第126曲 与えてもらうものじゃない
家に帰るなり部屋にこもってしまったあか姉の様子を見に来た。
「不覚」
がっくりとうなだれたままのあか姉。
「まぁまぁ。たまには感情が暴走しちゃうことだってあるよ」
なだめるわたし。
「あんな姿を……人前で。消えたい」
人前で泣くのがそんなに恥ずかしかったのか。まぁ子供もびっくりなくらい大泣きしてたもんね。
「そんな落ち込むようなことじゃないよ。泣きじゃくるあか姉、可愛かった」
ガバっとこちらに向き直るあか姉。目がキラキラしているのはなんでなんだろう。
さっきまでの落ち込みぶりはどこ行った。
「可愛かった? かっこいいじゃなくって?」
いや、可愛かったけどね。距離が近い……。
「うん、可愛かったからさ、ちょっと離れない?」
「……」
なぜ黙る。めっちゃ見られてる! なんか見つめあっちゃってるんですけど。
「ゆき」
潤んだ眼で見つめながら、訴えかけるようにわたしの名前を呼んできた。
「なに?」
まだ少し寂しい気持ちが残ってるのかもしれない。努めて優しい声を出し、しっかりとあか姉の瞳を覗き込んだ。
「あのね」
「うん」
「キスしたい」
「ダメ」
気遣って損した。どさくさに紛れて何しようとしてんだ。
「ケチ。ひよりには5回もした」
「あれは救命措置!」
去年の話を持ち出すんじゃない。ってか数えてたのか……。
「救命措置ならノーカンだ。ゆきのファーストキスはわたしが貰う」
「いやあげないから」
「わたしが貰う~!」
わたしの両腕を掴みながら、体を縦に揺すって駄々をこねるあか姉。くそ、可愛いじゃないか。
普段無表情で不愛想な人がやると、こんなことでも異様に可愛く見えるんだね。別にキスくらいならいいかな……。
ってダメダメ! ここで甘やかすと大変なことになっちゃうよ。でも……。
「もう、仕方ないなぁ」
そう言って髪をかき分け、おでこにちゅっ。真っ赤になってしまうあか姉。おでこくらいで赤くなってたらキスなんてできないじゃん。
それにしても甘いなぁ、わたし。甘やかしたらダメって自分を言い聞かせたばかりなのに、この体たらく。
「ゆきにチューされた。ウフフフ」
キャラ崩壊してる。でも頬を両手で押さえてくねくねしてる姿は愛らしい。
胸が苦しくなって、切ない気分。自覚はしたけど……。
はぁ、こんな気持ちでみんなを突き放すなんて無理だよぉ。でも受け入れたら、そのままずるずる行っちゃいそうで……。
みんなの幸せを願うなら、毅然とした態度でいなきゃいけない。
「今度は唇。んー」
言ったそばから! 何も言ってはいないけどさぁ。これ以上誘惑されるとわたしの心がもたない!
「それはダーメ」
人差し指であか姉の唇をそっと押さえ、やんわりと拒絶する。うぅ、これが限界だよ。
でもやってみてから気が付いた。わたし、あか姉の唇に触れちゃってる!
うるさいくらいに心臓が高鳴り、神経が指先に集中してしまう。ほんのりと湿り気を帯びたそこは柔らかく、温かい。
いつまでも触れていたいな……。
「ゆき?」
紅潮した顔のあか姉に声をかけられ、我に返ったわたしは慌てて指を離した。気づかれたかな?
ちらりと見れば、さっきわたしが触れていた箇所を人差し指でゆっくりとなぞっている。
そんな幸せそうな顔で、慈しむようになぞられたらわたしの方が限界来ちゃうってば!
「ふふふ、ゆき、愛してる!」
何かを察したのか、喜んだ様子で飛びついてきた。今そんなことしちゃダメぇ!
あか姉に抱き着かれ、あわあわ状態のわたし。うぅ、柔らかい……。
「ゆきいい匂い。安心する」
いい匂いがしてるのはあか姉だってば……。
わたしの葛藤など露知らず、首筋に顔を埋めてスリスリ。くすぐったいよぉ。
「わたしはカーミラ」
そう言ってカプリ。
「ひゃぁん!」
ぞくぞくする感覚が走り抜け、思わず変な声が出てしまった。ちょっと何吸い付いてんの!
いたっ……。めっちゃ吸ってるよ。子猫みたいでなんか可愛いぞ。
「あらあら、これで全員制覇ですねぇ」
この展開は。
恐る恐るドアの方へ振り向く。
いた。今回はかの姉なのね。
「最初はわたし、次がひよりちゃん、依子さんに最後は茜ですか。さすがゆきちゃん! 全員平等に愛せるなんて!」
なんで喜んでるのかな?
