四章 黒衣の魔紳士(27)
「彼が我々に対抗出来たのは、これまでの戦闘経験や技術、彼の己を繋ぎとめようとする意志、それに皮肉にも彼自身を死に至らしめようとする孔による浸食だろう。彼に攻撃されると相手はその孔に存在を吸い取られるからな。さらに魔術による攻撃はその術式を構成する魔力がその孔に吸い込まれて彼に大した効果を与えられない。正しく我々の様な存在に対抗する抑止力だ」
肩の高さに手を上げて首を振ったナイは、舞台俳優の様にその両掌を返して千秋に向けてわざとらしくため息を吐く。
「だが、それは彼自身の寿命を縮めることになるだろう。彼が剣を振るい我々の眷属をその穴に叩き込む度に、彼自身の存在も少しずつ削られ希薄になっていくのだから」
「……そんな、そんなこと」
千秋は呆然とつぶやくしかなかった。
彼に守られていた。彼は守るといった。
それが冬峰自身の命を削り、死に至らしめる。
「冬峰を死なせるのは、私?」
守り続けて命が絶えるか、それとも戦いの最中に膝を屈するのか。何れにせよ千秋が【K】や異形の存在に狙われ冬峰が闘い続ける限り、彼の耳に死神の足跡は確実に近付いて来るだろう。
どうすればいい。私はどうやって彼を守ればいい。
千秋は組み合わせた両手を額に当てた。彼をこの件から手を引く様に働きかけることは出来ないか、もともと母は冬峰が同行することを潔しとしなかった。なら、私の警護が失敗したなら、彼は役立たずとしてこの件から外されるのではないか。
「それはどうだろうね」
千秋の胸中を読み取ったのか、ナイは立てた人差し指を左右に振った。
「むしろ君を奪われた責任を取らされて、ただ独りこの件に突っ込まれる可能性を考えた方がいい」
それもあの一族ならやりそうだ、と千秋は胸中でナイ神父の意見に同意する。
「正直、君の一族は君をどうしたいのか。困ったことに我々に君の存在を教えたのは君の一族の末席の者だ。心当たりは有るかね」
千秋は首を振った。
思い当たる人物が居ないのではなく、あまりにも多すぎて見当がつかないからだ。親族同士の仲が悪く、隙あらば蹴落としてやろうと様子を窺っているのが当り前なのだ。
本家や千秋達の様に能力者を有する者は御門家の中でも序列が高く、【高天原】からの覚えも目出度い。しかし、能力者を輩出する血統はそれほど多くなく、多くの一族の者は財を成して本家をサポートする役目を負っている。
能力者を有しておらず、また財も限られたものしか持ち合わせていない者は働き蟻の様な扱いを受けるのだが、それでも時折手にする御門家の名のもたらす恩恵にすがる者が多いのもまた事実だ。
「そうか。なら君は自分がどのような力を手にしているか知っているかね」
千秋はまたも首を振った。千秋は自分の能力を知らず、春奈の能力さえ目にした記憶がなかった。今回の件が無ければ、朱羅木や青桐の異能さえ目にすることがなかっただろう。
「なる程、君自身ですら知らない、もしくは覚えていない君の能力を知る者。そんな者が末席に居る事はあり得ないな。とすると、我々に情報を与えたのは限りなく君達の一族の中枢にいる者。または中枢そのものか」
【高天原】が千秋の情報を【K】に与えて千秋を襲わせる。千秋はそんなことは無いと否定したいがその確証は無かった。
己の母親すら、御門家の為なら他の組織へ実の娘を人身御供に捧げるのだ。否定出来るはずがなかった。
「それは、何の為に? そのせいで私だけじゃなく当主の身も危険に晒されたのはリスクが高いと思いませんか」
「ふむ、それはいい質問だ。それに対して私は仮説を立てているのだが、聞いてくれるかね」
「……」
ナイは控えめに同意を求めているが、その眼はどこか愉悦が浮かんでおりいかにも説明したそうだ。
千秋は内心、話が長くなりそうだなとか、断ってもどうせ聞かされるんだろうな思ったが機嫌を損ねても困るので拝聴させて頂くことにした。
「お願いします」
ナイはソファアから立ち上がり、腰の後ろで手を組んで部屋を歩き始めた。
エドガーとアナベル、二人の従者は「ほら、始まった」と半ば白けた表情で己の主人を見やっており、千秋の心にわずかな不安を与える。
「私は御門家が君を使い何をたくらんでいるのか、三つの仮説を立てた。まず一つ目」
右人差し指を立てて前後に振る。
「君をソロモン機関に貸し与えることにより、ソロモン機関への影響力を大きくする。大異変後の世界で我々に対抗する戦力を保有し、世界に対する発言力を高めているソロモン機関での御門家の、いや日本の皇の地位を確固たるものとして世界へ影響力を確立したい」
ナイは部屋の壁際まで歩きくるりと踵を返す。突き出した右手の人差し指と中指を立てているのを見て、アナベルが小さくため息を吐いた。
邪神探偵此処に参上。
「二つ目は襲いかかる我々を撃退することによる、御門家の保有する戦力のデモンストレーションを行う事。君と当主に襲いかかる我々を排除して、御門家の有用性をアピールする。これは営利目的としてその後、世界各国に当主を初めとする使い手達を貸し出すことを考慮しているのだろうな」
千秋は豊かな胸の前で腕を組んだ。今まで聞いた二つの仮説、どちらも正しい様な気がするのだ。
「三つ目なのだが……」
薬指を立てるナイは千秋を見下ろし、己の胸に手を当てていかにも話したく無い様な仕草を見せた。
その態度がどことなくワザとらしくて千秋の癇に障る。
「なんです?」
千秋の問いにナイは左右に首を振る。わずかに口元が動き何かつぶやいたが、その内容を千秋は聞き取れなかった。
「いや、君にとって、この三番目の仮説は残酷なものと思ってね。聞いても君には不快さしか残らないが、それでも聞くかい?」
千秋はナイの端正な顔を見返した。
ここまで話しておいて、そこから先はあなたの判断だ、そう黒衣の魔紳士は問い掛ける。口元に浮かんだ笑みは、千秋を安心させるためのものか、それとも哀れな子羊を嘲笑したものか、千秋には判断出来なかった。
千秋は目を閉じて深呼吸する。この黒衣の男も千秋の能力を利用しようとしているのだろう。しかし嘘はつかない。そんな気がする。




