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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(8)

 兵士達を睥睨(へいげい)する異形のものの眼前に、何かが輝き渦を作っていた。それは地面から次々に浮き上がり渦を大きくしていく。

 兵士の一人が指に触れたそれの名を口にした。

「水?」

 塊となって渦を作るそれは、いきなり螺旋(らせん)状に形を変えて無駄な抵抗を繰り返す兵士達目掛けて突き進む。

「下がれ!」

 フレアが先程の赤い紙を数枚、宙に放ち、渦の前方に炎の壁を作る。

 激突する渦巻と業火。

 その炎はほんの刹那、渦巻の進行を留めたが千地(ちじ)に千切れて跡形も無く消え失せてしまう。

 両腕を眼前で交差させたフレアもろとも、ソロモン機関の兵士や車両を飲み込んだ大渦はアスファルトをえぐり、病院をはじめとする周囲の建造物を直径五十メートルに渡り倒壊させたのだった。

 天門町駅前のイタリア広場を横断していた千秋(ちあき)は背後からの轟音(ごうおん)に足を止め振り返ろうとしたが、冬峰が視界を(さえぎ)るように両肩を掴み「急ごう。今はここを離れるのが先決だ」と前方へ押しやられた。

 千秋の視界に【ラ・ベルラ】の黒い木製のドアが入る。

 何時も流れるジャズやシャンソン。珈琲(コーヒー)の香り。あり得ない事だが怠け者のマスターが珍しく早朝に起きていて、自分と冬峰の為に珈琲を()れて待っている。そんな風景を千秋は想像した。

 空気を震わす轟音が立て続けに鳴り響き、それから逃れる様にフェラン達は駅構内に走り込んだ。 

 改札口両脇のソロモン機関兵士が三人にAK103の銃口を向けるが、三人が誰なのか気づくと銃口を宙に向けて、手で改札口からホームへ続く階段を上がるように指示する。

「後続の二人は」

「死んだ」

 兵士達の問い掛けに冬峰は簡潔に答える。またそれ以外の答えを冬峰は思いつかなかった。

 階段を駆け上がりホームに出た冬峰は、停車している車両を目にしてフェランを振り返る。これに乗るのかと視線でフェランに問い質した。

 フェランも苦笑を唇の端に浮かべてその無骨な車体を仰ぎ見る。

 それは正しく鉄の箱だった。

 装甲板付きの客室と十四・五ミリ機銃のついた貨物室。貨物として載せられて火を噴いている百十ミリ戦車砲。急ごしらえなのか発砲する(たび)に台車が嫌な音を立てている。

「装甲列車とは、また仰々(ぎょうぎょう)しいものを用意したな。これで上田まで出て、新幹線で帝都まで移動するのか」

 呆れたように声を上げるフェランの背を兵士の持つライフルの銃口がつついた。

「早く乗れ。怪物がこっちに来る前に離脱する。奴はいくら撃ち込んでも傷が塞がるんだ」

 またもや轟音。

 異形のものに突き刺さった榴弾(りゅうだん)はぶちょんと間の抜けた音と共に異形の物の体内に入り込んで破裂するが、緑色の体組織をわずかに押しのけるのみで、その傷はすぐに別の組織が流れ込み塞いでしまうのだ。

「弾の無駄だ。街ごと爆撃しても奴には効果は無い。こちらの世界の武器では核でも持ち出さない限り奴等に痛打を浴びせることは出来ないんだ」

 その核の威力を(もっ)てしても旧支配者に痛打を浴びせることは難しい事をフェランは知っている。

 一両しかない客室には二人掛けの座席が左右に四列ずつ並んでおり、その真横の窓は銃眼(ガンボート)らしき小さい穴の開けられた装甲板で塞がれて野外の風景を見辛くしている。

 左側の四列はソロモン機関の兵士がすでに腰掛けており、銃眼からAK103の銃口を突き出して異形のものを牽制(けんせい)していた。

「何か、圧迫感があるよね」

 列車が動き出したので千秋と冬峰は右側四列の二列目に腰掛けて、フェランはその背後の席にもたれ掛かった。

 千秋にとって武骨(ぶこつ)な固いシートは座り心地が悪く、これで長時間移動することは願い下げしたかった。

「早く出せ。追いつかれるぞ」

 銃眼から外を(うかが)っていた兵士が運転室のある前方の車両に怒鳴った。

 千秋達には見えないものの、あの巨大な怪物は駅まで近づいているようだ。

「日本のテレビで巨大な爬虫類と戦う銀ピカの巨人を見たんだが、あれはいったい何だろな」

 今の状況などどうでもいいのか、それともすでに(あきら)めているのかフェランは後ろの座席から独り言のようにつぶやいた。

「まさか、それに助けを求めろとか言わないよな?」

「出来る事なら、そうしたいねぇ」

 冬峰の質問に苦笑を浮かべながら答えたフェランは、コートのポケットから黄金色の液体が揺れるガラスの小瓶を取り出す。あの怪物に追いつかれた場合、これを使うしかあるまい。

