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憧れの世界は牙を剥く  作者: ならくも


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簡単に癒えないもの

カチ、カチ、カチ……ガッ


「……集中力が落ちてるな。」


 エルドアに借りたマナロックキューブを椅子に座り回していると、中途半端な位置で止まり動かなくなった。さっきの訓練では途中から上手く回せていたのだが……。


「はぁ……謝ろうにも顔すら合わせてくれないからどうしようもないよな。」


 先程リーネの部屋に行き、何度か名前を呼んでみたが返事はなかった。流石に無理やり入るのは抵抗があったため諦めた。だが、そのせいかせっかくマナロックキューブを借りたのに集中できなくなっている。


「ここはちょっと休むとするか。」


 エルドアにハーブティーをもらって休憩などもしたが、その前は連日外での野宿だった。それにケイブスパイダーやグレイウルフとも交戦したお陰で意外と身体が疲れているのが分かった。


「やっぱ休むにはふかふかのベッドで寝るのが一番だよなぁ。」


 部屋の中央にどんと置かれているベッドに横たわりベッドのふかふか具合を満喫する。一体どんな素材を使っているのか、ベッドの反発力はちょうどよく毛布も毛がふわふわでどこか温かい。


「うわ、これこのままじゃ爆睡まっしぐらだな。」


 お腹も空いているから食事は取りたい。眠気を誘うベッドから起き上がる。

 気分転換も兼ねて部屋の外に出る。


 なにか気を紛らわせるものでもないかと気持ちを落ち着かせるため廊下を歩いていると——


「リーフ?」

 

 静寂に満ちた廊下にリーネの部屋の前に立つリーフの姿が見えた。ノックしようとしているのか腕を上げている。しかしリーフは時が止まったかのようにじっと動かずにいる。


「……今のリーネちゃんには時間が必要。でも……。」


 リーフは小声で呟き、首を振って腕を下ろし振り返る。


「あっ、ユウキさん。」


「やっぱり気になるよな。俺もリーネのことばっかり考えてマナロックキューブも回らなくなったよ。」


「あはは……気になって来たはいいものの、今のリーネちゃんには私なんかの言葉より一人の時間の方が必要なのかなって思って……。」


 自信が無さそうにリーフは呟く。


「そんなことないさ。でも今は待ってあげよう。……傷付けた俺が言っても説得力ないけど……。」 


 自分の手を見つめながら俺は言った。さっきリーネに叩かれた手だ。あの時のリーネの拒絶したような目が脳裏に焼き付いている。今更後悔したところで勘違いとはいえリーネを傷付けてしまったことに変わりはない。


「難しいですね。」


「えっ?」


「薬とか、魔法とか……それで身体の傷を治すことはできます。でも、ここの傷は簡単には癒えないみたいですね。リーネちゃんも、あなたも……私も。」


 リーフは自分の胸を押さえる。リーフの言葉と言動から察するにリーフの示しているのは、恐らく精神……心の事だろう。


「『マインドヒール』を使っても根本的な解決にはならないみたいですね。

 私も『マインドヒール』を使えるようになった時、すぐ自分に使いました。でも……なかなか治すことはできないみたいです。」


 苦笑混じりにリーフは言った。


「治そうとしたって……?」


「あの悪夢を忘れたい……そんな事は無いんですが少しでも心が軽くならないか試しました。でも……故郷や家族を失った傷は、大きすぎて全く癒えないみたいです。」


「リーフ……」

 

「でもあの時のあなたの言葉で救われたのは紛れもない事実です。だからこそリーネちゃんも私の言葉で救えるんじゃないか?そう思ったんですが……一人の時間が必要な人もいるんじゃないかってユウキさんの言葉で気が付きました。距離をしばらく置いた方がいい。だからここは待つことにします。リーネちゃんが出てくるまで。」


「あぁ……それがいいな。」

 

 俺の返答にリーフはにこりと笑った。





 グツグツ、キッチンで鍋が温かな音を鳴らす。ユウキは僕の拠点を不思議な香りがすると言っていたが……今は煮込んだ料理の豊かな匂いが部屋を満たしている。


「ふむ、こんなものかな。」


 お玉を片手に目の前のスープを見て味見をしてみる。チキンバードの旨みと人参や玉ねぎの柔らかな食感、さらに疲労回復用で入れたハーブの爽やかな匂いが舌を楽しませる。


「最近はあまり料理は作らないが……あの子達のために料理を学んでおいてよかった。」


 もう他人に料理を振る舞うことなどないと思っていたが、人生何が起こるか分からない。


 あの頃の子ども達の笑顔が脳裏をよぎる。

 僅かに口元が緩んだのが自分でも分かった。口元に手を当てる。


「過去の思い出にふけるのは後だ。せっかくの久々のお客人だ。特別なサービスをしてやらないと……ね。」


 ユウキ達が近くにいないことを確認し、料理に使う調味料が入っている棚……とは別の棚、銀色の粉の入った小瓶を取り出し、少量スープに入れ、混ぜる。


「……味に変化はない。気付くこともないだろうな。」


 容器にスープを移し、丁寧にパンを並べ彩りよくサラダを添え、机に並べていく。


「さて、これでいいだろう。」


 傍から見れば至って普通の食事だ。違和感なく食べてくれるだろう。


「君達がどれほど僕の期待に答えてくれるのか楽しみにしているよ。」


 銀色の粉を棚に直し、ポケットから小さな小瓶を取り出して魔法灯の明かりにかざす。


「ふふっ、あぁこれも楽しみだ。果たして奴らは課題を克服したのかな?」


 明かりで輝くその赤いもの、先程リーネをベッドに運んだ際に抜き取った血液を眺める。


「……解析は後にしよう。まずはユウキ達にあれを食べさせるのが先決だな。」


 ポケットに小瓶を直し寝室に向かう。そこにはリーネの部屋の前で話しているユウキとリーフの二人がいた。


「やぁ二人とも食事ができたよ。」


「おぉ、結構お腹すいてたんだよな。楽しみだ。」


「ですね、ここ最近あまりまともなもの食べてないですしね。」


「干し肉とか黒パンばっかりだったしな。一応ブラックボアの肉も食べたけどさ。」


 眉をひそめながらユウキは言った。外で食べるなら干し肉や黒パンが主食になるが、痛みにくい分食事として見るならば最底辺のものと言えるだろう。


「安心してくれ、チキンバードのスープにパンと新鮮なサラダだよ。こう見えてそこそこ料理はしていたから味は保証するよ。」


 その言葉にユウキは目を輝かせ笑顔を浮かべる。リーフも嬉しそうだ。


「リーネちゃんは今はまだ一人にさせてあげましょう。お腹がすいたら出てくるかもしれませんし。」


 リーネの部屋の扉を見たのが分かったのか、僕を見てリーフはそう言った。


「……うん、分かった。」


 別にリーネはあれが入った食事は取らなくてもいい。

 彼女はそのままの方が観察対象として十分だから——

 僕はそう判断し、食堂に戻る。


「すごく美味しそうだな。」


「そうだろう?久々の客人だからね、少しサービスをしたんだ。」


 二人は礼もそこそこに、食事に手を伸ばした。


「どうぞ……召し上がれ。」


 あぁ、この先の展開がどうなるか非常に興味深い。パンを一口齧った。

 自然に緩む口元を誤魔化すように。

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