六章 その手を(5)
不意に固い小石が跳ね返る音を耳にしたフェランは、M1ガーランドの銃口をその方向へ向ける。
「待て、撃つな。人間だ!」
銃口の向けられた先には三人のソロモン機関の兵士が石柱から顔を出してフェランを制止した。
「君は後続部隊か。今、船はどうなっている」
「いや、僕はただの善意の一般市民です。君達の船はいったん島から離れて沖に停泊中」
その答えを聞いて三人の兵士は石柱から出てフェランに歩み寄って来た。
一人が足を痛めているのかもう一人に肩を借りている。
「なぜ一般市民がこんなところに居るのだ? 化物が追い駆けて行った奴の仲間か?」
「追い駆けて行った?」
先頭を歩く兵士が、ああ、うなずいた。
「俺達が隠れていると、誰かが石柱の林を走り抜けて行ったんだ。その後ろから奴等が何匹も追い掛けて行ったのが見え……」
その兵士はそこまでしか話すことが出来なかった。
降りてきた影が、その長い手を一振りして彼の首をもぎ取ってから、再び石柱を駆け上がってフェランの視界から消え失せたのだ。
頭部を失った兵士が首から噴水のように血を吹き出しながら仰向けに倒れ、背後にいた二人の兵士達の全身に毒々しいまだら模様を描き込む。
「ひっひいっ」
肩を貸していた兵士が悲鳴を上げて戦友を放り出して尻餅を着くのを尻目に、フェランは首なし死体に駆け寄りと右手に握られたままのAK103を引き剥がした。
フェランが頭上に銃口を向けると、ヤモリ人が猿のように石柱から石柱へ交互に飛び跳ねて、ついに石柱の裏側へ回り視界から隠れてしまう。
俊敏さと跳躍力に優れて細長い体で石柱間を通り抜ける、これまでの【深き者共】とは異なる新種の異形の出現にフェランはある思いに囚われた。
この林立する石柱を街中の建造物と仮定した場合、この新種のヤモリ人間は【深き者共】同様に海中から沿岸部に上陸して、都市部を侵略、蹂躙するための生ける兵器ではないか。
【K】のみならず恐るべし【旧支配者】と呼ばれる異形の神々を奉る組織は、既に人類に対する侵攻作戦の準備を終えており、あとは【大いなるK】の復活を待つだけではないか。
旧友であるホーヴァスを失い情報を受け取り損なったことが、フェランには残念で仕方がなかった。
「うう……」
放り出された足を痛めた兵士がうつ伏せで痛みを堪える様に唸った。
彼を放り出した兵士は石柱に背を預けて、涙とよだれと血でぐしょぐしょになった顔で頭上や左右を見回しながら腰のホルスターに手をやり拳銃を抜いた。
ベレッタ92F、アメリカ軍に採用されて世界的なベストセラーとなった拳銃だが、対人用ならともかく、【深き者共】やボディアーマーを着込んでいるヤモリ人間相手ではいささか威力不足であろう。
唸りながら落ち着きなくベレッタの銃口を上下左右に向ける兵士だが、その行為が却って隙を生んだのか、背にした石柱の影から鉤爪の付いた腕が伸びて兵士の頭を引っ掴んだ。
「ひっ」
そのまま高々と持ち上げられると、熟したトマトをつぶす様に兵士の頭部は握りつぶされた。
血と脳漿の入り混じった飛沫が飛び散り、地に伏せた兵士とフェランの顔に貼りつき視界を遮る。
フェランは反射的にその石柱に向けてAK103の引き金を引くが、ヤモリ人間は石柱から躍り出ると弾丸を避ける様に身を低くしながら、地に伏せた兵士に向かって爪を振り上げて迫った。
そのヤモリ人間と兵士の中間に石のようなものが飛来して、ヤモリ人間は驚いたように横っ飛びに飛び退き、それから距離をとって着地する。
その体を七・六二ミリライフル弾の猛射が襲い掛かった。
ヤモリ人間は虚を突かれたかの様に体勢を崩してたが、辛うじて弾の飛来した方向へ首を向ける。しかし、出来たのはそこまでだった。
七・六二ミリライフル弾より重い銃声が鳴り響き、続けざまにヤモリ人間が身体を震わした。
AK103の弾が尽きるや、すばやくM1ガーランドに持ち替えたフェランがその弾丸を叩き込んだのだ。
AK103の七・六二ミリライフル弾より強力な三〇-六〇スプリングフィールド弾はヤモリ人間の着込んだボディアーマーのアーマープレートを貫き、その肉体に致命的な損傷を与えていた。
M1ガーランドから金属音を立てて、宙に空になった装弾子が弾き出される。
フェランはM1ガーランドの銃口をヤモリ人間に向けたまま、コートのポケットから弾丸が八発装填された装弾子を弾倉に叩き込み素早くボルトを引いた。
ヤモリ人間は強力な弾丸を八発も受けたのにまだ立ち上がり、殺戮に対する意欲を失ってはいないようだった。
その頭部へ三発の三〇‐六〇が叩き込まれ後頭部が破裂するように四散する。
「ふう」
ヤモリ人間が崩れ落ちると、ようやくフェランは一息ついてM1ガーランドを肩から離した。
「多少は効果があって助かった」
フェランが拾い上げたのは、ヤモリ人間が隙を作る原因となったもの、五芒星の印だった。
フェランは最初にヤモリ人間が襲い掛かって来た時、彼に振り下ろす爪が鈍った事から【深き者共】程ではないが、ヤモリ人間にも多少は旧支配者の下僕避けの効果があるとふみ、ヤモリ人間が残された兵士に襲い掛かった瞬間、五芒星の印を手榴弾の様にヤモリ人間の眼前に放り投げたのだ。
うまくいったから良かったものの、本当に効果が無ければ死神はフェランに微笑んでいたに違いない。
「掴まれ、安全な場所に連れて行く」
「あ、ああ、すまない」
地に伏せた兵士に肩を貸して立ち上がる。
「他に生存者は? 撤退の指示は出されたのか?」
フェランの問い掛けに兵士は首を左右に振った。
「解らん。上陸して石柱の間に身を隠したがこいつ等に襲われて部隊は散り散り、次々に仲間は狩られていった。この石柱の林を抜けれたものはいないと思う。奴等が何匹この島に居るかは解らんが、俺達を襲ったの四、五匹だったな」
なら、少なくとも四匹は冬峰を追尾したのかもしれない。
「気をつけろ。こいつは手強いぞ」
聞こえないと知っているが、フェランは囮となった少年に呼び掛けずにはいられなかった。




