午人の結界
行き先が決まれば、出発はその日のうちだった。
元首である俺が少人数で国を離れると聞き、周囲は当然のように反対した。国の威厳がどうとか安全の問題があるとか、理由はいくらでも出てくる。
だが、遠征のように大人数で押しかければ、賢人の森から警戒されるだろう。
レイアが犠牲になるまで残り三週間。時間は限られている。すぐに中に入れてもらえなければ意味がない。
というわけで、
「今の俺より強い者は、この国にはいない。何者かに襲われたとしたら俺の魔法の巻き添えになるだけだからお供はいらない」
と押し切った。
「リバティさん、賢人の森には旧友もいるんだ。私も同行していいかな?」
オージンも行きたそうだったが、これも却下した。
「オージンさん、元首と皇帝が同時に国を空けたらさすがにまずいでしょ。土産話は持って帰るから」
これでひとまず話はまとまった。
最低限必要なものだけを準備し、俺とエルマ、ヴォイドの三人で旅立った。
賢人の森までは距離がある。エルマなら一気に飛べるかと思ったが、
「森の周囲は何層もの結界で閉じられておる。中へは直接転移できん」
ということなので、森の外縁に近い地点まで転移して、そこから歩くことにした。
転送魔法で景色が切り替わると、そこはまだ森とは呼べない。木々はあるがまばらで、視界も開けている場所だった。
しばらく歩いていくと、不思議な違和感を感じた。
周りで強い風が吹いている。なのに風の音が妙にこもったように聞こえる。
ヴォイドが足を止めた。
「興味深いね。同じ空気なのに、音だけが減衰してる。部屋の中に入ったみたいだよ」
「これは第一の結界じゃ。侵入を拒むものではない。悪意を測る層じゃ」
「悪意?」
俺はエルマに聞き返した。
「殺意、敵意といった負の力。そういったものを強く持つ者ほど、ここでは動きが鈍る」
大魔王の魔力が反応しないか不安にも思ったが、俺はひとまず歩みを進める。空気がわずかにまとわりつくように感じるが、今のところ問題ない。
「侵入者の選別ってことか」
「そういうことじゃ。午人は用心深い」
「だけど、遅らせるだけじゃあまり意味がないよね。悪者は完全に遮断しないと」
ヴォイドが青い髪をゆらしながら冷静に指摘する。
「ここは知を扱う場所じゃ。知を求めるものを拒むことはないが、悪意のある者はそれだけ労力を要する。また、危険な人物が森に到着するまでの時間稼ぎにはなる」
俺たちがさらに先へと進むと、やがて視界の先に現れたのは、美しい森だった。
木々は原生林のように生い茂り、地面は美しい苔に覆われて、わずかな木漏れ日が緑色に淡く光っているように見える。
空気は澄み、深く吸い込むと胸の奥がひんやりと気持ち良い。
静かだ。
「まるで手つかずの自然の中にいるみたいだな」
「そうかな。一見自然に見えるけど、歩きやすいようによく考えて配置されてるよ。木の一本一本の生え方まで細かく調整されてるね」
ヴォイドが冷静に呟いた。
森へ踏み込んだ瞬間、再び音が変わった。
今度は体が重く感じる。
「ここから第二の結界じゃ。魔力が抑えられる」
エルマの言葉通り、体を巡っていた魔力の流れが抑制されたようだ。
「第一の結界で危険人物とみなされた場合、ここで午人たちの襲撃を受けることになる」
その言葉に少し緊張感が走る。
だが、森は変わらず静かだ。
「今のところ、敵とは見なされていないようだな」
俺がそう言い終えた瞬間だった。
木々の間から現れた影が二つ。
上半身は人、下半身は馬のシルエット。
別名ケンタウロスとも呼ばれる、午人だ。
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