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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(25)


 遠く信州の天門町で、邪神の来襲で荒れてしまった庭先を掃除している女性が手を止めて切迫(せっぱく)した面持ちで宙を見上げる。

「千秋さん? 駄目!」


 遠く離れた漆黒の壁紙と絨毯(じゅうたん)(あつら)えられた部屋で、同色のソファーに腰掛けた長身の紳士が笑みを浮かべる。

「これは、合格だ」

 彼の姿が黒い霧に包まれていく。


 家路に急いでいた少年が胸を押さえて地面に両膝をついた。苦しそうに前屈みに背を折る。

「こんな時に、勘弁してくれ」


 座敷牢で暴れる千秋をようやく抑え込んだ紺背広が、千秋の顔を覗き込んで下卑(げび)た笑みを浮かべる。

「大人しくしていろ。あの餓鬼なんか死んじまってるよ。諦めろ」

「いや、彼はしぶとい」

 背後から掛けられた声に紺背広は、ぎょっとして手を止める。

 千秋は室内に黒い煙の様な霧が漂っていることにようやく気がついた。

「全く、彼女は我々にとって大切な存在ということを君の主人は説明したはずだが。私も丁重にもてなす様に指示したが別の意味にとったのかね」

 霧が一点に集まり人の形を取る。

「女性の扱いを教わらなかったのか。なら君はこの任務に相応(ふさわ)しくないな」

 長身で豊かな黒髪に浅黒い肌をした黒衣の美丈夫は、背広の内ポケットから煙草入れを取出し葉巻を指の間に挟んだ。マッチやライター等見当たらないのに独りでに葉巻の先端に火が(とも)る。

「去れ」

 黒衣の紳士の声と共に、黒い霧が紺背広に集まり彼を黒い球体に閉じ込める。それが瞬く間に縮小されて中から何かを砕くような音がした。

 その球体はビー玉大から更に小さくなり、ついに肉眼で視認が不可能となり消え失せる。

 黒衣の紳士は葉巻を口に咥え息を吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。

 横たわった千秋は突然現れた黒衣の紳士と救済に理解が追いつかず、ただ涙に濡れた眼で呆然とその光景を眺めるだけだった。

 その顔の前に(うやうや)しく黒革の手袋を嵌めた手が差し出され、両手足を縛るビニールロープが切断されて畳に落ちる。

「立てないなら、手を貸しましょうか、レディ」

「……」

「ふむ、着替えもいるな。ここは陰鬱(いんうつ)で仕方がない、移動しよう」

 羽織ったジャケットを脱いで千秋の背に掛けてから、彼女の肩と両膝の下に手を通し抱き上げた。

「ちょ、ちょっと」

 驚いて声を上げる千秋へ、白ワイシャツと黒ネクタイとなった紳士は笑みを浮かべる。

「しばらく我慢(がまん)を、レディ。ここは私を従者と思って気兼ねなく」

 千秋は紳士の、その浅黒い肌の整った精悍(せいかん)な顔をしばらく無言で見上げてから諦めたように顔を(そむ)けた。頬が紅い。

「ああ、名乗り忘れていました。私の事はナイとお呼び下さい」

 冬峰から受けたダメージは微々たるものだったのか、ナイは千秋に邪気の無い笑みを向けた。

 ナイは千秋を俗な言い方をすれば【御姫様抱っこ】に抱きかかえて重厚な木製のドアの前まで歩み寄る。

「?」

 千秋の記憶によると、出口は木製のドアでは無く(ふすま)だったはずだが、いつの間に変わったのであろうか。

 ナイは両手が塞がっている為か、革靴の先でドアの下方を二度軽く蹴ってからドアの向こうに声を掛けた。

「私だ。レディをお連れした。ドアを開けてくれないか」

 しばらく待つと蝶番(ちょうつがい)(きし)む音を立ててドアが開かれ、そこからスーツ姿の少女が顔を覗かせた。

 その少女の白磁(はくじ)の様な白い肌に、襟足(えりあし)で纏められた銀髪と切れ長の銀色の瞳に()せられて千秋は息を呑んだ。

「お帰りなさいませ。御主人様(マイ・マスター)

 深々と一礼する。ほぼ千秋と同じ年齢の外観をしている。

「お夕食とお風呂、どちらを先になさいますか。それとも私?」

「……」

「……」

 棒読みの少女の言葉にドアの前で固まるナイと千秋。じろり、と千秋がナイを見上げて睨みつける。

「……アナベル、その日本語の使い方は間違っている。すまないが彼女に着替えを用意してくれ」

「承知致しました」

 アナベルと呼ばれた少女が恭しく一礼する。

 ドアの向こうには、黒い壁紙に黒い絨毯(じゅうたん)、黒い革張りのソファーに黒い重厚なテーブル。その部屋をこればかりは豪華な装飾(そうしょく)(ほどこ)したシャンデリアが白光を放ち照らし出していた。

 その部屋の煙草入れ、奥のカウンター、壁際のワインクーラー等、詳しくはない千秋の眼にもそれが一流の品であることが見てとれる。

 床に下ろされ不安げに見上げる千秋へ、ナイは微笑みかけた。

「彼女が君の着替えを用意してくれる。着替えたら話をしよう」

「こちらへ」

 銀髪の少女は千秋に再び一礼すると背を向けて歩き出した。ついて来いという事だろう。

 千秋は少女に続いて部屋を出た。暗い廊下に開けられた窓から外をのぞく。

「?」

 窓の外の風景は海では無く、林立するマンションなどの高層建築と、アスファルトで整備された道路とそこを行きかう車と人であった。

 窓から離れて反対側の壁に背を付ける。一体、いつこんなところへ移動したのか、一体ここは何処(どこ)なのか、千秋は案内する少女へ顔を向ける。

「何か?」

「ここは、何処なの?」

「私は日本の地名には(うと)いのですが、確かこの国の首都とか聞きました」

 小首を傾げて答える少女の言葉に千秋は呆然とその地名を口に乗せる。

「首都、帝都【東京】」

 予定なら千秋はこの街からソロモン機関の本部へ移動する予定だった。するとナイ神父はソロモン機関の一員なのかと千秋は疑問に思った。

「こちらへ」

 再びアナベルの後について歩き出す。

 廊下の途中にある木製のドアを通り抜けると上階へと通じる階段の前に出た。アナベルはその手前で千秋を振り返る。

「お客様、申し訳ありませんが、この館でお客様の年頃の着替えとなると、私のシャツとスカートをお召しになって戴くことになります。もしお気に召されないのであれば、ご主人様に可愛(かわい)い服が着たいと私と一緒に交渉することになりますが、いかがなさいますか?」

「……私は服装にはこだわりは無いのでスーツでも問題ありません」

「……遠慮はいりません。どうぞ正直に」

「遠慮していません」

 アナベルは表情ひとつ変えずじっと千秋を観察するように銀色の瞳で見つめていたが、不意に背を向けて階段を上がり始めた。

 千秋はその後について行ったが、何故か精神的な疲れを感じてため息を吐く。

 数分後、アナベルの用意した衣服に着替え、アナベルの後についてナイの元に戻ると、ナイとアナベルによく似た少年が、掌よりわずかに大きい木箱を前にして何事かを話し合っていた。

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