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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
五章 異神の島
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五章 異神の島(13)

                    5


 そこは薄暗い四十畳程の和室であった。

 その部屋は吹き抜けとなっており、上の階でこの階を見下ろしている者達と会話することは可能だ。

 ただし、吹き抜けの部分には分厚いすりガラスがはめ込まれて、上の階の者達の容姿はボンヤリとしか見えないようにされている。

 下の階の中央に座した春奈(はるな)は、草薙(くさなぎ)の突風でそのガラスをぶち抜きたい衝動に駆られたが、そんな事をすれば別室で控えている冴夏(さえか)伯母さんにどのような迷惑が及ぶのか容易に想像出来たので取りあえずは止めておいた。

 それに千秋の背後に控えている黒服の二人組は腰に刀を差しており、春奈がそんなそぶりを見せると問答無用で首を飛ばしにかかるに違いない。

「それにしても……」

 春奈がこの部屋に呼ばれてから三十分以上経過しているが、それから何の音沙汰(おとさた)も無く、ただ待たされている。

 日本の首都である帝都【東京】、更にその中央である帝宮(ていきゅう)に呼び出され、(すめらぎ)からの勅命(ちょくめい)を受ける様に指示が出たのが二日前。

 それから春奈は「大学の課題が出来てない」だの「生理が酷くて頭が重い」だの「眠くて布団から出たくない」だの「冬峰さんがいないから美味しい御飯が食べられない」などありとあらゆる駄々(だだ)をこねて出頭をこばみ時間稼ぎしていたのだが、帝都から天門町へC1輸送機が迎えに来たので、渋々(しぶしぶ)それに乗り込み出頭する事となった。

 ただ、伯母である冴夏は時間稼ぎをすることは了承していたので、それについては問題無かったのだが、春奈の出頭拒否の建前を聞く度に「もう少し頭を絞りなさい」と眉間に人差し指を当てて苦言を漏らしている。

「いい畳だから、ここで寝転んじゃおうかしら」

 (まくら)にするつもりなのか座布団を二つ折りにし始める春奈。

 それを見てどうするべきか迷う黒服二人組。

「春奈。貴方の昼寝好きは昔から知っていますが、せめて場所は選んでください」

 黒服二人組を(あわ)れんだのか天井から女性の声が部屋に響き渡った。

「あ、(あずま)(きみ)様。御久し振りです」

 表情を明るくして春奈は顔を上げた。分厚いガラスの向こうにぼんやりと人影が浮かぶ。

「はい、御久し振り。大学入学以来ね。ダイエットは成功した?」

「……今聞く事ですか、それ」

 東の君と呼んだ女性の質問に、春奈は()ねたように口を(とが)らした。

 東の君、春奈はそう呼んでいるが、正確には【東三条(あずまさんじょう)(きみ)】と呼ばれている。

 彼女は皇家とその縁故の一族や組織の雑事を処理する役目を受け持っており、春奈と顔を合わす機会も多い。

 東三条の君自身は組織や権力を有していないが、彼女の役職は皇家の中にあっては重要な位置であり、彼女を頼りにしている者は少なくない。また彼女がこの部屋に来ている事から、彼女も皇家の意思決定最高機関【高天原(たかまがはら)】のメンバーであることがうかがえる。

「じき、皇の下知を頂けるので、それまで大人しくするように」

「はあい」

 本来は、東三条の君より御門家当主の春奈の方が皇における序列は上なのだが、昔から頼れる先輩とそれを慕う後輩の関係を続けて今に至る。

 仕方なく春奈は座布団の上に正座をして大人しく待つことにした。

 それから三十分後、春奈が天井の木目模様との睨めっこに飽きた頃に、すりガラスの向こうに新たな人影が湧いたので彼女は姿勢を正す。

 すりガラスの向こうの人影はひとつはすりガラスの中央、もう一つは左側、東三条の君の影と思しきものの隣に腰かけた。

「御門春奈、皇の勅命である」

 春奈は一礼しながらも、響いた声の主に対して胸の内がざわつくのを感じた。

 御門(みかど) 宗冬(むねふゆ)

 御門家を長きに渡り支配する、齢百歳を超えた老人だ。

 遂に彼自身が姿を現したことで、春奈はこの一連の出来事が最終局面を迎えた事を悟った。

「御門家の当主の名に於いて、邪教の者に(かどわ)され、我らが秘儀により世に災いをもたらす怖れのある御門 千秋を成敗せよ」

 春奈の肩が震えて美貌が血の気を失う。

 冴夏の読み通り、千秋は皇家の為の人身御供(ひとみごくう)とされてしまう。千秋にはそれを看過(かんか)することは出来なかった。

「皇、まことに不躾(ぶしつけ)ながらお願いがあります」

「春奈、御前であるぞ。控えよ」

 宗冬の制止を無視して春奈は皇であろう中央の人影を見上げて言葉を続ける。

「千秋さん、彼女が御門家の数少ない能力を持った巫女(みこ)というのは秘中の秘でありました。何者かがそれを邪教の者に伝え、彼女がさらわれる事となりました。彼女はあくまでも被害者であり、それを(ちゅう)せよというのは残酷過ぎます。彼女に情けを。助け出せればよいではありませんか」

