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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(23)


 そして天門町の公園では一つの戦いが終わろうとしている。

 少年は一刀を振り下ろした姿勢のまま両膝をついた。前のめりに倒れそうな身体を、長脇差の刃を地面に立てて何とか支える。

 手応えは有った。その一刀を受けた異形のスフィンクスは刃が通り向ける直前に黒い霧となって飛び散り、その傍らで少年の戦いを観戦していた黒衣の紳士は、端正な顔を苦痛に(ゆが)めて少年と同様に膝をついている。

 冬峰(ふゆみね)は異形のスフィンクスが消滅すると同時に味わった脱力感と吐き気に辛うじて耐えていた。

 己の心臓に、スフィンクスを構成する何かと、冬峰自身の生命力と意識が、ごそり、と吸い込まれて持って行かれた感覚は酷く不快であった。

「……これは、信じがたい事だ」

 ゆらりとナイ神父が立ち上がる。その蒼白な肌色と乱れた長髪は病み上がりの貴公子の様で、多感な女学生が目にとめれば歓声が沸き上がるだろう。

「その技の力か、いや、君だな。君に何があるのだ?」

 ナイ神父は目を細めて、冬峰の存在そのものを見透かすように凝視した。

 そして、何を見つけたのか眉を(ひそ)める。

「君は、いや、まさか」

 フェランはナイ神父がこのような呆然とした声を上げるのを予想だにしなかった。ナイ神父の視線を追う様に冬峰へ目をやる。

「そうか、それなのか」

 髪を掻き上げたナイ神父の唇が両側に吊り上がり、瞳に愉悦(ゆえつ)の色が(とも)される。

「何だ、君の胸に開いた(あな)は何なんだ」

 その問い掛けに冬峰は(こた)えないがその問いの意味は知っているのか、歯を食いしばった冬峰は視線を落として沈痛な面持ちをしていた。

「よく、あちら側に通じる通路が胸に開いて生きているものだ。その向こうは死で無だ。生半可(なまはんか)な呪いや魔力は、いや、その穴だと大抵のものはそこに吸い込まれるな。だが、君の命、存在も少しづつ吸い込まれているぞ」

 余程面白いものを見つけたのか、ナイ神父は掌で顔を覆い笑いをかみ殺した。その体が少しづつ宙に浮いて行く。

「いや、面白いものを見させてもらった。その礼としてここは引いておこう。ミスター・フェラン以外に面白いものが無いものと思っていたが、君の様な存在に出会えるとは。まだこの世界も捨てたものでは無いな」

 ナイ神父は徐々(じょじょ)に色彩が薄くなりつつある己の姿を気にした風も無く、何かを思い出したように指を鳴らした。

「そうそう、この情報もサービスとして教えてあげよう。我々旧支配者の同胞であるイタカだが、どうやら君達の姫君を(さら)うつもりが逆に返り討ちにあったらしい。君以外にも恐ろしい相手が居るものだな。これなら、あの少女の能力も我々の期待以上の役割を果たしてくれそうだ」

