忍び寄る過去と光
「……ん」
背中に柔らかな感触を感じる。温かい。……毛布?
いつも主人に言いつけられ、休んでいる冷たい床とは明らかに違う感触に僅かに目を見開く。
「……っ、」
薄く目が開くと、最初に視界に飛び込んできたのはガラス棚だった。赤。青。緑。中には色とりどりの液体で満たされたフラスコが大量に入っていた。
「どこっ!?」
かつての記憶——その一端が脳裏を過ぎ、一気に意識が覚醒する。机の上に魔法陣の書かれた紙、部屋の隅には壊れた魔法具らしき金属片が入れられた箱。
「……?」
壊れた魔法具の隙間から、先端が光る注射器が視界に入った。
「……っ!」
液体の入った注射器。実験。白い部屋。牢屋。
壊れた注射器を見ただけで脳が思い出そうとする。身体が震え、両手で自身の身体を抱きしめる。ダメだ、意識をするな、拳を強く握ったその時——
コンコン。
「——っ!?」
扉をノックする音が部屋に響いた。
意識はそっちに逸れて震えはマシになるが、緊張が全身に走る。
「おや、起きたかい?」
「ニンゲンっ……」
部屋に入ってきたのは銀髪のニンゲンだった。思わず漏れて裏返った声に自分も驚いた。
「おっと、そんなに警戒しなくてもいい。僕は君達を助けた者だ。ユウキ▪️ツキモト、リーフ▪️クレインも一緒だよ。」
一緒にいた人間達の名前を男は出し、警戒を解くように言う。
「……お前は誰?なんで私はここにいる?」
警戒は怠らない。信用もしない。今の私はどんな状況に陥っているのか確認しないと……。
「僕はエルドア▪️ラッセン。錬金術師だよ。君達はグレイウルフ達に襲われ絶体絶命だった。君は元から重症だったみたいだけどその上、木に激突して気絶していたんだ。そこで僕が助けてこの僕の拠点まで来たってわけだ。あぁ、心配しなくても2人は無事だよ。君がいちばんの重傷者さ。でも安心するといい、強力なポーションを使った。」
こいつの言う通り、さっきまでの痛みが嘘かと思うほどに痛みは治まっていた。脇腹に手を当ててもさっきまでよりだいぶ楽だ。まだ痛みはある、でも大分マシな状態だ。
「なんで助けた?」
無償の助けなんて一番信用できない。さっきまで一緒だった金髪の女の姿が一瞬よぎるけど今はこいつの方を優先する。
「警戒は解かない……か。うん、やっぱりその首輪の通り君はどこかの奴隷ってことなのかな?しかもその目は人間を心の底から嫌悪している目だ。」
じっくりと私を見るような視線でエルドアは微笑みこくりと頷いた。……こいつの目、どこかで見た……こと、が?
「お前……もしかして、けん——」
「おや、ユウキ。君のお連れさんが目を覚ましたよ。」
「リーネ、大丈夫か!?」
「……。」
タイミングがいいのか悪いのか余計なのが来た。私を見て驚き、駆け寄る。
「凄いなエルドア、傷が全くない。」
「ふふ、高い効果を持つポーションを使ったと言っただろう?激しい運動をしなければ明日には完治するだろうね。」
「ありがとうエルドア。ほらリーネ、エルドアが助けてくれたんだ。そんな睨みつけないで礼を言うんだ。」
手を伸ばし私の頭を下げさせようとする。その手を私は、
パシっ!
