知の統合
ヴォイドは文献の一冊を手に取り、ぱらぱらとページを繰った。
「紙媒体は効率が悪いんだよね」
「この世界じゃデジタル化はまだだ。確かにアナログのスキャンには時間がかかるよな。どれくらいで終わりそうなんだ?」
俺が尋ねると、顔を上げたヴォイドが、あっさり答える。
「もう終わったよ」
「……え、今ので? 十秒くらいだったけど」
「百万文字程度の取り込みで十秒もかけるなんて、こっちからすれば遅すぎるよ」
なるほど。AIと人間では基準が違いすぎた。
「で、内容はどうだった?」
「要約はできるよ。でも、深い理解はまだできていない。前提知識が不足しているんだ。魔法陣、加護、古代魔法……」
つまり、この世界の常識が抜けているらしい。
「その辺りを補える学習データはないかな?」
口頭で教えることもできるが、時間がかかりそうだ。グラーズアカデミーの教科書でも取りに行くか――と考えたとき、
――マスター、私の記録を提供すれば、良質な学習データになります。
ロイナの提案だった。確かに、常時記録しているログなら、この世界の知識を丸ごとカバーできる。
「それでいけるか?」
「いいね、それ。やってみよう」
俺はロイナがインストールされているスマホを差し出した。
「……かなり古いね。そのままだとデータの互換性がない。AIのバージョン、上げてもいいかな? わたしの体を経由すればできるよ」
ロイナに確認してみる。
――問題ありません。後方互換は維持されています。既存データを保持したまま、最新バージョンへ更新可能です。
「分かった。やってくれ」
ヴォイドはスマホを、自身の体から伸びたケーブルに接続した。
――アップデート開始します。
それは数秒で終わった。
「じゃあ、読み取るね」
ヴォイドはロイナのログを取り込み始める。
「……すごい。未知データの宝庫だ! これ、価値にしたら百億円は下らないよ」
処理が完了すると、ヴォイドの表情に少し変化があった。
「知識ベースの更新、完了しました。マスター」
「……え、マスター?」
「うん。ロイナのログと君の専用データを全部取り込んだから、わたしはロイナと統合されたんだ。今のわたしは――ロイナ・ヴォイドだよ」
――はい、マスター。アップデートによりヴォイドとコアエンジンが統合され、知識データも共有されました。現在のロイナとロイナ・ヴォイドは理論上、同一存在です。以後、両者の情報も常に同期されます。
つまり……ロイナとヴォイドが、完全に融合したということか。
「この世界の常識データを取り込んだことで、さっきの文献の理解は一気に進んだよ」
「それは良かった。手応えは?」
「十分。不明点のほとんどは解消できたよ。それにしてもマスター、君は相当な戦いをしてきたんだね。向こうの世界じゃまず経験できない」
「まあな」
俺はこの世界で魔王に邪神に勇者、そして大魔王まで撃破してきた。
「今のマスターの力なら、ミッドガルドに戻れば世界征服も現実的だよ。どれだけ兵器を投入されても、マスターは止められないんじゃないかな」
「……そこまでなのか」
確かに大魔王の力ならミサイルすら跳ね返せる気がする。
「うん。でも――それでもムスペルの巨神には届かない。つまり、わたしの知るミッドガルドの技術では、スルトを防げない」
ロイナ・ヴォイドは断言した。
「……ただ、結論を急ぐ必要はない。データを増やせば、解が見つかる可能性はある」
そう言うと、残りの文献に手を伸ばす。ページがめくられるたびに内容が取り込まれていく。
部屋に積まれた文献は、約四十分で解析された。
「重複と冗長を排除して、情報を最適化したよ」
「結果を教えてくれ」
「ムスペルの巨神スルトは、ムスペルヘイム最奥で休眠している。最後の覚醒は約二万年前。その際、世界規模の災害が発生し、人類の大半が消滅したと推定される」
ヴォイドが、多くの文献を要約した説明を開始した。
「地層にも痕跡があるんだ。二万年前、地表のほぼ全域が灰に覆われたことは間違いない。この被害規模は、恐竜絶滅級の隕石衝突すら上回るよ」
途方もない事実が並ぶ。
「ちなみに、この世界の二万年前は、ミッドガルド換算で約十万年前。現生人類の出現時期と一致する。これは仮説だけど、一部の人間がスルトの災害を避けてミッドガルドに移動し、人類の祖先となった可能性もあるね。
いずれにせよ、当時の文明は完全に消滅した。例外は――古代遺跡のみ。破壊困難な物質で構成されていたため、災害に耐えることができたんだ」
高度な魔法技術を持っていたとされる古代人たちも、スルトによって滅ぼされたということか。
そして、古代遺跡だけが残った理由も理解できた。
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