拠点
荷台に眠っているリーネを乗せ周囲を警戒する。
馬の手網を握っているのは体が動かせるようになったリーフで時折心配そうにちらちらとリーネを見ている。
「そんなに心配なら俺と代わるか?」
「いえ、ユウキさんには迷惑もかけましたしここは私に任せて休んでいてください。」
「と言っても速度もないし代わるぞ。」
エルドアの速度に合わせているのもあるが、眠っているリーネに衝撃を与えないようにするため現在の歩行速度はかなりゆっくりだ。この速度なら荷台に座っていようが馬の手網を握ろうが変わらないだろう。俺は立ち上がりリーフと場所を入れ替わる。
「あ……すみません。」
「気にするな。リーネが心配なんだろ?」
「……はい。」
先程からやけにリーフは落ち込んでいるような気がする。襲撃を受ける前にもリーネに相手にされておらず落ち込んでいたが今はあの時よりも暗い気がする。
「少し気になっていたんだが、その子は君達の奴隷なのかい?」
リーフを気にかけているとエルドアが話に入ってきた。エルドアの質問にリーフは顔をしかめ、軽く首を振って反応する。
「いや俺達の奴隷じゃない。昨日傷だらけでさっきのグレイトウルフ達に襲われていたから助けたんだ。」
「ふむ……君達の奴隷ではないんだね。襲われていたということは主人は近くにいたのかな?」
「周囲に人はいなかったな。そういえばなんであんなところにいたんだろうな。」
リーフと顔を見合せ、その視線は眠っているリーネに向かう。思えばなぜあの場所に一人でいたのか不思議だ。奴隷であれば近くに主人らしきものがいてもおかしくないのに。
「グレイトウルフ達に襲われていたと言ったね。もしかすると主人と目的地に向かっている途中で殿をさせられた。それで傷だらけになっていたってことかな。」
「……っ!」
エルドアの言葉に一瞬だがグッと拳にリーフは力を込めたのが見えた。
「リーネの主人……か。」
リーフの握った拳にそっと自分の手を被せる。
「ユウキさん……ユウキさんはあの時、どうしてあんな言葉を言えたんですか?」
「あんな事?」
「グレイトウルフに襲われる前にリーネちゃんに言ったことですよ。リーネちゃんのことを凄いって思うって、リーネちゃんをこんな風にしたやつを許せないって。」
「あぁ、あれか。俺のいたところでは奴隷なんてものもなかった。そんな奴隷とはかけ離れた生活をしてきた俺から言わせてもらうとリーネをこんな目に合わせたやつはクズだな。しかもまだこんな小さい子が自分の意思で生きていくことができないなんて……あってたまるかって思ったんだ。ん……おっと?」
馬が手網越しに僅かにびくりとしたのが伝わり、自分が手網を強く握っていることに気付いた。未だに奴隷に対しての理不尽さへの怒りを息を整える。
「……やっぱり、ユウキさんってすごいや。」
「え?」
「私なんてただただ助けたいって言ってるだけで、なにもリーネちゃんに届いてない。」
「そんなことは……」
「少なくともあなたのあの言葉の方がリーネちゃんに届いてますよ。あの時、リーネちゃんはあなたに手を伸ばしかけた。あの後リーネちゃんが加勢してくれたのもあなたがピンチだったからですよ。もしあの時私一人だったら……どうなっていたでしょうね。」
「リーフ、お前はまだ……その、大切なものを失ったばっかりだろ。心もまだ今まで通りとは言えないだろうし、そんな状態で完璧なコミュニケーションなんてできないだろ。俺も完璧とは程遠いけど……でも少しリーネがどう接して欲しいのか分かった気がするんだ。落ち込むことはない。俺も協力する。一緒にリーネを助けよう。」
「……はい。」
そう言うと、リーフは少しだけ口に笑みを浮かべてくれた。以前のような柔らかな笑みではないが、さっきよりはだいぶいい。リーフの本当の笑顔が拝めるのはリーネを救うことができたあとだろうな。
「こほん、お話のところ悪いね。とりあえずもう少しで僕の拠点に着くよ。」
「お、了解だ。意外と近かったみたいだな。」
「でもこの辺りに建物らしいものないですけど……。というよりなんというか、周りの生物の気配が少なくなっていませんか?」
エルドアの言葉にリーフがキョロキョロと周りを見渡す。
「ご名答、拠点の近くには生物を寄せ付けないよう無意識に拠点を避けてしまう魔力を発しているんだ。拠点を襲われて錬金術の邪魔をされても困るしね。生物はこの辺りから減っていく。」
歩みを進める度、エルドアの言う通り虫の鳴き声や鳥の気配、小さな魔物達の存在が消えていく。気付けば風の音すらも消え、その代わりに少しづつ視界が霧で覆われる。
「僕から離れないでね。迷ったら大変だよ。」
「どこからこの霧出てきたんだ?」
「もしもなんらかの生物が侵入できた際の念の為に備えてだよ。」
余程、拠点に自分の望まない生物が侵入してくるのを嫌っているんだろう。二重で強力な防御策をとっているのを見て錬金術師も大変なのかぁと一人思う。
それにしても錬金術をするなら安全な街などでやればいいのになぜこんな森の奥に拠点を作ったのだろう?
「さて、着いたよ。」
俺が首をかしげているとエルドアはそう言って歩みを止めた。
「着いたって……何も無いですけど?」
リーフの言う通り目の前には何も無い。
「幻影で普通なら見えないでも……。」
エルドアは服の下から何かを取り出す。それはペンダントであり、不思議なことにそれは真っ二つに割れていた。歪な断面だが目を凝らしてみるとそれは元々ひとつであり、なにか大きな力で無理やり割ったかのようなもので、エルドアがそれをひとつになるように握りしめるとペンダントは光を発し、なんて事ない森の景色から一変、周り生き物達の気配が消えひとつの建物が可視化できる。
「このペンダントを用いなければ決してたどり着けず誰にも見えない、誰にも触れられない不思議な不思議な拠点だよ。」
「……」
「あれ……?」
エルドアが何か言っているのが分かるが反応することができなかった。なぜなら
「すっげぇ……」
石段の先、そこには石造りの建物が建っていた。壁はところどころ青く発光する蔦が絡まり、石壁の隙間には苔が広がっている。長い年月を森の中で感じさせる外観だが、不思議と荒れ果てた様子は無い。
建物の左右には見たこともない植物が畑に植えられ、風もないのにゆらゆらと動いている。
階段脇にはランタンが一定間隔で配置されている。灯りがついているのか、オレンジ色の灯りが窓から漏れ出ており、窓際にあるいくつかのフラスコを照らしている。まるで魔女の家とも言うべき光景だ。
「おぉ、新鮮な反応だ。」
俺の反応に笑みを浮かべながらエルドアは少し嬉しそうにしている。
何も知らない時に見つけたらいかにも怪しげな建物だと思うが、まさしくファンタジーとも言える目の前の光景に興奮する。
「ゆ、ユウキさん?大丈夫……ですか?」
「あ、うん大丈夫だ。ちょっと感激してただけだ。リーフもすごいって思わないか?」
「あ、はは……まぁすごいとは思いますけど。」
リーフの作り笑顔にこの場で興奮しているのが俺だけと察し、少し落ち着くことにする。
「さて、いつまでもいているだけじゃなくて入るといい。」
それを見兼ねたエルドアは軽く笑いながら俺達を中に誘導する。
「中はどうなってるんだろうな。」
俺は1人ポツっと呟き、エルドアに連れられ拠点の中に入っていった。