「やめてっ!」
乾いた音が部屋に響く。私が手でその手を弾いた音だ。
「おやおや」
「リーネ?」
「……っ、出て行って」
「いや、でもな」
「出て行ってよ!!」
「……分かった、余計なことをしたな。悪い。」
男は驚き落ち込みながらも銀髪と一緒に部屋を出ていく。
カーテンで閉ざされた薄暗い部屋に静寂が戻る。
1人残された私は拳を握った。
礼を言う?ふざけないで、あれは——
「私をこんなにしたやつと同族っ……。」
歯を食いしばり目に溢れる熱いものが流れるのを食い止める。
さっきまで薄れていた記憶が呼び覚まされる。
注射。薬品。苦痛の声。
「もう……嫌だ。」
握っていた拳にぽつりと雫が落ちる。
どうやら耐えられなかったみたいだ。
「嫌われたかなぁ……。」
廊下をエルドアと歩きながらため息をつく。リーフに距離を置いた方がいいんじゃないかとか言っておきながらなんてざまだ。リーネが奴隷で主人に酷いことをされていると言っていた。さっき俺がリーネに頭を下げさせようとしたのは、リーネから見れば頭を殴るように見えたりしてもおかしくない。
「はぁ……もっと慎重に行動しろよ俺。」
「別に君のやろうとしたことはおかしいことではないと思うけどね。兄が妹に頭を下げさせるみたいな感じで見てる分には微笑ましかったけどね。」
「……。」
どうやらエルドアには俺の焦りは伝わっていないらしい。今もニコニコと笑っている。
「そんな顔をしないでくれユウキ。冗談だよ、彼女はかなり僕を警戒していた。あの態度もそれを加味するとすればおかしくない。彼女には時間が必要だ。」
「……はぁ」
「……どうやら君も少し傷ついた様だ。『マインドヒール』でもかけてあげようかい?精神の回復をしてくれる光属性魔法だ。」
「いや、いい。自分への罰としてしばらく心に刻みつけておくよ。」
「刻みつけるって何をですか?」
落ち込みながら先程いた部屋に着くと聞こえていたのかリーフが聞いてきた。
机の上にはアストラサークルとマナロックキューブが置いてある。
「そういえばユウキはどうしてあの部屋に来たんだい?」
「訓練も終えたついでにリーネが気になってな。リーフには魔法具の片付けをしてもらっていたんだ。ありがとうリーフ。」
「いえいえ、ユウキさんはリーネちゃんに信用されてますからね。私が行くよりリーネちゃんも落ち着くかなと思って。」
「なるほど、リーネは無事起きたけどユウキは嫌われたよ。」
「えっ……」
エルドアは人の心とかないのだろうか。あまりにも直接的な言い方に肩を落とす。
「な、何があったんですか?」
「ちょっと俺の配慮が足りなくてな。リーネを怒らせてしまったんだ。だからこの心の痛みをしばらく刻みつけるって言ったんだ。」
「そうだったんですね。でも嫌われたって決め付けるのは良くないですよ!」
そう言うと、少しだけ考えるようにリーフは視線を落とした。
「……リーネが起きたって聞いたのに会いに行かないのか?」
「会いに行きたいですよ、でも今私が行ったところでリーネちゃんと仲良くなれる訳でもないですからね。しばらくは距離をとる、ですよね。」
「今の彼女には時間が必要だ。精神も不安定。あまり強い刺激を与えない方がいいだろうから距離を置くのは賢明な判断だね。」
リーフは俺が言ったことを覚えていたようで、それにはエルドアも賛同している。
「でも——」
「?」
「距離を置くだけではダメだと思うんです。この想いは一方通行だけど、私はリーネちゃんを友達だと思ってます。友達が困っている時助けたいって思うことは変では無いですよね?」
そう言ってリーフは俺に向かってウインクをした。そのセリフはミラン村で絶望したリーフに掛けた俺の言葉と同じものだった。
「……そうだな、リーフの言う通りだ。俺も落ち込んでばかりいないであいつを理解しないとな。」
「ですよ、というわけで。」
「?」
「〈内なる闇払う光〉」
「おぉ……なんか落ち着くな?」
「『マインドヒール』ですよ。少し嫌われたからって落ち込んでばかりじゃダメですよユウキさん。今更こんなところで諦める訳にはいかないんです。」
眩しい光のような笑顔でリーフはそう言う。吹っ切れたとかじゃない。リーフはちゃんと考えを持って、前を向いているんだ。俺も負けてられないな。
「ふむ、おじさんの『マインドヒール』より歳の近い少女の『マインドヒール』の方がやはり良かったか。」
エルドアちょっとうるさい。




