三章 死の旋風(18)
「終わりだな」
朱羅木のつぶやきに応えるかの様に、冬峰は長脇差を上段に構えて【黄衣の王】に向けて疾走する。【黄衣の王】に待つのは唐竹割りの運命か。
【黄衣の王】は顔を上げて己を滅ぼそうとする少年へ向き直ると、ガコンと音を立てて縞瑪瑙の仮面の口が大きく開いた。
「―――」
その口からほとばしったのは聞き取れない叫び。
それは母屋の窓ガラスを割り、荒れた庭の木々に茂った葉を残らず舞い散らせた。
「くっ」
フェランは己の全身に走った針で突いたような痛みに耐えて庭先へ視線を向ける。その先には【黄衣の王】の叫びを至近距離から受け、地面に片膝を着いた少年がいた。
すでに頭髪は逆立ち、その痛みに耐えるかのように長脇差の切っ先を地面に突き刺して歯を食いしばる。
不意に冬峰の手や顔から赤い斑点が生じてじわりと流れ出す。それは毛穴からの出血であり、冬峰は血の涙を流しながら全身を襲う脱力感と戦っている。
「いかん」
フェランが痛みに耐えるようにのろのろと左脇に吊ったホルスターへ右手を伸ばす。
【黄衣の王】の主である【邪悪の皇太子 ハスター】、旧支配者と呼ばれる種族であるそのものは数多くの異能力を有しているが、そのひとつに【ハスターの叫び】と呼ばれる力がある。
ハスターの発する振動波を浴びた者は全身をぐずぐずに崩れさせたむごたらしい死に方をするが、【黄衣の王】と呼ばれる不死の代行者も同じ能力を受け継ぐらしい。
冬峰はすでに刀身に縋りつくように体を支えるのが精一杯なのか、伏せた顔からは普段の茫洋とした余裕は窺えなかった。
掌から噴き出る血液で握りが滑るのか、冬峰はバランスを崩したかのように前のめる。
勝利を確信したのか、本来表情の無い【黄衣の王】の仮面に愉悦の色が浮かぶ。
それに驚愕の色に取って代わったのは次の瞬間だ。
ぐらり、冬峰の身体が大きく傾ぎ、ふっと直立した。血が目に入るのか、左手の甲で目頭をぬぐうとすでに出血は止まっているのか半眼で【黄衣の王】を睨み付ける。
しかし【黄衣の王】の叫びはいぜん続いており、冬峰の周囲の地面はささくれ、背後の木々は弾ける様な音を立てて中身を晒す。彼も同様に肉体が崩壊するべきであった。
冬峰が土を蹴って砲弾の様に【黄衣の王】との距離を縮める。
頭上に振り上げられた長脇差は、今度こそ、その刃を【黄衣の王】の頭蓋に喰い込ませて唐竹割りにするはずであった。
冬峰の視界をどこからともなく飛来した赤い紙飛行機が横切り、【黄衣の王】のコートに接触する。。
前触れも無く炎に包まれる【黄衣の王】に驚愕しつつも、冬峰は炎を避けて後方へ跳躍した。
【黄衣の王】の開いた口からも炎が噴き出し、彼はその肉体を焼き崩しながらも頭上へ右手をあげる。
その刹那、駆け巡る突風に冬峰は目を閉じ、再び開いた時にはかすかな肉の焼けるような不快な匂いを残して【黄衣の王】は消え失せていた。上空の遥か彼方に巨大な羽をもつ生き物の影が見てとれたが、それもすぐ消え失せる。
「冬峰!」
「フユお兄ちゃん!」
千秋と可憐の叫びに振り返ると、青桐と春奈達四人が黒ずくめの男達に自動小銃を突きつけられて一塊に集められていた。
さらに頭上に爆音が響くと共に、突如降下して姿を現した大型ヘリからロープが垂れさがり、同じく黒ずくめの男達が戦闘を終えたばかりの御門家へ滑り降り始めた。
皆、一様にヘルメットに暗視ゴーグルで顔を覆い、防弾ベストに予備弾倉やら手榴弾を身に付けた特殊部隊のような姿をしている。
冬峰と千秋、そしてフェランはそれが今朝、校門から見かけた男達の姿に似ていることに気がついただろう。
「なんのつもりだ、これは」
