意識して、それを燃やし続けてください。それは何も特別なものではありません。太陽だって他の恒星だって、水素というどこにでもある元素を燃料にして輝いています。

 人間にとって輝く燃料とは、生き続けるという意思です! 生き続け、幸福をつかみ取ってやると言う意思なんです!』

 

 つい熱くなって声が大きくなってしまった。

 ここまで話し続けてきて、また喉がカラカラになってしまった。クールダウンも兼ねても一度水を飲む。

 

 人に語るのに情熱は必要だけど、あまりにも過熱してしまうと伝達能力を損ねてしまう。

 気を落ち着け、マイクに向き直る。

 どうかみんな、聴いてください。考えてください。生きるということを。そして幸せになってください。

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