五章 異神の島(7)
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冬峰は千秋の母親、御門 冴夏に千秋の捜索を依頼する為、彼女の屋敷へ足を運んだ。
呼び鈴を鳴らし、応対に出た時春に背負ったハードケースから長脇差を抜き取り手渡す。
「結構乱暴な扱いもしたから砥ぎ直してくれないか」
時春は鯉口を切り、刀身をわずかに鞘から引き出すと鑑定でもするかのように見つめた。
「何か、おかしいか?」
その視線に何かを感じ取ったか、冬峰が声を掛けた。
時春は沈痛な面持ちで刀身を鞘に納めて冬峰に向き直る。
「冬峰様、貴方が最後に切ったものは途轍もない相手です。この脇差、見た目は解らないでしょうが、本質が死んでおります」
「本質が、死ぬ?」
「はい」
時春は首肯して言葉を続けた。
「冬峰様、刀を刀足らしめているのは、それが人を殺める為の兵器を作り上げようとする作り手の意思です。それを追及することにより優れた刀剣が刀鍛冶の手により打たれ続けてきました。そしてそれを己の一部として人殺しの技を磨き続けた剣士の意思が加わり、その刀の本質が作られていきます。この長脇差は無名ですが、幕末に室内での暗殺を主な任務としていた佐幕派の剣士の遺品でした」
「物騒な品を持たせるな。持っていると人でも切りたくなるのか?」
「はい、その通りです。しかし冬峰様は呪いの利かない体質なので、問題ありませんでした。しかし、それすら貴方が最後に切りつけた相手は凌駕して呑み込んでしまったようです。冬峰様が、その相手から生き延びれたのは、冬峰様の特異な能力故であります」
「……」
「なので、この長脇差は単なる刃物となっております。これではそこらへんのなまくらの方が役に立つでしょう」
冬峰は宙を仰いで力無く、はは、と声を漏らした。
「代わりの刀は用意出来るのか?」
冬峰の言葉に時春は表情を曇らせた。
「そうですな、名刀の類に付属する呪いや魔除け等、今度の相手には通用しないでしょう。となれば冬峰様の手に馴染む様な一度も使われた事の無い、本当に切る為に打たれた無銘のひと振りがあればいいのですが、とにかくすぐに手配致しましょう」
「抜き易いように二尺二寸程度の刀が良いな。御願いするよ。多分、今日中に発たないといけないだろうね」
「承知しました」
冬峰は時春に長脇差を預けたまま背を向けて玄関を上がった。玄関から一番近い部屋の扉をノックする。
「入りなさい」
重い木のドアを引いて、室内に足を踏み入れる。
「座りなさい」
冴夏はすでにソファに腰掛けており、対面へ座るよう手で指示した。
「……」
ソファに腰掛け、冬峰は以前このソファに腰掛けた時からこの戦いが始まったのだなとの感慨を抱いた。それから数年経っているような錯覚を覚えたのは疲れているのかもしれない。
冬峰は静かに息を吸い、吸う時間の倍を掛けてゆっくりと息を吐いた。
左脇に痛みが走り冬峰は声を漏らしそうになる。
左脇腹の切り傷はかかり付けの医者に縫ってもらった。折れた肋骨はさらしを巻いて固定した。
痛み止めは服用していない。痛み止めの効果で身体の感覚が鈍ると、刀を振るう事に支障をきたす為だ。
「冬峰、もうすでに春奈から聞いたかもしれないけど、千秋の行方が解ったの」
「それより、責めないのですか」
冴夏の言葉を遮るようにして冬峰が口を挿んだ。冬峰は千秋の母親である冴夏の眼を見返して言葉を続ける。
「俺は伯母さんの娘の警護に失敗して彼女を奴等に奪われました。それに関しては何の言い訳をする気もありません。ただ、彼女を奪還する作戦には俺を加えて下さい」
冴夏は普段冬峰が見せない真剣な表情をしばらく見返した後、ふう、とため息を吐く。
「冬峰、残念だけど貴方程度ではどうこう出来るレベルでないの。今回、私達は静観するようにソロモン機関から要請されているわ」
「……ソロモン機関が彼女を助けるのですか」
「元々、彼等に引き渡す予定だったのよ。貴方が護衛についていたけど、本来は彼等が油断していたから千秋が奪われたの。私達がその尻拭いをする必要はないわ」
冬峰は顔を伏せて両手を握りしめた。考えが甘かったとしか言いようがない。
すでに御門家は千秋を見限っており、その救出に人員を割こうとはしていなかった。
「例外としてソロモン機関からの救援要請があった場合は、【高天原】は戦力を差し向ける予定よ。ただし救出では無く、殲滅用の人員を、ね」
冴夏の言葉に冬峰はゆっくりと顔を上げた。表情は無く、その眼はガラス球の様に冴夏を映す。
「【高天原】は春奈を差し向けるつもりよ。御門家当主のお披露目を行って、御門家とそれを従える皇家の力を誇示する為にね」
「それは、【大いなるK】の眷属を対象とした作戦ですね」
「いいえ」
冬峰は念を押すかのように低い声で冴夏に訊ねた。その問いに対して冴夏は冬峰の生気を失った顔を見つめたまま否定する。
「ソロモン機関で手に負えない事態は、そうある事ではないわ。そう、何らかの理由により【おおいなるK】が復活したとか。そうなった場合、千秋が関与している可能性が高いわね。春奈の投入はそんな理由よ」
「春奈さんに千秋を殺させるのか?」
冬峰はうつむき、声を地に這わせた。
「それも当主の務めよ」
冴夏の氷の様な一言に、冬峰は苛立ったように己の癖のある髪を掻いた。深い溜息を吐いて視線を落とす。
「冴夏伯母さんは、それでいいのですか?」
冴夏は冬峰の問い掛けに答えず、ソファから立ち上がると窓の外へ視線を向けた。
「私が【高天原】の決定に否と答えられると思って? 私にそんな権限あるわけないでしょう」
冬峰からはその表情は見えず、己の娘を救えない当主代行の背中へ冬峰は確信をもって言葉を続けた。
「それに、【高天原】が何と命令しようとも、春奈さんは千秋を殺せない。あの人は優しい人だから」
御門家の当主とその妹達。彼女達と共に暮らした冬峰には解るのだ。御門春奈は自分の妹達と等しく、冬峰と千秋に対しても真摯に接してくれている事が。
だからこそ、機械の様に感情の希薄だった自分が、人と共に生きていけるようになれたのだ。
「そうね、でも千秋はどうかしら」
「……」
冴夏の問いに冬峰は沈黙する。
千秋は御門家全体に嫌悪感を抱いており、特に当主である春奈に対しては敵対心を剥き出しにした態度をとったこともあった。
「千秋は春奈に対して手心を加える事が無いのはよく解るわ。あの子は当主である春奈に母親である私を奪われたと思っているかもしれない。それは家庭を顧みなかった、常に千秋と距離を置いた私の責任だわ」
僅かに語尾が震えているのを冬峰は聞き逃さなかった。
「それに春奈も妹達の身に危険が及ぶと脅されると、不承不承ながらも千秋と戦わざるを得ない」
「紅葉や夏憐も御門本家の人間ですよ。そんな事をすれば春奈さん自身が黙っていないでしょう」
「それをするのが、【高天原】のひとりでもある御門 宗冬。私、春奈達の母親である四季、あなたの母親である白雪の祖父よ」
「御門宗冬」
冬峰はその名をつぶやいた。




