五章 異神の島(8)
「俺や御門分家の子供達を地獄に送り込んだのも、そいつか?」
「そうよ」
冬峰の噛みしめられた奥歯が嫌な音を立てる。
「御門宗冬は、元々皇家の末席の家系で、皇家では彼は冷遇されていて皇家の政をつかさどる【高天原】に名を連ねる事は許されていなかったの。一方、私達御門家は審神者、巫女の役割を与えられた古く由緒ある家系。皇からのおぼえも良く、神事に欠かす事の出来ない人材として一目置かれていたそうよ」
冴夏は窓の外へ目をやったまま、御門家の影の支配者について語り始めた。
「私の祖母の代の頃、皇家の血も薄くなり始め、皇の当主も神託を効く能力を失いつつあったの。そんな時、私の祖母が皇の命により神事を行っていると、祖母に何かが降りたの。それは全盛期の皇家に力に匹敵する何かだった。御門家も神を我が身に下ろして神託を行う審神者と巫女が居たとはいえ、その様な存在を身に宿すの初めてだったらしいわ」
冬峰には心当たりがあった。
欧州で春奈と再会した時、人の身では不可能な力で戦闘ヘリと渡り合い打ち破った。
その力の源が冴夏の祖母に宿ったのであろう。
「初見の為、祖母はその力を制御出来ず、その場に居合わせた者のほとんどが命を落としたらしいわ。幸い皇に害は及ばなかったものの【高天原】は政の維持が難しくなったの。当然、御門家はその責を問われ、その役目を剥奪される寸前まで追い込まれた」
あれが暴走したのか、と冬峰はその光景を想像した。吹き荒れる暴風とそれに切り裂かれる人々。
「よく生き残った奴がいたな。宗冬もその場に居合わせたのか」
「そうらしいわ。そしてその力に魅了された。この力を己と皇の力にする為に、彼は御門家に現在の地位を保証する見返りとして強引に祖母を己の妻とした。また【高天原】の有する異能力者の内、特に戦闘力の強いものを御門家に引き入れて御門家を【高天原】直属の戦闘集団としたの」
「朱羅木や青桐、銀鈴はその子孫か」
「祖母は、いつでも神下しが出来る様に、薬を与えて意思を奪い操り人形とした。それ以降、御門家は宗冬の支配化にあるわ」
「そいつが今回の件にどう係わっているんだ。千秋をどうしようとしている」
「春奈は御門家の長い歴史の中でも稀有な存在で、あの子は生まれながらに力を宿していたの。いいえ、春奈そのものが、力が人間の赤子の肉体を借りて顕現した存在なの。それを知った時、宗冬は狂喜したわ。望みのものを手に入れたと。同時に彼に対する足かせとなった。春奈ならともかく、時折表に出る春奈の本質の前には宗冬といえど機嫌を損ねることが出来ないのが実情なの。春奈以降生まれた千秋は門を開くことが出来ても我が身に力を宿すことの出来ない半端もの。己の手駒にすらならない、と今迄放っておいてくれたけど、今はあの子を利用しようと暗躍している、皇を通じて別組織と密会していたのを朱羅木が報告してきたわ。朱羅木が亡くなった今、宗冬の企みは不明のままだけど」
冬峰はソファから立ち上がって踵を返すとドアノブに手を掛けた。
「どこに行くの、冬峰」
「御門宗冬。奴を始末します」
躊躇の無い冬峰の言い様に冴夏は苦笑を浮かべる。
「無駄よ。宗冬の周囲には皇直属の護衛がついている。貴方だけではどうにもならないわ」
「その通りだ」
低い男の声と共に、手錠によく似た鉄輪が冬峰の右手にはまり込み締め上げた。間髪入れず首にも同様に鉄輪がはまりこみ、耳障りな鎖の音を室内に鳴り響かせる。
「動くと、その首と手首が落ちるぞ」
冬峰の右手首から声の宣言通り手錠の内側を伝って血が絨毯を点々と汚した。手錠の内側が輪刃になっており皮膚を傷つけたからだ。
冬峰は出来るだけ首を動かさないようにして声のした方向へ視線を向ける。
そこには全身黒づくめの忍者服のようないでたちの人影が、左右の手に握った鎖を冬峰に延ばしていた。
「いつから、ここに?」
「君がこの部屋に入った時からだな。もう一人、いるぞ」
人影の宣言通り、冬峰の足元に飛来した木の葉の形をした刃物が突き刺さる。それは苦無と呼ばれ古くから日本にある投擲武器のひとつだ。
「姿が見えないでしょうが名乗りましょう。赤星といいます」
冬峰と冴夏は苦無の飛来した方向へ視線を向けたが、そこには人影など無く壁があるだけだった。
「そして私は黒雅」
鎖を構えた黒ずくめが名乗った。
「ここは大人しく傍観して貰おうか。いくら御門家当主のお気に入りとはいえ、【高天原】の意向に従わぬのは皇に逆らう事に等しいぞ」
冬峰は「皇の都合など知るか」と胸中で毒づいたが、それで事態が好転するわけがない。
「御門 冴夏。お前の娘は皇の御威光を世界に知らしめる為の犠牲だ。これは勅命だ」
「……」
冬峰は沈黙する冴夏に痛ましげな視線を送った後、その場にしゃがみ込む様に腰を落とした。鎖に繋がれた右手がドアノブの前で弧を描く。
「聞き分けの無い奴だ」
軽蔑するようにつぶやいた後、黒雅は両手の鎖を握った手首をしならせた。鎖のこすれ合う金属音が部屋に鳴り響く。
「何!」
冬峰の右手首と首は地に落ちなかった。
冬峰の首と右手首を捕らえた輪刃から伸びた鎖はねじり合わされドアノブに結び付けられており、黒雅が鎖を引こうともドアノブを虚しく鳴らすだけで、ドアノブから冬峰の首と手首に繋がった鎖は力無く垂れて黒雅の必殺の意思を裏切っている。
「赤星!」
黒雅の声と同時に冴夏の頭上に翻った豪奢なカーテンの影から一本の苦無が、冬峰の首筋めがけて飛来した。
首と右手首が鎖でドアノブに繋がった冬峰は避けれる体勢になく、数瞬の後、冬峰に致死のひと刺しが見舞われる事は誰の目にも明らかだ。
澄んだ音を立てて、苦無が冬峰の頭上に舞う。
腰を落とした際に、足下から左手で抜き取った苦無で飛来した苦無を弾いた冬峰は、そのまま苦無を振りかぶり、同じ武器が吐き出されたカーテンの影をめがけて投げ放った。
苦無は飛来した軌跡を正確に逆になぞり、カーテンの影に飛び込む。
不思議な事に苦無はカーテンに突き刺さらず、かといって床に落ちた形跡も無くどこかへと飛来したまま姿を消してしまった。




