六章 その手を(2)
「クソッ」
兵士は同僚との交信を諦めて右太腿のホルスターからグロック22を抜くと周囲を警戒する。
固い鱗を持つ【深き者共】には通用しない代物だが、己の身を守れる装備など拳銃とナイフ以外は残されていなかった。
何かの気配を感じて頭上を見上げる。
そこには黒光りする石柱の表面に貼りついたヤモリの様な影があった。
しかし世界のどこを探しても人間大のヤモリなど存在しないだろう。
ましてやそのヤモリの長く伸びた頭部にヘルメットの様なプロテクターが被せられ、やや左右に張り出した両眼は暗視装置の様な機械で覆われてピントを合わすかのように伸縮を繰り返していた。その細く長い胴体にはプレート入りのタクティカルベストを着込んでいる。
「くっ」
グロックの銃口を向けるが、その時にはすでに巨大ヤモリは隣の石柱に飛び移り、素早く裏側に回って兵士の視界から消えてしまった。
こいつだ。こいつに仲間は次々と狩られてしまったんだ。
兵士は頭上を見回すが、先程の巨大ヤモリの姿は確認出来ず、周囲を静寂が支配している。
その奇妙な出で立ちをした巨大ヤモリは、沿岸部の石柱群に逃げ込んだソロモン機関の上陸部隊の兵士達を翻弄し、駆逐していった。
ある兵士は頭上から石柱を伝い音も無く降りて来た奴に首を噛み千切られ、またある兵士は石柱の間を素早く移動する奴を追い切れず鋭い爪で喉を切り裂かれたり、怪力で首をもがれたりした。
足下の石柱の裂け目から這い出して来る奴もおり、兵士の何人かは防御出来ない内股を爪で抉られている。
その巨大ヤモリの身につけた装備と人を狩る巧みさから、兵士の誰かが生物兵器ではと口にしたが、たとえそうであっても、奴等が脅威であることに変わりない。
兵士は頭上の変化を見逃さないよう周囲を見回していた為、足下に黒い影が走り抜けるのを見逃すと同時に、視界が反転して逆さとなった。
兵士の足首を片手で掴んだ巨大ヤモリが立ち上がったのだ。
そのまま勢いよく兵士の身体を傍らの石柱に叩き付ける。
骨の砕ける嫌な音に満足したのか、巨大ヤモリは地面に兵士を放り出した。
陸に引き揚げられた海老のように痙攣する兵士の頭に立ち上がったヤモリの後ろ足が下ろされて、踏みつけられた卵の様に兵士の頭部がひしゃげて中身がはみ出す。
こうしてソロモン機関の上陸部隊百二十名は一時間もしないうちにその数を四分の一まで減らすこととなった。




