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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(9)

 千秋(ちあき)が生まれると共に時春(ときはる)から分家の警護を命じられ、千秋の成長を見守って来た。

 幼い頃から役立たずと叱責(しっせき)され続け、常に本家の春奈(はるな)と比較される。

 そんな彼女が分家を出てひとり暮らしを始めた時は、これで彼女の鬱屈(うっくつ)した思いも少しは晴れるだろうと胸を撫で下ろした。

 それに引き替え、千秋の今の境遇(きょうぐう)を作った赤子は冬峰と名を与えられ、本家で現当主のお気に入りとなって、のうのうと暮らしている。

 高天原(たかまがはら)が何を考えているのか、ソロモン機関への千秋の引渡しは帝都の(すめらぎ)や御門本家の利益となるに違いない。しかし、それでもその取引として人身御供(ひとみごくう)となる千秋が朱羅木(しゅらき)にはとても哀れに思われるのだ。

 次第に小さくなっていく装甲列車に朱羅木は願わずにはいられなかった。

 せめてこれから先、帝都までの旅路が平穏で終わってくれと。


「朱羅木さんが助けてくれたの?」

 千秋は姿を消した異形のものが何処(どこ)へ行ったのか、装甲列車の銃眼から外をうかがいつつ冬峰に(たず)ねる。

「そうだね。千秋の味方は結構いるんだよ」

 冬峰(ふゆみね)の返答に背を向けたまま千秋は別の疑問を口にした。

「ねえ、これから先、またさっきのような怪獣みたいなのが出てくるのかな」

「それは、解らないな」

 答えるフェランもこれから先、無事に何事も無く帝都にたどり着くことを願っているが、あくまでもそれが根拠のない希望だということを知っている。

 この少女を狙う異形の神々の眷属(けんぞく)の中には、フェラン自身がこれまで戦ってきた経験や書物での知識から、このような装甲車の車内にも容易に入り込む異能力を備えるもの達がいることを知っている。

 特にティンダロスの魔犬と呼ばれる怪物は、ありとあらゆる角度のついた場所から現れる能力を有しており、その追跡を防ぐことは不可能だ。

 ジェット機やヘリコプターの航空機も、星間飛行を可能とするハスターの下僕であるバイアクヘーの前には太刀打ち出来ず、あっさりと捕捉され彼等の本拠地に連れ去られるであろう。

 この逃避行で無事に帝都へ辿(たど)りつけるのか。

 つけたとしても犠牲はどれ程のものとなるのか。

 その犠牲が人類全体にとってほんのわずかだとしても、かっての仲間達を世界の救済のために失ったフェランは必然のものと受け入れることが出来ないのだった。

「君ら二人共、お守りの石は忘れずに身に付けているだろうな」

「これ?」

 千秋が純白のワンピースの上に羽織ったベージュ色のジャケットの内ポケットから、フェランに初めて出会った晩に渡された直径一〇センチ程の石を取り出した。表面に五芒星(ごぼうせい)の模様が刻まれている。

「そうだ。それを持っていると【深きもの共】や、トウチョトチョ人といった奴等の下僕(しもべ)は近づいて来れないから失くさず持っているように。で、君は?」

紅葉(くれは)って本家の子に、お守り代わりに持たせた」

「……」

 フェランは黙って冬峰の顔を見返した。

 茫洋(ぼうよう)と己の顔を見返す少年に対して説教のひとつでもしてやろうかと思ったが、ふとこの少年の戦いぶりを思い出して憮然(ぶぜん)とした。

 冬峰がこれまで相手にしたのは、クトゥルーの【不死の代行者】や【黄衣の王】といった五芒星の石など役に立たない相手であり、その死闘を生き残った彼にとってはフェランの助けなど必要ないのかも知れなかった。

「まあ、いいか」

 ひとつつぶやいて固い列車のシートにもたれ掛かる。

 先は長い。この少年については解らない事が多いが、千秋君を守ろうという姿勢に嘘偽りは無いだろう。今は次の【K】達や邪心の襲来に備えて少しでも身体を休めておこう。そう思い直してフェランは目を閉じた。


 天門町から帝都へ向かうには、しなの鉄道をこの装甲列車で軽井沢駅まで移動。そこから北陸新幹線に乗り換える。

 軽井沢駅まではこの装甲列車はノンストップで走る為、部外者は乗り込めない。また軽井沢駅以降の北陸新幹線も千秋の乗る車両は号車ひとつを丸ごと押さえており、部外者の侵入を防いでいる。

 注意すべきは駅構内での移動時であり、それには装甲列車の乗員がそのまま警護に当たり、新幹線の車内まで同行する。

 しかしソロモン機関の兵士達は、フレアや彼等の上司から旧支配者の眷属(けんぞく)相手に絶対という保証が無い事を教え込まれており油断などしてはいないのだが、大半は現在南の海洋から上陸してくる深き者共しか相手にしたことが無く、天門町駅前に出現した異形の怪物など遭遇したのは初めてだろう。

 それゆえ、「それ」を目にしたとき装甲列車の操縦をしていた兵士は「それ」が何なのか解らなかった。

 彼が気にしていたのは天門町から隣り町へ抜ける際に千川を横断する高さ十五メートルの陸橋を渡らなければならない事であり、その陸橋が古く、この装甲列車の車重に耐えられるかどうか心許(こころもと)なかったことだ。

 だから走行速度を落として、列車の前方上空を漂っていたシャボン玉の様な透明の球体を目にしても、それが異常事態だと認識出来なかった。

 そのシャボン玉らしきものは次から次に現れて、最初のひとつに結合して半透明の虹色に輝く巨大な葡萄(ぶどう)と化した時も、それが何か危険なものなのか判断出来ず、車内への警告も出さなかった。

 その巨大な葡萄から球体のひとつが離れて漂い、装甲列車の屋根へ当たって弾けても、運転手は目で追うだけだった。

 その眼が驚愕(きょうがく)に見開かれたのは、その球体が接触したと思われる場所が錆びつき赤茶色に変色して崩れ始めたからだ。穴が開き次第に大きくなっていく。

 彼が異常と感じてブレーキハンドルを(ひね)ったのは運転席の屋根が塵と化して消失して、正面の強化ガラスが変色して(ねじ)れ崩れている時だ。

「逃げ……」

 振り返り背後の兵士達に警告しようと身体を捻ると、何かが鈍い音を立てて自分の掌について来た。手の中のそれは崩れかけたハンドルの取っ手であり、手を開くとそれは割れて指の間から(こぼ)れ落ちる。

 それと共に己の掌の表面が湿疹(しっしん)が出来たように泡立ち、それが鳳仙花(ほうせんか)の種が(はじ)かれるように割れて中の肉と骨が(のぞ)いたとき、彼は悲鳴を上げて背後の客室へ助けを求めようとした。

 しかし背後を振り返ったのは肉が剥がれて崩れ落ちた人体骨格のオブジェであり、それも運転席と共に崩れ落ちる。

 武骨(ぶこつ)で見る者に圧迫感さえ感じさせる装甲列車は、その印象とは異なり静かに運転席から赤茶色に腐食(ふしょく)して塵となり崩れていく。

 その浸食(しんしょく)する速度は意外と早く、運転席後ろの座席に腰掛けた兵士達はその異常に気づかないまま錆と接触して、運転手同様に身体を崩壊させ塵となって消え失せた。

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