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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(7)

「何よ、これ」

 千秋(ちあき)は装甲車から脱出した兵士が、触手に蛇のように巻きつかれ胴を押し潰される光景を目撃して目を閉じ顔を伏せる。

 重機関銃(ヘヴィ・マシンガン)では(らち)が明かないと悟ったのか、数台のRAM2000からBGM71 TOW対戦車ミサイルが放たれ、白い尾を引きながら大蛇へ突っ込んでいく。

 その胴や周囲の地面に着弾したミサイルは、爆音と衝撃を周囲に撒き散らしつつ赤黒い炎で大蛇をオレンジ色に染める。

 この攻撃にはこの大蛇も痛手を(こうむ)ったのか身をねじりながら自らが現われた穴に引き戻り姿を消した。

 兵士達はしばらくその太く長い胴の消えた地表の穴を見つめ警戒していたが、一分ほど経過して脅威は去ったと判断したのか銃口を下ろして互いの顔を見合わせた。

 取り敢えず生き延びた。フェイスガードで表情はうかがえないが、彼等はそう思っているに違いない。

 それが束の間の希望だったと知るのは、いっせいにアスファルトを突き破って出てきた先程の大蛇の様なものに囲まれた時だった。

 跳ね上げられ、きり揉み落ちる装甲車や兵士達。

 フェラン達のウルフは跳ね飛ばされなかったものの、林立する大蛇の様な触手に前後を塞がれ身動きが取れない状態であった。

「君も聞こえるようだな。巨大な原形質の何かがたてる足音を」

 苦笑を浮かべて冬峰(ふゆみね)を振り返るフェランの口元がわずかに引き()っているのは、その足音をたてる何かが自分達にとって脅威以外の何物でもない事知っているからか。