 春奈の嘆願にも中央の影から返答は無く、宗冬の咳ばらいが室内に響いた。

「春奈よ。何者かが我らが巫女の存在を邪教の者に漏らしたというが、それは当主代行の冴夏と千秋自身が望んだことではないか?」

 春奈は宗冬の言葉に顔を上げた。表情を失い能面のような美しさとなった。

「今、何と?」

 春奈の声に険が含まれたが、すりガラスの向こう側にいる影はそれを気にした風も無く、重厚な声音を室内に響かせる。

「今回の件は、巫女としての能力を持ちながら御門家の日陰者として過ごす娘を憐れんだ当主代行が、娘の手力(てぢから)を邪教の者に漏らして娘共々彼らと結託(けったく)、御門家の当主を追い落とし(おのれ)が後釜に座ろうとした。そうではないのか」

「……」

 春奈は言葉を失って、ただ宗冬らしき左側の人影を見返した。

 馬鹿馬鹿しい。千秋さんが、いつ、当主になりたいと言ったのか? 彼女は御門家から離れたがっていた。彼女を(おとし)めるな。そう胸中で春奈は声を上げる。

「宗冬様、当主代行の冴夏は公私に渡り、若輩の身である私を支え続けてくれた恩人です。それに千秋さんは御門家から距離を置いて生きる事を良しとしてきました。そんな二人が、いまさら御門家の当主の地位を欲するなど考えられません」

 春奈が異を唱えると、宗冬の影はもっともだという様に二つ三つうなずき相槌(あいづち)を打った。

「春奈よ、うぬはまだ若い。長年仕えて来た当主代行の裏切りなど、直ぐに信じろと言うても信じられんだろう。しかし、それを裏付ける証拠があるのだ」

 証拠? と春奈は形の良い眉を寄せた。

 宗冬の手が振られ、すりガラスはスクリーンの役目も兼ねてるのか、所々ノイズが入り見辛いが奇妙な文字が刻み込まれた石柱と搭の建てられた島が映し出される

「これは長年、邪教の者と敵対している組織の偵察機が墜落間際に、南太平洋に突如出現した島を撮影したものだ。この島の中央」

 島の中央にある一際高い大扉のある搭の頂上にピントが合わさり、そこに立つ一組の男女の姿が浮かび上がる。

 春奈の両拳が膝の上で握り締められた。

 画像は荒く詳細(しょうさい)までは解らないが、写された女性は春奈の良く知る少女であり、純白のブラウスと紺色のスカートがスタイルの整った彼女の特徴を引き立てていた。癖毛の下にある普段は眼鏡の奥に隠された猫目の瞳の大きな両眼がカメラを見上げているが、もし撮影者が平時であればその向けられた視線を眼福と受け取るに違いない。

 男性は漆黒の三つ揃いにコートを羽織った浅黒い肌の長身の紳士であり、その豊かな長髪が搭の周囲に巻き起こる風になびいている。

 紳士はコートの右側を広げて少女の半身を覆い隠しており、その姿はまるで良家の子女を強風から守る執事のようだ。しかし、ここが瘴気(しょうき)漂う島でなければ、だが。

「千秋と共にいる男だが、この者は【星の智慧派】と呼ばれる教団の指導者であり、その教団は世界を破滅に追いやる神を信仰しているとの噂だ。そんな輩と行動を共にすることが千秋の我らに対する裏切りを証明しているではないか」

 どこか勝ち誇った様な宗冬の物言いに、春奈は負けじと声を張り上げた。

「待って下さい。それは彼女がさらわれて自分の身を守るために仕方なく同行しているに違いありません」

「千秋は巫女だ。仮にも御門家の血を引いた巫女なら、自ら己の身を守る為、何らかの力を振るうのではないか。それを出来ぬという事が、千秋が彼奴等と手を組んだことの証明ではないか」

「彼女は巫女としての祭祀(さいし)の経験はありません。黄泉平坂(よもつひらさか)を越えて手力を落とすなど、石笛や審神者(さにわ)の補助無しでは無理です」

 春奈の言葉を聞いた宗冬の影はあからさまに嘲弄(ちょうろう)するように身を震わせる。

「ならば、その才能の無さが我らを裏切る証拠であろう。この邪教の者に我らの祭祀を用意させて手力を己のものとする。そうでなければ生まれ落ちた時、すでに手力を宿していた当主に到底敵わんからな」

 どうやら、この老人(ようかい)は是が非でも私と千秋を争わせたいらしい、と春奈は胸中で宗冬の企みについて冴夏の推測を思い出した。


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