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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
三章 死の旋風
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三章 死の旋風(19)

 千秋(ちあき)は自分の意思とは関係なく、自分の自由が無い事を感じ取っていた。

 なぜ、私がこのような突拍子(とっぴょうし)も無い事に巻き込まれ、己の身を訳の解らない集団に(ゆだ)ねなければならないのか。そのことを母である冴夏(さえか)は知っているのか。

 千秋の脳裏に母である冴夏の冷然たる美貌(びぼう)が浮かび上がった。母は知っているはずだ。そして御門(みかど)家を守る為、私の身を差し出したに違いない。千秋はそう確信した。

「本来なら当主も我々の手で保護したかったのですが、【高天原(たかまがはら)】の連中は当主を引き渡すぐらいなら一戦も辞さないと言い出しまして、今回の標的のみの保護となったのですよ」

 赤い男の言葉に千秋は身を震わせ、のろのろと顔を上げた。


 当主は差し出せない。私程度なら差し出せる。頭首よりも劣る私なら差し出せる。


「保護じゃなく接収が目的じゃないか」

 怒りと絶望で視界が黒くなりその場に崩れ落ちそうな脱力感を覚えた千秋の耳に、茫洋(ぼうよう)とした、しかし(いきどお)りを含んだ少年の声が響き彼女を暗黒から救い出した。

 声の方へ視線を向ける。

 そこには赤い男に普段の眠たそうな目つきとは裏腹に、冷たく見据(みす)える従弟(いとこ)の姿があった。

 その従弟は背後から銃口を突きつけられているというのに鞘に納められた長脇差を左腰に構え、いつでも抜き出せるように右手の力を抜いている。

「もし違うなら、銃を突きつけて脅すのではなく手土産を持って名乗ってから、三日程通って来るべきだよ。ほおずき魔人」

「ほおずき?」

 赤い男が首を(かし)げた。どうやらほおずきを知らないらしい。

「それに俺は千秋を守るように命令されていてね。彼女があんた等について行きたくないって言えば、俺は彼女をあんた等に渡……」

 冬峰は不意に言葉を区切った。

 その表情にはこの少年には珍しく目を見開いて驚いていたのだ。

「……その首飾りの紋章。それは何だ」

 冬峰は赤い男の首に巻かれたチョーカーを指差した。そこには炎の中に浮かぶ螺旋十字(らせんじゅうじ)の頂上に六芒星(ろくぼうせい)が浮かんだ紋章が刻み込まれている。

「ああ、これですか。これは我らソロモン機関の紋章ですよ。どこかで見覚えでも」

 赤い男は最後まで言葉を続けることは出来ずに背後に跳躍した。続けて先程まで赤い男の立っていた場所に、跳躍しながら居合腰(いあいごし)で長脇差を抜刀(ばっとう)した冬峰が着地する。

「いきなり斬りつけるとは野蛮ですね」

 赤い男の非難(ひなん)と共に武装した男達が冬峰にAK103の銃口を向けた。躊躇(ちゅうちょ)も無く引き金を絞る。

 四方から冬峰を囲むように放たれた銃弾は、半瞬ほど前に冬峰の着地していた空間を貫いたが、当の本人は赤い男の手前四メートルほどの距離まで疾走していた。

「凄まじい速度だな。しかし、私の術の方が」

 いつの間にか赤い紙で折られた紙飛行機が、赤いコートの合わせ目から冬峰に向けて飛行する。

「まだ早い」

 冬峰の眼前で紙飛行機がいきなり火を噴いて火球へと変化、そのまま紅蓮(ぐれん)の炎が冬峰を包み込む。

 疾走したまま焼かれる冬胸の姿に、千秋の口から短く悲鳴が漏れた。

 しかし、冬峰の疾走する勢いに押されたかのように、紅蓮の炎は散り散りに千切れて消えたのである。

(はじ)いた?」

 驚愕する赤い男の懐へ飛び込んだ冬峰の突進速度を生かした体当たりに、赤い男は荒れた地面を二転三転しながら吹き飛ばされる。

「う……」

 頭を振って起き上がろうとする赤い男のかたわらに、長脇差を上段に構えた冬峰が追いつく。

「君は、我々と何か敵対したことがあるのか、私は君とは初対面のはずだが」

「あんたとはそうだ。だが、その紋章を持つ奴等には少なからず借りがある。ここで返させて貰うぞ」

 冬峰の口調に抑揚(よくよう)は無く、それだけに冷然とした響きがある。

「それは君の守るべき人達と引き換えてでも、果たすべきことかな」

 窮地(きゅうち)にもかかわらず余裕めいた赤い男の言葉に冬峰は千秋達を振り返る。

 千秋達に変化はなかった。ただその周囲を赤い紙吹雪が渦を巻いており、それが冬峰に刃を振り下ろすことを躊躇させた。

「君が振り下ろすより早く、彼女達は炎に包まれる。それでもやるかい」

 長い、長い息を吐き、冬峰はゆっくりと長脇差を下ろす。噛み締めた奥歯から歯ぎしりが響いてきそうな、そんな苦痛に満ちた表情を浮かべた。

 鈍い音と共に冬峰が地面に片膝をつく。ようやく追いついたソロモン機関の兵士がAK103の銃床(ストック)を冬峰の後頭部に叩き込んだからだ。

 複数の銃口が無防備な冬峰に対して不動の直線を引き、数瞬後には彼の身体に無数の銃弾が叩き込まれるであろう。

「待ちなさい」

 AK103の引き金が引かれる直前、凛とした声が響いて男達の指の動きを止めさせた。

「彼を害すれば、この御門家の家人を傷つけたとして千秋さんの引渡しを拒否します。それでも良いのですか」

 春奈の言葉に、赤い男が掌を振ると共に兵士達は冬峰から銃口を外した。赤い男が億劫(おっくう)そうに立ち上がる。

「冬峰さんも自重して下さい」

 フェランが冬峰に肩を貸して立ち上がらせる。小声で「いきなりで驚いたよ」と声をかけた。

「貴女がこの御門家の当主ですか。申し遅れましたが私はソロモン機関の極東支部に属するフレアと申します」

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)に一礼する赤い男、フレアへ春奈も礼を返す。

「私は御門家当主の御門春奈と申します。といってもまだ見習いなので物事の決定権は補佐である伯母(おば)(にな)っております」

 春奈の表情がわずかに曇った。

 それもそうだろう。その決定権を持つ伯母、御門冴夏は引き渡しを求められている御門千秋の母親なのだから。

 当主代行である伯母が肉親としての情を優先して千秋の引渡しを拒否することを春奈は願っているが、それは万に一つも無い選択だろう。

 千秋の引渡しはこの国の帝である(すめらぎ)家の直属機関【高天原】より指示されている。

 春奈達御門家もこの組織に属しており、高天原から下される指令の実行部隊という位置づけだ。

 その御門家が千秋の引渡しを拒否すると、高天原内部からの帝に対する反逆とされ、存在さえ抹消されかねない。それだけは避けなくてはならない。

 春奈は腰のポーチに入れた携帯電話からの着信音に身を震わせた。このタイミングで電話を掛けてくる人物の心当りは一人しかいない。

「はい、御門です」

 ため息を吐いてから携帯電話を耳に当てた春奈の胸中を意に介さず、携帯電話の向こう側にいる人物は冷然たる口調で己の用件を伝えたのだった。

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