ケイローンとスレイプ
ケイローンの声は大きくはないが、不思議と議会場の奥まで響くようだった。
周囲のざわめきも落ち着いていく。
「聖女を救いたいという気持ちは理解できる。たとえ――それが、ほとんど叶わぬ願いであろうともな」
共感してくれているのは分かる。だが、その言葉は重かった。それでも俺は口を開いた。
「最後まで諦めたくはない。頼む、原理の大図書館に行かせて欲しい」
しかしケイローンは、申し訳なさそうに目を伏せた。
「残念ながら、この森では、私一人の裁量で物事を決めることは許されておらぬ」
しかし顔を上げると、声の調子がわずかに変わった。
「だが――これは私個人の見解として述べるぞ。アースガルド元首リバティ殿の目的は明確だ。滞在を許可してもよいのではないかと、私は考える」
ケイローンの言葉に数名が小さく頷いた。
だが、表情を固くする者もまた多くいた。
「大魔王の言葉を、そのまま信じてよいのか」
「聖女を救うというのも、入るための方便ではないのか」
「仮に――原理の大図書館が破壊されたらどうする? 貴重な蔵書は、二度と戻らぬ」
懸念が重なり、議論はまた激化していく。収まる気配がない。
そもそも俺に破壊する意図があるなら、ここで許可など求めずに、直接大図書館に踏み込んでいるだろう……そう言いかけて、口を閉じた。言ったところで話がよりこじれるだけだ。
「ウォッホン。埒があかぬな。同じ議論は一昨日にもしたはずだ」
一際大きな咳払いの後、場を締める声が響いた。
「おおスレイプ。そなたはどう思うぞ?」
ケイローンは助けを求めるように、その男に問いかけた。
スレイプと呼ばれた男――黒い髪に黒い衣。深く刻まれた眉間の皺と鋭い視線は、いかにも気難しそうな気配を滲ませる。
「皆が恐れているものは明らか」
スレイプの声は低く、よく響く。
「それは、大魔王の破壊の力。それが、原理の大図書館に被害を出すことを恐れている。もっとも、大魔王が本気を出せば、大図書館どころか、この森ごと消し飛ばせるというのに……だ」
スレイプは鋭い視線を俺に向けた。
俺は怯まずにはっきりと答えた。
「俺は決して破壊なんてしない。俺の職業は魔道具師。壊すより、作る方が得意だ」
その言葉に、再びざわめきが広がる。
「魔道具師の……大魔王だと?」
「だが、アースガルドの魔道具は確かに評判だぞ」
「魔道具師が大魔王になどなれようか……」
ざわめきを断つように、スレイプが大きな咳払いを一つ。
「ウォッホン。つまり、元首殿の言葉も、魔道具師という職業も、未だ信用に値せず、という現状である」
スレイプは冷たく言い切り、議会場の中央の広間に向けて、ゆっくりと歩き出した。
「ならば、それを確かめればいい」
広間の中心には、古い構造物が据えられている。ただの飾りではなさそうだ。
スレイプは、それを指した。
「これは古の魔道具。魔道具師なら、これが何か分かるはずだ」
石でできた筐体には、かすれた彫刻が刻まれている。
「この魔道具は既に壊れている。少なくとも千年は稼働していない。一体これが何であったか、正確に知る者はこの森にもほとんどおらぬだろう。その危険性により、あえて失わせた、と考えることもできるがな」
スレイプの言うとおり、その魔道具は相当古いものだった。俺がよく知る魔道具とは、作り方も異なっている。
「さあ、この魔道具が何か、答えられるかな?」
午人たちの視線が俺に集まっていた。
俺は今、試されている。
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