賢人の森
静かな街だった。通りを行き交う午人たちは穏やかで、大声で叫んだり、声を荒げる者はいない。
「ひとまずここで待って欲しい」
シルヴァはそう告げると、俺たちを街の入口近くの大きな宿へ案内した。
しっかりした木造の造りだった。
案内された部屋は広く、窓も大きい。質素だが手入れは行き届いている。客として丁寧に扱われていることは分かった。
「あたしは、あなた方の滞在の正式な許可を取りに行ってくる」
出て行こうとするシルヴァに、俺は一言告げた。
「俺たちは原理の大図書館に用がある。できるだけ早く行きたい」
「それも、許可が出てからだ。それまでは外出を控えてくれ」
シルヴァは念を押すように言葉を続けた。
「正式な許可が下りるまでは、この宿を出てこの地を歩くことは認められない。それがここの決まりだ」
そう言い切ると、シルヴァはそのまま去っていった。
森の静けさだけが残る。
「なかなか厳重だな」
「午人は細かいのじゃ。まして大魔王が来たとなれば、慎重になるのも無理はない」
言いながらエルマはすでにくつろいでいた。
待遇そのものは悪くない。部屋も食事も申し分なく、一国の元首としての体面は、十分に保たれていた。
だが――翌日になっても、俺たちの正式な滞在許可は下りなかった。
「こんなところで足止めされている余裕はないんだがな」
「午人は、結論より、そこに至る過程を重んじる。悪く言えば、お役所的で無駄な手続きが多いのじゃ」
エルマの言葉にヴォイドが呟いた。
「最適化の余地がありそうだね」
その日の昼、ヒッポが顔を覗かせた。
「ごきげんようです。困ってることない?」
変わらない調子だ。
「ああ、部屋は快適だ。だが、街に入る許可は出たのか?」
「それがね、まだなの」
ヒッポは申し訳なさそうに苦笑いする。
「アースガルドの元首様である大魔王を受け入れるかどうかで意見が割れてて、なかなかまとまらないんだよ。それを決める前に、まず長老ケイローンと面会をするべきって意見があったり、何があっても入れるべきじゃないって意見もあったりして……」
「長老がいるなら、その人が決めればいいだろ」
「ここは全部、議会で決めるの。みんなが納得する形じゃないと物事を進めない。ケイローンが自分で何かを決めることはないんだよ」
面倒な仕組みだが、ヒッポはどこか誇らしげだった。
「どれくらいかかりそうなんだ?」
「うーん……分からないけど、まだまだかかると思う」
ヒッポは斜め上あたりを見て思い出しているようだ。
「昨日は、さっき話した通り、大魔王を受け入れるかどうかで揉めてたでしょ。今日は、それをどうやって決定するかを話し合ってた。でもそれもまとまらなくて――明日は、どうやって決めるかをどう決めるか、を議論する予定なんだよ」
「……」
えっと、つまり、俺たちを受け入れるかどうか、その決め方の方法をどう決めるかを明日議論する……と。
これでは、いつまで経っても結論に届かないだろう。ダメな会社の会議そのものだ。
レイアが身を捧げるまでに時間がないというのに……このままだと、明後日は決め方の決め方の決め方を議論していそうだ。
「あ、不機嫌になってますね」
ヒッポがぽつりと呟く。
「不快に思われたらすみません。私、他人の心の揺れが少し分かるんです。だから、来訪者を見極める役目を任されていて」
なるほど、そういう力か。
試しに、意図的に怒りを膨らませてみると、ヒッポの表情がみるみる青ざめていく。
逆に怒りを収めれば、ヒッポの緊張が和らいでいく。
……面白い。いや、遊んでいる場合ではない。
気を取り直して俺はヒッポに尋ねた。
「その議会って、どこでやってるんだ?」
「あそこです」
ヒッポは窓の外を指さした。
視線の先、遠くの木々の間にひときわ大きな構造物が見える。
あれが議会場か。
いつも読んでくださってありがとうございます!
『面白い』『続きが気になる』と思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。
その一つ一つが、次の展開をより面白くする力になります。




