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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
五章 異神の島
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五章 異神の島(14)

 冴夏(さえか)は、御門(みかど)家の当主の能力のデモンストレーションを邪神退治の場で行うのではないか。じょじょに邪神に征服されていく世界に対して、(すめらぎ)と御門家、日本の力を示すことにより列強国のひとつに名を連ねるのが目的ではないかと話した。

 果たしてそれだけだろうか。と春奈(はるな)は疑問を浮かべる。

 御門家内でも巫女(みこ)審神者(さにわ)の能力を持つものは(まれ)にしか出てこない。紅葉(くれは)夏憐(かれん)、二人の妹達は巫女や審神者としての能力を持ち合わせておらず、巫女は春奈の知る限り千秋(ちあき)ただ一人だ。

 そんな貴重な能力を持つ千秋を、宗冬(むねふゆ)は使い捨てにする心算(つもり)か。本来なら春奈に何かあった時に千秋が必要ではないのか。

 何かを見落としている。そんな気がしてならない。

「春奈よ。此度(こたび)の御門千秋の離反の責として、儂は御門冴夏の当主代行の任を解きたいと考えておる。そして老いぼれながら儂が後任として、当主と共に御門家を立て直そうではないか」

「……え」

 耳に飛び込んで来た宗冬の言葉に春奈は目を見張った。

「待って下さい。彼女の当主代行は亡くなった母の遺言で、その任を解くのは当主である私に一任されています」

「お主は若く、性根(しょうね)が甘い。だから当主代行の暴走を止められんのだ。お主は黙って見ているがいい。|皇からの下知(げち)ならば冴夏も異議を申し立てん」

 暗に御門家の完全掌握(しょうあく)をほのめかす老人の(くわだ)てに、春奈は沈黙するしかなかった。

これまでも宗冬は御門家をほぼ掌握していたが、表向きは春奈の母であった前当主の四季(しき)の意向と当主補佐の冴夏が宗冬に異を唱えると宗冬も其れに従わざるを得ず、それが御門家の宗冬の私兵化を防いでいた。

 しかし、四季が亡くなり、宗冬の【高天原(たかまがはら)】での地位が向上するにしたがって、【高天原】による御門家への干渉(かんしょう)が多くなり冴夏もそれに従わざるを得ない状況が続いている。

「いいえ、それは私の役目です。冴夏伯母さんには私が聴き取りを行い、当主の名において彼女を解任するか否か、判断致します」

「……【高天原】と【皇】に逆らうか、春奈」

「これは、御門家の問題です」

 春奈は目を閉じた。

 背後に控えた黒服に二人は(そろ)って違和感を抱いた。室内の空調のもたらす風の方向が変化したように感じたからだ。

 わずかに強くなった室内の風の流れが二人の前髪を揺らしていく。

「我に異を唱えるか。この者の甘さ、期待するなよ下郎(げろう)

 春奈が目を開く。いや、口調は一変し、尊大な響きが部屋に木霊する。まるで別人だ。

 室内を巡る風は勢いを増し、立ち上がった黒服の背広の裾をはためかせていた。

「う」

 すでに二人の黒服は腰の刀に手を掛けて抜刀する姿勢をとっているが、その姿勢を維持したまま固着している。

 刀が抜けないのだ。身体中に巻きつく風が四肢(しし)を縛りつけ、その場から動くことが出来ないのだ。

「うぬらは黙って見とれ。(おの)肉叢(ししむら)(さら)しとうなければ、な」

 すりガラスの向こうにある宗冬の影が一歩後退(あとずさ)った。

「春奈、乱心したか。皇の御前ぞ」

「そんな者、知らん」

 狼狽(ろうばい)した宗冬の抗議を一蹴(いっしゅう)して、春奈は不敵な笑みを浮かべる。

「真の御門家当主、ね。春奈、貴女(あなた)はとんでもないものを抱えているのね」

 東三条(あずまさんじょう)(きみ)がつぶやいた。椅子に腰かけて落ち着いた口調だが、彼女は必死に耐えていたのだ。立ち上がれば逃げ出すに違いない。彼女は椅子の肘掛けを握りしめて逃げ出そうとする己の本能を必死に留めた。

