四章 黒衣の魔紳士(13)
4
かってフェランととホーヴァス、エイベル、クレイボーン、ネイランドの五人は、頑固で偏屈な教授の下、【大いなるK】の復活を妨害する為に様々な活動を行った。
インスマスで呪われた血族の末裔を屋敷ごと焼却したり、南米奥地の【大いなるK】の眷属を信仰する宗教家を銃撃したり、米軍と協力してある島へ核攻撃を行った。
しかし【大いなるK】を崇拝する【K】を始めとする諸勢力もやられたままでは引き下がってはくれない。
マサチューセッツ州グロチェスターでエイベルが水泳中に行方不明となった記事が新聞で報じられ、フェラン達もそれを目にした。
フェランはその前日、神学校を卒業したエイベル・キーンが新しく聖職を授けられたお祝いにその地を訪れ、一晩中、これまでの苦労やそれとはまったく関係の無い馬鹿話に花を咲かせ語り明かしたのだ。
エイベルが対邪神活動に身を置くことになったのも、フェランのインスマスでの仕事を半ば強引に手伝った事が切っ掛けであり、以降はコンビを組んで活動することが多くなった。
童顔の為、年齢より低く見られる彼はその容姿を生かして情報収集を得意としており、ネイランドからは天性の後家さん殺しと有難くもない称号を頂き抗議している。
その彼が行方不明となった。死体は上がって来ず、生存は絶望的だった。
その弔いの為、グロチェスターの古い酒場に集まった教授とフェラン達対邪神活動メンバーの三人の前でホーヴァス・ブレインは己の呪われた血筋を告白し、全員に衝撃を与える。
己は養子でブレイン姓を名乗っているが、本名はホーヴァス・ウェイトであり、君達と敵対しているマーシュ家に縁のある者だと。
太平洋のある黒い島を核攻撃した後、教授はもう自分達には取れる手段が無い事をほのめかしていた。しかしそれ以降も【大いなるK】とそれを崇拝し教義を実践しようとする者達は後を絶たず、彼等五人はそれらと戦い死地をくぐり抜けた。
そんな仲間の一人が自分達と敵対する種族の血を受け継いでいる。
クレイボーンは今、自分達と共にいることも邪神勢力に筒抜けではないのか、と疑念を口にしてから済まないと表情を曇らせた。
そしてホーヴァス・ブレインは力なく笑みを浮かべて彼等に背を向け、独り酒場を出て行ったのだ。
フェランは仲間を失った衝撃から立ち直っておらず引き留める言葉を持たなかった。
教授は静かに首を振って沈黙を通した。
それきりホーヴァスは姿を現さず、フェラン達は引き続き邪神崇拝者との戦いを続けてクレイボーン・ボイドの死を看取る事となる。
クレイボーン・ボイドは後ろに撫で付けられた銀髪にきちりと整えられた口髭、細い銀縁の眼鏡をかけた一見すると気難しい大学教授のような風貌の為、実際の年齢高く見られることを気にしていた。
彼はフェラン達の活動計画立案や物資の手配、調達に長けており、世間の瑣事に疎い教授や細かい物事に拘らないフェランやネイランドにとって必要不可欠な仲間であった。
そんな彼の最後は自宅の書斎にて、執筆用の机の引き出しの角から出現した青黒い異形の獣に襲われ、その錐のような鋭い舌に腹から背まで貫かれ身を震わせた。
最後の力を振り絞り愛銃のブラウニング・HPの9ミリパラベラムを全弾、異形の怪物に撃ち込んだが効果は無く、居合わせたネイランドが背後に押しのけた時にはすでに手遅れであることが見てとれた。
光を失った灰色の眼で虚空を見つめていたクレイボーンは深く息を吐いた後、卓上のクレオール人の文化を研究した未完成の原稿を見上げて憮然とした表情を浮かべる。
「しかし、未完成の原稿を残すのは中途半端な人生を送ったようで、非常に腹ただしい」
しばらく沈黙して、咳き込んだ後で本当に消えそうな声で呟いた。
「ネイランド。なぜ、君の面白くない小説が売れるのに、何故私の論文は誰も読まないのだ」
これから失われようとする仲間の言葉にネイランドが苦笑しながらも抗議しようと顔を上げた時、彼はその言葉が戦友の最後の言葉だったことに気づき慟哭した。
その後、【大いなるK】はフェラン達の行った核攻撃に耐えきったことが判明して、アメリカ主導による作戦名「アーカム計画」が発動。再度、アメリカ軍による【大いなるK】への核攻撃が行われる。
その結果、【大いなるK】の肉体に修復不可能に近いダメージを与えることに成功したが、その存在そのものの核は残り、何者かの手によりひそかに運び出された。
そして一九八五年、【大異変】発生。アメリカ西海岸と太平洋の島々が水没。赤道から南極までの南半球は【大いなるK】の下僕達の手に落ちる。
その大異変の中心地ロサンゼルスにてフェランとネイランドは、【大いなるK】のコアを植えつけられ身体を変化させつつある青年と黒衣の紳士に遭遇した。
バイアクヘーから飛び降りた二人は、緑色の粘液を垂らしながら四肢を膨れ上がらせ絶叫する青年を目にして息を呑んだ。
その身体から発する禍々しい鬼気は、フェラン達がかって南太平洋の呪われた島で目にした存在から放たれたものと同一であるように感じられた。
「人間が、【大いなるK】になるだと」
ネイランドはその逞しい体躯に相応しく八キログラムを超えるブローニング・BAR軽機関銃を素早く構え、人外の存在になりつつある青年に銃口を向ける。
フェランもM1ガーランドを青年に向けるが、【深き者共】や【K】の信仰者相手では頼りになるこの火器が、今は非常に力不足に感じられて仕方がなかった。
「おや、この様な場所へやって来る物好きがいるとは。何の用かね」
物騒な得物を手にしたフェラン達に臆することなく、居合わせた黒衣の紳士が尋ねた。
黒の三つ揃いで身を固めた紳士は細面の浅黒い端正な顔立ちに腰までかかる艶やかな黒髪をなびかせた装いで、この様な暗闇で覆われた地下堂より会員制のきらびやかなバーでバックバンドの演奏する音楽を聴きながら酒と婦人との会話を楽しむことの似合う優美な雰囲気を纏っている。
「誰だか知らんがさっさと消えてくれないか。あんたに関わっている暇は無いんだ」
その紳士から感じる違和感を警戒しつつフェランが警告したが、紳士は表情一つ変えず異形となりつつある青年を観察し続けた。




