四章 黒衣の魔紳士(28)
「大丈夫、話して」
ナイも彼女の決心した力強い眼差しを受けて小さくうなずいた。
「三番目の仮説は、我々に君を奪わせて我々の目的をある程度、達成させることだ。我々の目的は【大いなるK】を復活させることだが、あえてそうさせて御門家の持つ能力を誇示する。君はその為の人身御供だ」
「……」
千秋は組み合わせた両掌に力を込めた。
ナイの立てた仮説はどれも正しい。千秋にはどこか確信があった。そして、あることにも気がつきナイの顔を見返す。
「私を試しているのですか?」
「さて、レディには真摯に対応するのが私の信条でね」
レディだけですよね、と指摘するエドガーを無視して千秋に微笑みかける。
「三番目の仮説は重要な部分を抜いてるんじゃないですか」
「そうかね、私には解らないが」
「私にすら解るんですから、貴方が気づかないはずがありません。貴方達の目的をある程度達成した私を処断することにより、まだ若い御門家当主の力と権威を御門家一族、皇や世界に知らしめる。それが真の目的でしょう」
「……」
ナイは目を閉じて髪を掻き上げた。おそらく正解だろう。
結局、私には自由が無く、ただ使い捨てされるだけの存在だった。御門家も【大いなるK】も大した違いはないではないか。千秋はそう自嘲した。もう悔しいと思う気持ちさえ持てそうもない。
「私の仮説は話した。それで君はどうするね」
千秋は意外な言葉を聞いたとでもいうように目を見開いてナイ神父を見上げた。
「強制はしないんですか」
「無理矢理かね? 君はまだ我々に敵対行動は取っていないし、今は巻き込まれただけの被害者だ。本人の協力がなければ我々の必要な力も手に入れられないだろう」
両手を広げて宙を仰ぐナイに苦笑を浮かべる。
正体不明の怪しい人物で、変な能力を持っている。本当に警戒すべき危険人物は彼なのだと千秋には解っているのだが、心のどこかで彼を信用し始めていることに少し驚いていた。
「我々に協力する気がなければ、ここから解放して北欧への飛行機便を取ってもいい。そこへ逃げても君の一族やソロモン機関の手は伸びてくるだろうな。そして君はいつまでも彼等の都合の良い道具のまま一生を送る」
「まるで、貴方達は違う、そう言っているように聞こえるのですが」
そうだな、とナイは葉巻をくわえる。
「君は我々にとって必要な存在であり、君達の一族のように君を使い捨てに出来るほど恵まれてはいないんだ。むしろ君にとっても我々に協力することは、君を使い捨ての道具とした君の一族から君自身を守る事が出来る。我々を利用すべきだと、私は、そう考えている」
ナイは千秋を魅了するように笑みを浮かべた。
私は君を守ることが出来ると自信に満ちた笑みだった。
無貌の神、人は彼をそう呼ぶ。
「君はどうする。君の意思を尊重するよ」
再度、ナイの問い掛けに、千秋はゆるぎない意志のこもった瞳で彼の端正な顔を見返した。
彼の言いたい事は読み取れた。
手助けはする、なら君はどう行動すると。
「私は貴方達に協力します。私は自分の自由を掛けて戦います」
ナイは視線を受け止め一度だけうなずいた。手にはめた黒手袋を外して千秋に開いた右手を差し出す。
「君の勇気ある意思を尊重する。私は君の相棒だ。遠慮なくこき使ってくれ」
千秋はその右手を握り返し、何故か温かい体温を感じることに意外さを覚える。
「ただ、私からも譲ることの出来ない願いがある。もし君の守護者、御門冬峰が我々の前に現れた場合、彼と決着をつけさせてくれ」
「え?」
「彼はとても興味深い少年だ。彼との戦いは私に取って重要なのだよ」
「……冬峰は強いですよ」
「重々承知」
ならいいですと、千秋は|承諾した。きっと冬峰は私達の前に現れる、そんな予感があった。
ナイはエドガーから渡された小箱をテーブルに置いた。
「明日にでもここを発って、大西洋のある小島でこの木箱と君の能力を開放する。ただ我々もそれが成功するかどうか確かではないんだ」
「それは私次第ですね」
「そうだ」
千秋は掌よりわずかに大きい小箱を見下ろした。これが自分の運命を決めるカギなのだ。
「それと、もう一つ」
ナイが背広のポケットより銀色の鈍い光を放つ古い意匠の鍵を取り出す。
「これは銀の鍵と呼ばれた時間遡行できる魔法の道具の模造品だ。模造品故に一度しか使えず過去の映像を見るだけだが、よければ使ってみるがいい」
千秋は受け取った鍵を顔の前に持っていき左右に振った。もし本当なら使い道は決まっている。
「では、今日は休みたまえ。明日の朝は早い。アナベルの作る朝食は美味しいから寝坊しないように」
アナベルが立ち上がり千秋へ一礼する。
「お部屋へ案内します」
「あ、ええ」
部屋を出る直前、千秋は振り返りお休みなさい、と声を開ける。
覚悟はある。私は私の為に、これから御門家と対決する。千秋はその後戻り出来ない選択肢に、これまでに感じた事のない高揚感を覚えて苦笑した。
御門家と決別したからといっても、【K】の庇護下に入ることに違いない。千秋が本当に自由に身になるにはしばらく時間が掛りそうだ。
これまで己を守って来た少年と自称ジャーナリストの顔が浮かんだが、それすら彼女の胸に小さな痛みを与えるのみで千秋の決断を覆すには至らなかった。