「どうする、宗冬殿。御門家の当主代行なら彼女を(ぎょ)せねばならんが、貴殿には荷が重いか」

 東三条の君のからかう様な言葉に、宗冬は怒気を(はら)んだ視線を向けるが彼女は平然と見返す。

「近衛兵、何をしておる。 皇を守らんか!」

 八つ当たり気味にあげた宗冬の怒声に打たれた黒服が身を震わせると、体勢を低くして春奈の背後へ(ひょう)のように駆け出した。

「「御免!」」

 二人同時に抜刀して春奈の背中に斬りかかる。

「哀れじゃの」

 風のはためく音と共に二人の黒服は宙を舞った。

 コマ切れとなった二人は風に乗って室内に飛び散り、宗冬達と春奈を(へだ)てるすりガラスに赤い現代美術の様な文様(もんよう)を描き込んだ。

「ふん」

 つまらなさそうに鼻を鳴らして見上げる春奈の視線と、(おのの)いた宗冬の視線がぶつかる前に、すりガラス以外の何かが宗冬を守るかのように(さえぎ)る。

 それはこれまで沈黙をも持っており、本来ならこの謁見(かっけん)の主役ともいうべき人物の影であった。

「……皇」

 呆然とつぶやく宗冬の言葉と共に、宗冬の影に重なった人物が揺らいだ。

(ちん)に刃を向けるか、畜生」

 その人物は男とも女とも、少年とも老人とも、またそれのどれでも無い響きを持った声を室内に響かせる。

「ほう……」

 感心したように春奈が笑みを浮かべる。

 春奈の中に居るもの、真の御門家の当主と呼ばれたものは、すりガラスの向こうから伝わる気配に興味を抱いた。

 彼女の感覚に伝わるのは間違いなく人間であるが、僅かにそれに混ざって別種の気配が感じられるのだ。

 それは何かに憑かれた人間の気配にも似ており、その意思に皇と呼ばれたものが操られているのか、それとも力のみを利用しているのか判断つかなかった。

「よし」

 とりあえずちょっかいを出して探ってみようと、春奈は右手の指を軽く握り込んだ。

 五指が弾き出されたとき、五発の小規模な空気弾が皇に襲い掛かる。

「お待ち下さい!」

 指を弾き出す寸前に、鋭い女性の声が春奈と皇の行動を押し留めた。

 見上げると東三条の君らしい人物が皇の前に平伏している。春奈からはその人物の(まと)う白装束の裾が床に広がり波打っているのが見てとれた。

「皇。御門家は長きに渡り皇を支え続けた名家、ここで失うのは惜しゅう御座います。そして御門家の巫女として力を持った千秋をこのまま亡くすのは早計かと。ここは彼女を取り戻した上で判断しても遅くは無いかと。今は、一刻も早く、巫女を邪神の島へ送ることが先決ではありませんか」

 東三条の言葉に皇の影は背後の宗冬へ向き直った。

「……私に依存は有りません」

 皇の鬼気の様な気配が和らぐと皇は再び腰を落ち着けた。

 宗冬は無意味な咳払いをひとつすると、再び高圧的な口調で春奈に言い渡す。

「お主はすぐさま南方の島、ルルイエへ(おもむ)き御門千秋を邪教から取り戻すこと。ただし邪教の者に進んで己の身を引き渡している場合、その身を誅するものとする」

 かなり不服そうな響きをした宗冬の命令に、春奈はその場に膝をつき(こうべ)を垂れて下知を受けた。これ以上争っても益は無いと判断したのだろう。

「しくじるなよ、春奈」

 宗冬の吐き捨てるような言葉と同時に謁見は終わったものと判断したのか、中央の影、皇は立ち上がり踵を返した。宗冬もそれに続く。

「気をつけてね。春奈」

「はい」

 顔を上げた春奈の表情は普段御門家で見かけるものであり、その身に纏う気配も柔らかなものへと戻っていた。

「東の君様、治めて頂き有り難う御座います」

「ああでも言わないと、あの場は治まらなかったわね。しかし、あの(じじい)、あの場で痛い目に合わされた方が世の為、人の為になると思うけど、皇が味方についているからね。今は耐えるしかないわ」

「そうですね」

 春奈は部屋を見回した。

 部屋に飛び散った肉片と血飛沫の痕を痛ましげに見つめる。

「この人達にも悪い事をしました」

「……あれは天災のようなもの。私達に止める手は無いわ。その犠牲を無駄にしないよう、千秋さんを必ず連れ戻しましょう」

「……はい」

 春奈はそう返事したものの、表情は曇ったままだ。

 東三条の君は思った。春奈はまだ甘い。本当に千秋が御門家を裏切っていた場合、春奈に千秋を討つことは出来ないのではないか、と。

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