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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
四章 黒衣の魔紳士
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四章 黒衣の魔紳士(2)

 彼はついに足を止め頭上を見上げた。しかし、その表情に怯えや怒りは浮かんでおらず、ただ無表情に三機の戦闘ヘリを見返すだけだった。

彼にとっては単に一機のヘリが三機に増えただけなのかもしれない。

そんな彼の態度に苛立ったのかヘリは申し合せたかのように、不意に高度を上げると機体を前方へ傾けた。

 彼がとっさに伏せるのと、三機のヘリの両脇から細長い破壊が地表へ撃ち込まれるのはほぼ同時。そのロケットの爆風に彼は地上を二転三転しながら吹き飛ばされた。

ヘリは更に機体を旋廻させ街中に火矢を降らせ始める。


 彼がまた少しの間気を失った後に目覚めた時、彼は地面に仰向けになったまま全身を激痛に苛まれていた。

 視線を巡らすと相も変わらず頭上を旋廻する三機の戦闘ヘリと夜空を照らす赤い赤い炎が彼の目の映った。彼は立ち上がろうとするがバランスを崩して片膝を着く。

 一機のヘリが機体下部のターレットを回し、彼に三〇ミリ機関砲の標準を合わせる。

 あと副操縦士の親指がトリガーボタンを押し込めば、彼は苦しむ間も無く肉隗と化すであろう。銃口を睨んだまま動かない彼は諦めたのか、それとも次の一手をどうすべきか思考しているのか。

 もし神がいるのなら、彼のそんな態度に興味を持ったのかもしれない。次に起こった事は、そんなありえない出来事であった。

 風が吹いた。

 突然の旋風につい目を閉じてしまった彼が目を開いた時、彼に銃口を向けていた戦闘ヘリの胴体が、ずるりと上下にずれた。それはどんな名刀が振るわれたのか、戦闘ヘリの装甲の断面まで見えるほど鮮やかな切口であった。

 ヘリはそのまま地上に落下し、回転するローターが地上をやかましく引っかき続ける。

 幸い燃料には引火しなかったが、すで街の大半が炎に包まれている以上爆発するのも時間の問題かもしれない。

 突然彼のいる路地と大通りの間を(ふさ)いでいた炎が、建物ごと旧約聖書のモーゼの大海の如く左右に分かれた。まるでそこを通る主人を出迎えるために作られた道の両側で炎の手が喝采するように(またた)く。

 その道をこちらへ向かってくる人影は、今この状況には余りにも場違いな格好をしていた。

「久しぶりに降りたのじゃが、奇怪な鳥が飛んでいるのう」

 それは巫女服を着た十五、六歳ほどの少女だった。

 背は比較的高く一六〇センチ程あろうか。長くひっつめ髪にまとめられた髪が、炎と同じ様に背中ではためいている。

 その特徴的な服装、巫女服の(はかま)は普通は赤色なのだが、彼女の着ている巫女服の袴は白地であり清涼な雰囲気を醸し出していた。

 ヘリはしばらく様子をうかがうかのように上空に留まっていたが、残った二機の内の一機が滑るように彼女に近づき三〇ミリ機関砲を旋廻させて彼女をその照準におさめようとした。

