六章 その手を(3)
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「おっさん」
発艦から五分ほど経過して、ようやく冬峰が口を開いた。
「ホントに大丈夫か、これ」
「大丈夫、と信じて欲しいな」
武骨な戦闘ヘリコプター、AH64の副操縦士兼射撃手席に腰掛けた冬峰の疑問に、後部操縦士席のフェランは心許ない返答を送った。
「ここ、ものすごく狭くて息苦しいんだ。頭痛もする」
「Gがそれなりに掛かっているんだ、我慢してくれ」
冬峰がヘルメットをかぶれば多少は改善されるだろうが、これ以上窮屈なのは勘弁して欲しくてかぶらなかった。
冬峰はルルイエに着くまでの我慢だ。本当なら辿り着く事すら不可能だったのだ、そう自分自身に言い聞かせる。
横須賀からフェランの用意した快速艇に乗り換えて南下。そこからアメリカ海軍の用意した艦艇に乗り換えルルイエ上陸を行う予定だった。
しかしルルイエ近海まで突き進むとそれらの作戦が卓上の論理であり、異世界の化け物達の手強さを改めて知る事となったのである。
まず世界各国の護衛艦等の船舶は、身長三十メートルを超える半魚人や高速で海中を移動する不定形な生き物と交戦状態となり、引っくり返されたり艦橋を壊されたりする船が続出した。
魚雷や機関砲を用いて対抗しようとしたが、怪物たちの水中での潜航速度は原子力潜水艦す凌駕しており、近接信管を用いた爆発では相手の固い鱗、いやあそこまで大きくなると鱗というより正しくは鎧だが、それに阻まれて致命傷を与える事すら出来なかった。
そうもたもたしている内に、【深き者共】が艦艇に侵入して乗員を殺戮する事態となり、いったん艦艇は領域外に撤退する事となった。
半日後、ようやく船内に侵入した【深き者共】を偶然乗り合わせた少年剣士の助けもあり何とか駆逐したアメリカ海軍だったが、予想以上の被害に作戦中止の判断を下さざるを得なかった。
航空戦力でルルイエ上を爆撃する案も出されたが、ルルイエ上空を飛来する巨大な蝙蝠の様な化物が先に到着したソロモン機関のヘリコプターを次々と落としていると聞き、同乗している自称ジャーナリストのオブザーバーに意見を求める事となった。
「無駄ですよ。まあ、星間飛行も可能だからな、アレ」
自称ジャーナリストの見物人は頭の後ろをかきながら答える。
しかし、これでは島に戦力を送り込むことが出来ない。
何も言わないが、護衛艦の厨房でおでんや肉じゃがを調理して【サムライ・シェフ】と異名を頂いた相棒の癖毛の少年が、日を追うごとに不機嫌になっているは確かなようで、いつ彼が海に飛び込んでルルイエまで泳ぎ出さないかフェランは気が気でなかった。
そしてついに、いまだに強国であり続ける某国の大統領より、七十二時間以内に事態を収拾出来ない場合は、ルルイエに三度目の核攻撃を行うことが宣告された。
核攻撃では【深き者共】や【大いなるK】の眷属をどうにか出来ても、【大いなるK】そのものを滅ぼす事は出来ないとフェランは知っている。
そして救うべき少女が巻き添えを喰らっては意味が無いのだ。
フェランは一か八か賭けに出ることにした。
アメリカ海軍より借りた快速艇でソロモン機関と合流してヘリコプターを借り受け、それに数の少なくなった眷属避けの五芒星形の石を貼りつけてルルイエに上陸、千秋を取り戻すという、何となく行き当たりばったりの感のする作戦をソロモン機関に示し協力を要請した。
ソロモン機関からの返答を簡単に要約すると「我が方のエージェントが到着するまでは時間が空いてるので、出来るのならやって見な」だった。
