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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(15)

                    5


 そして数年後、東洋の僻地(へきち)にてフェランは失った友と再会した。

「こ、の倉庫に、僕の、着、替えとか、荷物、とか隠して、あるから」

 前を行く【深き者共】の姿をしたホーヴァスが足を止めたので、フェランは過去の追想から我に返り顔を上げた。

 周囲は田畑と点在するビニルハウスのみで、持ち主が使わなくなって数年たつのか、そのこじんまりとした倉庫のシャッターは薄茶色に土埃が付いてまともに動くのかどうか疑わしい。

「お邪魔、します」

 誰もいないのにわざわざ声を掛けてから開けるのがいかにも温和なホーヴァスらしく、別れた頃と全然変わっていないなとフェランは苦笑した。

 ひょっとすると、ホーヴァスはとうに彼等【K】の仲間と成り果てて、自分を罠に案内しているのではないか。そんな危惧(きぐ)を抱いていたのだが、どうやら杞憂(きゆう)のようだ。

「開、いたよ。中に、入って」

 フェランが身を低くしてシャッターをくぐると、ホーヴァスは深き者共の巨体を屈めて左右を見回してから中に入った。何となくユーモラスな仕草だった。

 三和土(たたき)に置かれた蛍光灯形の懐中電灯を点けると、倉庫内が薄ボンヤリと見てとれた。

 倉庫内は六畳程度の広さで、三和土と四畳の畳敷きの部分に分かれている。畳の部分がささくれているが贅沢(ぜいたく)は言っていられない。

 畳の上に気を失ったままの冬峰を寝かせる。

「僕、は着替えるから」

 ホーヴァスは三和土で仁王立ちになると目を閉じて小刻みに震え始めた。

 徐々に鱗の色が薄くなり体表の凹凸が身だたなくなると、体格も湾曲していた背中が真っ直ぐになり体躯(たいく)がしぼみ始める。

 鰭が皮膚と同化すると共に爪が抜け落ち、人間の爪が生えてくる。突き出した鼻面が引っ込み鋭い牙が抜け落ちて人間の骨格へと変貌する。

 二分程度経過すると、そこにいるのはフェランより頭一つ分背の低い、小太りの人懐っこい丸い目をした青年が立っていた。

「ふうー」

 大きく息を吐いてのろのろと衣服を身につける。緑の迷彩柄のシャツとパンツにカーキ色のアーミージャケットを羽織ると、再び大きな息を吐いて畳の上に寝転がった。

「……おい、大丈夫か?」

「うん、普通、【深き者共】は人間の形態で暮らすより、水中で半魚人形態で暮らす方が楽なんだけど、僕等のようなあちら側の血が薄い者達は切り替えがうまくいかなくて、地上で人間として暮らす方が楽なんだ」

 丸く大きな目をフェランの方に向け自嘲気味に笑みを浮かべる。

「どっちつかずの僕のような者は【大いなるK】からのテレパシーも通じ難くて、【深き者共】の社会(コロニー)でも冷遇されてるらしいんだ。僕がいたのはスペイン西部のそんな血の薄い人達のグループで、地元の漁師さんの手伝いをしながら何とか食いつないでいるよ」

 【深き者共】の社会もそれなりに大変らしい。意外な情報にフェランは苦笑を浮かべるしかなかった。

 ホーヴァスによるとスペインやイタリア、ギリシャ等の地中海に面した国々にはアジアや南米からの移民に交じって深き者共の生活が馴染まない、血の薄い混血達が集まりひっそりと暮らしているそうだ。

 彼等は容姿はインスマス面の者もいればホーヴァスの様に少し小太りに見える程度で普通の人間と変わらない者もいる。

 今、欧州では増えすぎた移民によってもともと住んでいた住民の職が少なくなっているとの苦情や、移民への補助金が各国の財政を圧迫しているとの指摘が有り移民に対する風当たりが強い。

 そんな環境の中、ホーヴァス達【はぐれ深き者共】は地元の漁業や海上の警備、救護活動等を生業として出来るだけ先住の人々の経済を圧迫しない分野で活動しながら、各国の同じく【はぐれ深き者共】と連絡を取り合い支え合っている。

 イタリアでは地元の犯罪組織と手を結び、海上密輸などで資金を稼ぐグループもいる。

 ホーヴァス達の最も恐れることは、純粋な人間でない事が知れ渡り、政府の手によりかってインスマスで行われた掃討作戦が再び欧州でが実行されることだ。

「僕等は、人間社会の中で人間として生きていきたいんだ」

 その自衛手段として、数人は主流の【深き者共】達に混ざり欧州侵攻作戦が計画されていないか情報収集を行っている。ホーヴァスがこの東洋の島国にいるのもその情報収集の一環らしい。