 彼女は向けられた銃口を恐れ気も無く見返していたが、その銃口が火を吹くと同時に右掌を手刀の形に構え、目の前の空間を横一文字に薙いだ。

 彼にはその手刀の軌跡に沿って空気が切断され、目の前の光景が一瞬揺らいだような気がした。

 更にその軌跡の延長にあった戦闘ヘリの機関砲やロケットポットが切断され地に落ちる。

 一緒に操縦士と副操縦士も落下してその上にヘリの機体が落ちて来るのは、まるで出来の悪い漫画を見ているようだ。

 残る一機がいきなり急上昇して彼女との距離を取り始めた。機銃を牽制するように撃ちまくりながら、機体の左右にあるロケットポットを巫女服の女性に向ける。

 彼女の動きは宙を舞うように飛び跳ね、直径30ミリの弾丸をギリギリのところでかわし続けている。

 彼女は倒れている彼の傍に機関砲弾を避けながら近寄ると、彼を庇うようにヘリと彼の間に割り込んだ。

 ヘリコプターの操縦士と副操縦士は、いきなり現れた邪魔者が本来の獲物である少年の傍で動きを止めたのを見て舌なめずりをした。

 少年を庇うのなら彼女はその場を動いてはならず、この次に繰り出される戦闘ヘリの攻撃を防ぐことは出来ないであろう。

 標的が炎と爆風によって飛び散ることを夢想しながら、副操縦士は操縦桿のトリガーボタンを押した。

 機体両側のロケットポットから片側四発ずつ、計八発の細長い死神が尾を引きながら巫女服の少女へ向けて疾走する。

 対して彼女は右掌をそのロケットに向けて立てるだけで逃げようともしなかった。

 彼女はロケットをその小さい掌で受け止めようとしているのか。彼は立ち上がり、その無謀な行いから彼女を押し倒して少しでもロケットの衝撃から守ろうとその腰に背後から組み付いた。

天岩戸(あまのいわと)

 轟音はするが衝撃と爆風はいつまでも襲って来ず、彼が目を開けると彼は彼女の胸に顔を埋めたまま抱え込まれていた。

 どうやら振り向いた彼女の正面から組み付いたらしい。

「女性を押し倒すのは、あと五年経たないと力不足じゃぞ」

 そうぬけぬけと言ってから安心させるように微笑んだ彼女は、ヘリに向かって立てた掌を握りこんだ。

 戦闘ヘリの操縦士と副操縦士は、ロケットが標的である彼女に到達する寸前、宙に現れた黒い壁によって全て遮られるのを目撃した。

 巫女服の女性はその外見とは裏腹に、自分では太刀打ちできない化け物だと本能的に判断し、機体を回頭させ急ぎ逃げようとするが、彼女の握りこまれた右手から人差し指が弾き出されると、ローターが纏めて吹き飛びキリモミしながら落下していった。

「他愛ない。呼ばれて来てみれば、この程度。役目は果たしたぞ」

 地に墜ちたヘリに見向きもせず、巫女服の彼女は暫く目を閉じ、すぐに開いた。

 中身が変わった様に、少年は感じられた。

 今まで少女の(まと)っていた、何か近寄り難い高貴さが消え、柔らかな雰囲気に変化したのだ。

 彼女は、まだ腰の辺りにしがみ付いて硬直している彼を見下ろして悪戯っぽく笑う。

「そんなに情熱的にしがみ付かれると、お姉さんの方が押し倒したくなっちゃうぞ」

 彼は慌てて彼女の腰から離れると、視線を上下させ、改めてこの戦場に似つかわしくない格好をした女性を観察する。

 結わえられた長い黒髪と瓜実顔に左右対称の切れ長の目とすらりとした鼻梁(びりょう)は、ともすれば整いすぎて近寄りがたい印象を与えるものだが、その女性の醸し出す柔らかな雰囲気が彼の警戒心を解いていった。

「危機半髪ってところかな。大丈夫? 骨とか折っていませんか?」

 中腰になって彼の正面から覗き込む彼女の視線から、彼はわずかに視線をずらして目を合わせないようにする。

 彼は仲間以外と話すことは滅多になく、見ず知らずの人間と会話するのは苦手の部類に入る。

 彼女の問い掛けに問題ないと返答し、彼は彼女に疑問をぶつけた。「あんたは誰だ」と。

「あん」

 それを聞いた彼女は大げさに仰け反ってから、両掌で顔をおおってさめざめと泣き真似をした。

(ひど)い。小さい頃何度か顔を合わせたことが有るのに。そんなに私は影薄いですか」

 彼は彼女の顔を見つめて今まで出会った人達を思い出そうとしたが、小さい頃はあまり周囲の人達に関心は無かった為、どうも顔が浮かんでこなかった。

 しかし最近まで行動を共にしていた妹分の幼い顔と目の前にいる女性の顔の特徴が重なり、彼は我知らず呆然とつぶやく。

雪乃(ゆきの)の……お姉さん?」

「御名答。御門春奈(みかど はるな)です。久しぶりね、冬峰(ふゆみね)君」

 そう言って、巫女服を着た御門家当主は満面の笑みを浮かべた。

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