 問題はハスターの不死の代行者【黄衣の王】までこの一件に関わっている以上、助けが来ない可能性もある。助けが来たとしても、千秋もろともハスターの虜囚(りょうしゅう)(おちい)ることも考えられフェランの表情を暗くする。

 ディーゼルエンジンの低い唸りと共に装甲列車の窓から覗く街並みが後方へ流れ始めた。

 加速した装甲列車はその重量感あふれる外観に相応しく、轟音を鳴り響かせながら線路を走り駅のホームから離れて行く。

 異形のものの口元から伸びた触手が最後部の貨物車に届くより早く、百十ミリ戦車砲が鳴り響き触手を押し戻す。

 どんどん小さくなっていく異形のモノに銃眼から外を警戒していた兵士達が歓声を上げる。

「何とか逃げきれそうな気がする」

「奴等はそんなに甘くないよ。来るぞ」

 冬峰の希望を打ち消す様にフェランの声が険しさを帯びた。

 異形のものが前足を前に突き出して低い唸り声を上げる。再び前足の間に水蒸気が集まり渦を巻いて徐々に大きくなっていく。

 ソロモン機関の兵士達を一掃したあの大渦に、この装甲列車は耐えれるのかどうか。この列車が耐えられたとしても、搭乗者は車内に叩きつけられて無事では済まないだろう。

「まずいな」

 異形のものから離れるしか助かる術を持たない冬峰達は、その一撃が放たれる瞬間をただ待つ事しか出来なかった。千秋が祈るように両掌を組み合わせ顔を伏せる。

 一条の光線が宙を裂き、異形のものの右前脚を貫いた。黒煙を上げると同時に渦がちぎれて消え失せる。

 異形のものが邪魔された行為を糾弾(きゅうだん)するように吠えて光線が発射された方角へ首を巡らせた刹那、第二射が異形のものの右目に突き刺さった。

 撃ち抜かれた右目から火花が(ほとばし)り、異形のモノが一歩退ぞく。

「あれは【火水(かみ)鳴り】の狙撃。朱羅木(しゅらき)か」

 冬峰は異形のものを撃ち抜いた者が誰なのか、瞬時に解ったようで苦笑交じりにつぶやいた。

 きっと朱羅木は千秋を助ける為に仕方なく狙撃したのだろう。窮地(きゅうち)に陥ったのが冬峰ひとりだけならば、これ幸いと逆に冬峰を撃ち抜いたに違いない。冬峰はそう確信している。


 駅前から五百メートル程離れた団地の屋上で、「あの役立たずが」と朱羅木は毒ついて顔をしかめた。

 昨晩の本家での死闘の際、右肩を負傷してしまい愛銃の九七式を構えるだけで激痛がはしるのだ。

 朱羅木は、もし体調が万全ならあの忌々しい冬峰(クソガキ)も第三射目で始末してやったのにと、心の底から残念がった。

「ヘッドショットもそれ程効果は無いようだね。でも千秋さんは逃げおおせたから良かったとするか」

 伏せた朱羅木の(かたわ)らで青桐(あおきり)は、双眼鏡を片手に千秋の乗った装甲列車が異形のモノから逃げおおせた事を確認していた。

「あの化物を撃退するのは、この街全体を陣地にするぐらいの用意が無いと無理だな。それでも滅ぼせるかどうか。おや?」

 青桐が上げた声に朱羅木も異形のものへ視線を移す。

「……消えたのか」

「地面に吸い込まれるようにね。どこに行ったんだろう」

 青桐は双眼鏡を目から放すと、もう用は無いなとでもいう様に踵を返した。

「さて引き上げようか。もう私達に出来る事は無いしな」

「昨晩もだが、奴等はかなり手強いぞ。ソロモン機関は千秋様を守り切れるのか」

 朱羅木の言葉に青桐は気難しい相棒を振り返ってにんまりと人の悪い笑みを浮かべた。

「心配かい?」

「同情はしている」

 朱羅木は己の声音に苛立ちが含まれているのを自覚せざる得なかった。

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