冬峰は自動小銃の銃口にさらされながら、同じく黒づくめの男達に囲まれた胡散臭い自称ジャーナリストに低い声で問い掛けた。
「いや、私こそそれは訊きたい」
両手を肩の高さまで上げてフェランは憮然とした面持ちで弁解した。
冬峰は長脇差を左手の鞘に納める。春奈達を押さえられている以上、ここは大人しく従っておくのが良策と判断したからだ。
しかし、と冬峰は自分を取り囲んだ者達の装備を観察しながら、その意図するところを読み取る。
自動小銃はAK103。現在も世界各国で使用されているAK47を現在の戦場に合わせて木製部分や金属部品を耐久性を損なわない程度に強化プラスチックに置き換えて軽量化を図ったものだ。AK47と同じく7・62mm×39弾を使用するAK103は、北半球の西側諸国で普及した5・56mmNATO弾より近距離での威力が高い為、対人用、そして世界中で問題となりつつある対深き者共用の火器としてもある程度の効果はあり採用する国家も多い。
一部の者はバーレットの五〇口径ライフルを手にしており、対人用として大袈裟な火器を有している。
フェランは辺りを見回してから声を張り上げた。
「おおい、責任者はいるか。この件は日本の有力組織と係わって来るから穏便に事を進めるって聞いてたんだがな」
「もう、そんな悠長な事を論じている場合ではないのですよ。ミスター・フェラン」
フェランの問い掛けが終わるより早く、春奈達を包囲する黒ずくめの男達がモーゼを通す海原の様に左右に分かれ、奥から赤い人影が歩み寄って来た。
その男は無個性の極みである黒ずくめの男達の中では異形とも言えた。
赤色のの光沢のあるインバネスコートに首に巻かれたチョーカー、赤のパンツに赤のブーツ。端正な目鼻立ちの顔に逆立った頭髪も赤。全てが赤かった。
「発火能力者がお出ましとは。ソロモン機関は何を掴んだんだい」
フェランは口笛をひとつ吹いてから皮肉気に頬を歪めた。
ソロモン機関、世界の対邪神組織の中でも最も権力を有する組織の主要メンバー自らが、この東洋の島国にある辺鄙な片田舎に赴いている。それだけで今、天門町で発生している事件が世界に対する脅威とみなされていることをフェランは読み取った。
「今、撃退した【黄衣の王】はハスターの【不死の代行者】。しかもこの町には【大いなるK】の代行者も現れたと報告を受けています。本来両者は同じ旧支配者のグループに属していますが、その主同様に不仲で相容れる事はありません。それが同じ町で争う事も無く活動している。これは驚くべきことです」
旧支配者と呼ばれる邪神、正確には異世界の生物である【大いなるK】とハスターは何故か相争う事が多く、フェラン自身も【大いなるK】復活を阻止する為、恩師である教授と共にハスターの僕の力を借りて活動していた頃があった。
「つまり、その恩讐を超えても手を結ぶ価値が、この地とこの一族にあると」
「その通りです」
フェランの問い掛けに赤い男は首肯した。
フェランは冬峰と春奈達を振り返りううむと唸る。
旧支配者の眷属であるロイガーを撃退した能力と、【大いなるK】の代行者を葬りハスターの代行者【黄衣の王】を窮地に追いやった。そんな一族の秘めている能力とは何なのか。
「で、ソロモン機関としてはそんな対象を野放しにしておけないから確保しておきたいと」
「はい。我々はすでに日本の帝都にある帝直属の組織【高天原】と接触して、【K】の標的であった少女を保護する許可を頂いています。その価値については彼女から訊き出すとしましょうか」
「何」
「ええ!」
フェランと春奈が驚愕の声を上げる。
そこまで彼等に詰まれているとなるとフェランはおろか、春奈の属する御門家の権力をもってしてもその決定を覆すのは不可能な事であった。