「一度たりともわたしから抱き着いたことはないんだけど……」
「その懐の広さに感服です! これでわたし達の未来も明るいものに!」
聞いちゃいねー。
そしてあか姉はいつまで吸い付いてるのかな? かの姉に見られているというのに、ほんとマイペースな人だ。
「ちょっとあか姉、跡がついちゃうから」
「つけてる」
やめてください。
「そんな目立つとこにつけちゃダメだってば。離しなさーい」
「違うところならいい?」
そういう問題でもない。
「茜ばっかりずるいです。それならわたしも」
参戦しなくていいから。収集つかなくなるでしょうが。
そんな言葉など届くはずもなく。
気が付けば両サイドからサンドイッチ状態。なんだこの絵面。
「あついー」
いろんな意味で。
二人とも幸せそうな顔してからに。
「とうとうひとりでは物足りなくなったか」
第二陣到着。もう振り向くまでもない。より姉だよね。
「ゆきちゃん絶倫?」
ひよりもいたか。ってか今何て!? どこで覚えたそんな言葉!
「あははは! 違いねー」
ちがうわ!
笑い事じゃないっての。
「もう、見てないで助けてよー」
「何言ってんだ。こんなチャンス見逃すわけねーだろ」
チャンス、だと?
「そうだね。2人も4人も変わらないでしょ?」
そんなことはないんじゃないかな? 暴論がすぎる。
だけどこうなってしまったらわたしの意志なんて関係ない。
後ろにより姉。前からひより。めでたく四方を取り囲まれてしまいました。
「あづー」
傍から見たら「リア充爆発しろ!」な光景なんだろうけど。
暑いわ柔らかいわいい匂いがいっぱいするわ、情報過多で処理落ちしそう。
「あはは、ゆきちゃんドキドキしてるー」
うるさい。こんな状況で平然としてられる男子はいません。
ちゃんと年頃の男の子なんですよ? 分かってらっしゃいます? みなさん。
「ゆきもちゃんと男の子なんだなー」
分かっててやってるのか。より姉ならさもありなん。いつもいつもこの人は……。
「それでも嫌がることなく、なすがままにされているゆきちゃんはやっぱり優しいです」
嫌がったりはしないけどさ。それとこれとは話が別というか、いろいろ我慢が出来なくなるというか。
「ゆき真っ赤」
そもそも誰のせいだと思ってるのかな?
そろそろ真っ赤を通り越して真っ白になってしまいそうだ。
「ゆきちゃんあったかーい」
わたしは暑い。
「ゆきいい匂い」
あなた達には負けます。
「ゆきちゃん柔らかいです」
それもあなた達の方が上です。
「こうしてるだけで幸せ感じるなー」
……。
そんなこと言われたら何も言えなくなっちゃうでしょ。
「ほんとにもう。どうしてわたしなんかのことを……」
「だから、なんか、なんて言うんじゃねーよ」
「そうですそうです! ゆきちゃんはこの世に2人といない、かけがえのない人なんですから!」
より姉、かの姉……。そりゃこんなおかしなのがそこら中にいるとは思わないけど。
「わたし達にとってゆきちゃん以上の男の子なんていないんだよ!」
そうだよ。男だよ。だから精神衛生上たいへんよろしくないんだよ。
「男だって分かってるならそろそろ離してほしいんだけど」
「「「「却下」」」」
口を揃えて言いやがって……。
「なんだ? そろそろゆきの男の子が男の子になりそうか?」
下ネタヤメロ。
って言ってる本人が赤くなってんじゃん! 恥ずかしいなら言わなきゃいいのに。
「ん? 男の子が男の子ってどういう意味?」
分かんなくていいから。ひよりはそのまま純粋でいてほしいよ、お兄ちゃんは。
でも最近いろいろと知識つけてきてるからなぁ。本当に分かってないのか?
「あ、そういうことか」
何がそういうこと? ってどこ見てんの! 視線を下に向けるな! あぁ、あんなに無邪気だったひよりが……。
「いい加減に離れなさーい!」
強制的に立ち上がってみんなを振りほどいた。ひよりだけぶら下がってるけど。
「みんなわたしに執着しすぎだよ。いい人見つけてって言ってるのに」
「無理」
「だな」
「ですね」
「ゆきちゃんだって分かってるくせにー」
だから余計に心配なんだってば。
「わたしは誰ともそんな関係になれないんだって。みんなを幸せにしてあげることができないんだよ」
「幸せにしてもらおうなんて思ってねーぞ」
どういうこと? 生きてる以上、幸せになりたいって思うものでしょ?
「勝手に幸せ」
「ゆきちゃんと一緒にいるだけで幸せなんですよ」
「頭いいくせにそういうとこはニブチンだよねー」
「いい加減あきらめろ。そろそろしつこいっての。おまえが何を言ったところであたしらの気持ちは変わんねーよ」
どうしてそんなに自信満々なの……。
「……後悔するよ」
「「「「しない」」」」
またそんなにきっぱりと。
やれやれ。この人たちの考えを変えることは不可能なのかもしれないな。
「はぁ……。分かったよ。もう何も言わない。だけど受け入れるって言ってるわけじゃないんだからね!」
「出たよツンデレ」
「マイブーム?」
ツンデレちゃうわ!
「それでは、さっきの続きをしましょうか」
「いや、続きなんてないから! ってちょ! あ~~!」
さすがのわたしでもこの4人には敵わず、その後もしばらくおもちゃにされてしまった。