 ウルフの後部ドアが開かれ、赤毛の男、フレアが顔をのぞかせた。

「降りて下さい。駅前まで走って逃げますよ」

 その背中へ向かって伸びてきた触手がいきなり炎に包まれ、のたうちながら地面に吸い込まれていく。どうやら痛覚は備えている様だ。

初っ端(しょっぱな)からこれだと、これから先何があるか解らないな」

 (あき)れたようなフェランの言葉にフレアは眉を不快そうに痙攣させたものの、反論もせずさっさと降りるよう(あご)をしゃくった。

「千秋」

 冬峰の差し出した手を取って座席から立ち上がった千秋は、車外の惨状(さんじょう)を目にして足をすくませた。

 ある兵士は胴に触手が巻き付いた状態でそのまま押し潰され、また別の兵士は触手が尻から頭まで貫通して串刺し状態で宙に浮いている。

 宙をうねる触手に発砲するものの、何ら痛痒(つうよう)を与えた様子も無く次々に捻り潰され、吹き飛ばされ、蹂躙(じゅうりん)される一方だ。

「私が道を作りますから、貴方達は脇目を振らずに走り抜けて下さい。いざという時は兵士たちが盾となります」

 千秋はウルフに同乗した黒衣の兵士達の様子をうかがったが、彼等にとっては当たり前の事なのかそのフェイスガードの奥にある表情を読み取ることは出来なかった。

「伏せなさい」

 フレアのインバネスコートの合わせ目から無数の赤い紙片が宙を舞い、空中で紙飛行機に折り曲げられて触手の林に向かって突き進む。

 その光景だけ見れば子供向けの幻想夢(ファンタジー)だが、それの生み出される源はこの世の理から外れた者達が闊歩(かっぽ)する世界だ。

 爆炎が膨れ上がり、オレンジ色の光景の中で大蛇が奇怪なダンスを踊った後、不意の動きを止めて|項垂れる。

 そのかたわらには巻き込まれた兵士や装甲車が黒く変色した(しかばね)を路上に(さら)しているが、それを気にした風も無くフレアは背後の千秋達をうながした。

「今、奴が(ひる)んでいるうちに通り抜けて下さい。振り返ってはいけませんよ」

「行くぞ」

 フェランを先頭に千秋、冬峰、同乗していた兵士の内二人が続く。

「食べてろ」

 フレアは冬峰がかたわらを通り抜け様に放って寄こした何かを左手で受け取る。

「……」

 ラップに包まれたそれはバケットにベーコンと溶かしたチーズ、レタスを挿み込んだサンドイッチだった。おそらく昼食用に作っておいたのだろう。

 苦笑してインバネスのポケットにそれを突っ込み、遠ざかっていく背中を見送る。

「すまないな。君のこれからは、今以上に僕等を憎むことになるんだから」

 フレアの耳に地下から這い上がって来る何かの足音が響く。それは徐々に大きくなっていき、遂に臨界へ達する。

「退避しろ。それが不可能なら決してこれから出てくるモノの姿を見るな」

 背後の兵士達へ指示を飛ばすが、フレアにはそれがもう遅い事が解っていた。

 アスファルトを割って地表に現れたそれは、その存在の放つ気配のみで周囲を混乱に陥れる。

 全長二十メートルの巨体を露わにしたそれは、緑色の半透明の(うろこ)に覆われた体表に不気味に蠢く内臓器官を覗かせながら、(たこ)に似た頭部の下半分に生えた無数の触手を伸縮させて周囲を睥睨(へいげい)した。

 もし冬峰が振り返ったなら、現れたそれが深夜の校舎にて死闘を繰り広げた【不死の指導者】に呼び出された異形の物達に類似(るいじ)している事に気がついただろう。

 それは巨大な鍵爪の生えた後ろ足で身を起して、ひとつだけ吠えた。

 大気を震わす振動と共に周囲の病院をはじめとする建造物の窓ガラスが割れる。

 いきなり現れた異形のものの足元でソロモン機関の兵士達は、その巨体にたじろぎ退却しようと(きびす)を返すが、再び現れた触手により、突き刺され、弾き飛ばされ、巻き潰されていった。

 異形の物は顔下半分に生えた触手で兵士達を蹂躙(じゅうりん)していたが、不意に思い出したように数本を別方向へ向かわせる。

 冬峰の背後で苦鳴と濡れた雑巾(ぞうきん)を絞るような音が響き、彼は足を止めて振り返った。

 彼の眼前に突き出されたのは、触手に巻きつかれて捻られ血と肉を(したた)らせた文字通りぼろ雑巾(ぞうきん)となった二人の兵士だ。

 手と足をあらぬ方に曲げて開いた口から舌をだらんとはみ出させた姿は、気の弱い者なら卒倒(そっとう)する気味悪さだった。

 異形の物にも嗜虐心(しぎゃくしん)があるのか、兵士の残骸(ざんがい)が冬峰に見せつけるように上下に振られ手足を震わす。

 さらにその背後から触手が迫る。

 冬峰の無反応を、怯えて身動き出来ないと判断して巻き取るつもりなのか。

 宙に血煙が花を咲かせた。

 二人の哀れな兵士の胴体諸共に、抜き出した長脇差で触手をぶった切って冬峰は異形のものを見上げた。

 何の感情も無く只々(ただただ)見上げるだけの行為。

 巨獣と目が合い、他の触手が一瞬だけ戸惑ったように動きを止める。

「まさか、怯えた?」

 フレアは異形のモノの目に不可解な雰囲気を見たような気がして疑問を浮かべたが、それよりこの一瞬を好機として己の術を展開させた。

 フレアの赤いインバネスから次々と、これもまた赤い葉書サイズの紙が宙を舞って異形のものに(まと)わりつく。

 それは異形のものの周囲を旋回(せんかい)しながら、その赤い竜巻が異形のモノの姿を覆い隠すまで数を増していった。

「焼き尽くしてあげましょう」

 ガス爆発の様な音と衝撃と共に渦巻く業火の柱となった異形のの姿を、フレアはインバネスを叩く熱風を気にした風も無く不敵な笑みを浮かべて眺めた。

「わざわざ、こんな辺境まで出張って来なければ滅びることも無かったろうに。同情するよ」

 燃え盛る炎柱と化した異形のものに背を向けて背後の部下に部隊の再編と護衛任務の継続を命じようとしたが、彼等が低く呻いて後退(あとずさ)ったのに違和感を覚えた。

「何を……」

 燃えて崩れているであろう異形のモノを振り返ったフレアは目を見開いて言葉を飲み込んだ。

 異形のモノを包む炎は徐々(じょじょ)にだが勢いを失くし、代わりに蒸気が霧となって辺りを漂い始める。

「あの炎を打ち消している。奴は水を自在に操るのか」

 ついに火の勢いが己の爪先程度になった時、異形のものはその前足で踏み(にじ)って完全に跡形も無くしてしまった。

 どこからか怒号が上がり対戦車ミサイルやM2重機関銃、対戦車ライフルが異形のものに放たれるが、それは相手を仕留める為の攻撃より予想される結果を少しでも遠ざける為の悪あがきであることを引き金を引き続ける兵士達は理解していた。

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