「中国の組織から【K】の不死の指導者が直々に日本に乗り込むって情報を手に入れたんだ。そこで日本語を話せて陸上生活に()けた僕がこの国に派遣されたんだ」

「不死ねぇ……」

 フェランの苦笑にホーヴァス弱々しい笑みを浮かべた。

「不死の指導者は【大いなるK】の代理人だ。僕等の手には負えないけど奴の目的が何なのか、それが知りたいんだ」

「いや、不死の指導者は不死じゃなくなったんだ。滅びたよ」

「えっ?」

 フェランの言葉にホーヴァスは丸い目をさらに大きく丸くしてフェランを振り返った。

「どうやって? 火炎放射器で丸焼けにしたって、地雷で吹き飛ばしたって次の日には平然と現れたじゃないか。教授だってあれには魔術すら通じないって言ってたぞ」

「まあ、そうなんだが」

 フェランは言葉を濁して傍らの少年に目を落とした。

「この少年が【大いなるK】の不死の指導者を滅ぼしたんだ。それどころか、【黄衣の王】やロイガー、【Kの落とし子】、ヨグ・ソトホースと遭遇して生き残っている」

「……」

 ホーヴァスは言葉を失くして気を失ったままの冬峰を見つめた。

 不死の指導者を滅ぼしただけで十分驚くに足りるのだが、他の存在と遭遇して生き永らえているとなると想像すら出来ない。

「その能力とさっき(さら)われた女の子、千秋というんだが、その子とどう関わりがあるのかそれが解らない。それが【K】の求める能力なのかそれも解らないんだ」

「それさえわかれば、ひょっとして【K】にも対抗出来る?」

 ホーヴァスの質問にフェランは苦虫を潰した様に顔を(しか)める。

「いや、出来れば俺はこの子達を戦いの場から遠ざけたい。甘いかも知れないが地獄を覗くのは俺達大人だけで十分だ。そうだろう?」

 ホーヴァスは苦笑して肩をすくめた。

 教授と違いフェランは人間的な甘さを払拭(ふっしょく)出来ない。それは今迄共に戦ってきた頃から知っているし、クレイボーンから作戦が甘いと常々指摘されていたことだ。だがホーヴァスやエイベルはそんな彼の人間的な弱さを好ましく捉えていた。

「そうだね。フェラン、僕等は人間らしく戦って行こう」

 フェランは冬峰のジャケットとカッターシャツのボタンを外して、彼の負傷の度合いを調べようとTシャツをたくし上げた。

「!」

 フェランとホーヴァスは同時に目を見張って声を漏らす。

 少年の細身の割に筋肉質な体には、脇腹の深き者共が与えた傷以外にも多数の傷跡が残っていた。

 右肩の二つの(くぼ)んだ円形の傷跡とへそのすぐ右にある傷跡は間違いなく銃創であり、左脇から鳩尾に掛けてと胸板を右下がりに走る白い盛り上がりはナイフか何かの裂傷だろう。

 深き者共の与えた傷の傍に小さな線が複数見受けられたがおそらく刺突された傷だ。大きい傷はこれくらいだが小さい傷は全身に隈なくあるようだ。

「これは……何だろうな? 銃創があるのは何故なんだ?」

 フェランは声を絞り出すようにしてホーヴァスに問い掛けた。本当は答えなど解っているが出来れば別の誰かにその結論を否定して欲しかった。

「……アフリカや中東でもこんな傷を負った子供が大勢いたよ。この子は被害者かそれとも加害者か、もしくはそのどちらにも当てはまるか。ただ、日本でこんな傷を負った子供を目にするとは思わなかったよ」

「……」

 最初に会った時から変わった奴とは思っていた。【K】の連中相手に(おく)することも無く戦い続け、【不死の指導者】を葬り去るのは誰も予想だにしなかっただろう。

 それも彼が特殊な一族に属している故の能力だと思っていたが、それだけではないらしい。

「……この子は、僕たち以上の地獄を覗いたのかもしれないね」

 ホーヴァスの言葉に短く相槌(あいづち)を打って、フェランはホーヴァスが倉庫に用意しておいた水で冬峰の傷の周りを洗い流した。傷口を縫う必要があるが今は道具がない。

 フェランは冬峰の持っていたナイフで、冬峰のシャツの前を切り裂いてその布地で傷口を上から縛って圧迫した。

「これからどうする?」

「まだ深き者共が俺達を探しているかもしれん。一時間程ここで休んでから一旦町に戻って次の手を考えるさ」

 フェランはホーヴァスの質問に答えつつ、どうやって千秋を取り戻すかを考え始めた。

 ソロモン機関に協力を求めるか、それとも千秋君の実家に助けを求めるか、奴等の目的は何なのか。

 とにかく急げねばなるまい。さらわれた千秋君がどうなるのか、人外に作り替えられる恐れもあり時間的な余裕は無いと判断して間違いないだろう。

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