護衛艦の乗組員達に見送られながら快速艇で出発した冬峰とフェランは二日後、ようやくソロモン機関の揚陸艦の破壊されたウェルドッグへ迎え入れられた。
揚陸艦の艦長と面会した二人は、島への上陸作戦は沿岸部の石柱を突破出来ない事、まだ三十人近くの兵士が沿岸部の石柱群に取り残されている事、そして正午には安全海域まで艦を下げて核攻撃に備える事を説明されて共に宙を仰いだ。
核攻撃まで八時間しかない。
そんな理由で、機首や風防、機体両側面と四個の五芒星形の石を張り付けたジェット戦闘ヘリがルルイエに向けて飛び立ったのだ。
「でも、よくあんたを信用して貸してくれたな」
「まあ、死出の旅への駄賃のつもりかな。武装は全部取り除かれているしな。まあ、あっても使い方など解らないが」
フェランはうんざりしたようにAH64のコックピットに並んだスイッチ類を見上げた。
彼は離陸直前まで戦闘ヘリのパイロットに操縦方法と火器管制システムについて説明を受けていたのだが、デジタル機器と相性が悪いのか「離陸と着陸さえ出来たらいい」と言い出し、武装を全部取り外してしまった。
本来武装の取り付いていた両翼には、フェラン愛用のトンプソンやらM1ガーランド等の銃器類やその弾薬、爆破用のコードと爆薬が納められたコンテナが取り付けてある。
「こちらも操縦するのがやっとでな。何事も無く島の中央まで辿り着けたらよいが、まあ、無理だろうな」
「無理だろうね。あの神父がそんなに甘い訳がない」
「同感だ。……見えたぞ」
フェランの声が緊張で固くなる。
ヘリの速度が速いのか、海上に浮き出ていた点はしだいに大きくなり、冬峰の眼に奇妙な無数の石柱が建てられた黒い島を映しだした。
「く……」
冬峰は目から脳に伝わって来る禍々しい気配に声を漏らす。
「あれがルルイエ、異形の神の眠る地獄だ」
冬峰は刀の鞘を強く握り締めて身体の中に入り込んだ悪寒に耐えた。
はるか遠く天門町の駅前で遭遇した異形の者と似た気配だが、それが冬峰に恐怖を与える事は無かった。
しかし、あの島から放出される鬼気は冬峰に、本来彼に感じる事の無い漠然とした怖れを抱かせ、背中に冷たい汗を流させている。
「これは、千秋は無事なのか」
「解らん。二度、僕はこの島に上陸したが、その時でもこんなに濃密な気配は感じなかったぞ」
何かが違う、そう疑問を抱いたフェランをあざ笑うかのように、マッコウクジラの跳躍を彷彿とさせる水柱がヘリの前方にわき起こった。
「ちっ」
ヘリの行く手を塞いだもの、それは指と指の間にひれの付いた深き者共によく似た巨大な掌だった。
「回避間に合わん」
ヘリを衝撃が襲い、不安定に左右へ機首をふらつかせながらも島へ向かって飛び続ける。
冬峰とフェランの頭上からは軋み音が連続して起こるとヘリの飛行がますます不安定となり、フェランのコントロールを受けつけなくなった。
「何とか岸まで」
「やっている。 対ショック姿勢!」
フェランの声と共に冬峰の視界が左右に大きく揺れた。
ヘリは海岸近くに着水するとローターやら安定翼の部品を撒き散らしつつルルイエの硬質な海岸へ滑って行った。
金属音と共にヘリの動きが止まる。
「?」
風防を開けてフェランが下を覗き込むと、ヘリは石柱と石柱の隙間にはまり込んでおり、それ以上動かせない状態で浮いていた。
「助かった。今回は運が味方してくれるかもな」
「今ので使い果たしたとか」
余計な事を口にした冬峰に情けない視線を向けた後、フェランは石柱を伝って降りるよう伝えた。
「石をヘリから外してくれないか。もうこのヘリは使えないからつけていても意味が無いだろ」
冬峰は風防と機体右側に接着された五芒星の印を引き剥がすと、うち一個をフェランに渡す。