 冬峰の顔が上がり両膝を伸ばすが、バランスを崩したように前のめりに倒れる。

「貴様、千秋(ちあき)をどうするつもりだ」

 ナイ神父は肩をすくめた。

「【K】の奴等の願いは、何時(いつ)もひとつしかないさ」

「【大いなるK】の復活だな」

 フェランが冬峰の疑問に答えた。普段の茫洋さは息を顰め、視線で射殺(いころ)すようにナイ神父を睨みつける。

「どうやって【大いなるK】を復活させる。また【大異変】の時のように【大いなるK】の血筋を確保しているのか」

「どうするかはこの狂宴のラストステージに来れば解る。ルルイエだ。ルルイエに来たまえ」

「ルルイエ」

 フェランは戦慄(せんりつ)を含んだ声音でその名を繰り返した。一生忘れる事の無い、ある怪奇作家の創作とされていた邪神の眠る島。

「少年、ルルイエで、君と私の決着をつけることにしよう。君が招待に応じてくれることを期待しているよ」

 黒衣の紳士の姿は完全に消え失せ、声のみが夜の静寂(しじま)に木霊する。

 それから数秒後、フェランは声が完全に途絶えた事を確認してから、地面に片膝をついた冬峰に歩み寄り手を差し出した。

 冬峰はその手を(つか)まず、よろめきながらも独力で立ち上がり長脇差を鞘に納めて歩き出す。

 フェランはその背中を苦笑を浮かべて見送り、口を開いた。

「ルルイエまで出てくるとはな。こうなると軍への協力要請が必要だが、君はまだこの件に係わるのかい?」

 冬峰はフェランに背を向けたまま歩み続ける。

「千秋が其処(そこ)に居るなら助け出さないと」

「やめておいた方が良い。あの島に居る存在は我々の理解の範疇(はんちゅう)を超えるものだ。ナイ神父、いや【無貌の神】と【大いなるK】、その二つを刀一本で相手するのは自殺志願者のすることだぞ」

 冬峰はその忠告が耳に入らなかったかのように背を向けたまま公園を出た。

 フェランは早足で冬峰の前に回り込み、その正面に立ち塞がる。両肩を掴んで言い含める様に静かな声音で語りかけた。

「聞け。アメリカ西海岸で派生した大異変の元凶となった大地震。あれはその場所で人間から【大いなるK】に変化した青年の力によるものだ。そしてその青年は【大いなるK】を信奉する組織によって攫われた女性が、【大いなるK】に蹂躙(じゅうりん)され受胎(じゅたい)させられて産み落としたんだ。その女性は青年を生んだ後亡くなったよ」

「……何が言いたい」

「ナイ神父も言っていたな、【K】の目的は【大いなるK】を復活させることだと。だから千秋君、彼女がそれを産み落とす母体に選ばれているとしたら。ルルイエが復活して我々が彼女を見つけ出した時に彼女が【大いなるK】を宿していたら、世界を守る為に彼女を殺さなければならないんだ。君にそれが出来るのかい?」

「……」

 冬峰は視線を落とした。

 その選択を彼女を守り続けていた少年に問うのは残酷な事だろう。だから、千秋が(さら)われた以上、フェランは冬峰にこの件から手を引いて欲しいのだ。

 手を汚すのは自分でいい。フェランにはその覚悟があった。

「これから先、君は関わるな。何もかも忘れて静かに暮らせ」

 フェランは冬峰の両肩を放して一歩離れた。

 千秋を手に入れた以上、【K】の連中は【大いなるK】の復活を急ぐだろう。ルルイエの浮上もそう遠く無い筈だ。早急にソロモン機関や各国の軍隊、諜報組織と連絡を取り手を打つ必要がある。

 フェランは冬峰に背を向けた。明日中にも此処(ここ)を離れて南に飛ぶ必要がある。

「何度も死にそうな目にあってきた。今更、命を惜しめと言われてもそんな生き方なんか思い浮かばないな」

 フェランの背に届いた少年の反論は、フェランの足を止めて振り向かせるほど静かで、機械の出す回答の様に感情を含まないものだった。

 そして、それを答えた少年の眼は光は茫洋としたもので、その唇の浮かんだ苦笑はただ、その形に唇を動かしただけの空虚(くうきょ)なもののようにフェランは見てとった。

「でも、千秋を守ることは、俺と彼女の間に交わした約束だ。それが俺の存在意義だ」

 冬峰の眼に光が戻る。それは力強くフェランを見返した。

「俺は何があっても千秋を連れ戻す。それだけだ」

 その静かな気迫にフェランは気圧される。未来を恐れず一歩を踏み出せる強さに羨望(せんぼう)さえおぼえた。

「そうか、なら手を貸してもらおう。後悔するなよ」

「する暇などあるの?」

「無い」

 フェランの回答は簡潔だった。

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