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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
三章 死の旋風
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三章 死の旋風(17)

春奈(はるな)さんに助けを求めるのもなぁ……」

 そうつぶやいて冬峰(ふゆみね)は軒下へ視線を転じた。

 そこには九七式小銃を杖代わりに何とか立ち上がった朱羅木(しゅらき)が冬峰を見上げている。二度も爆風に吹き飛ばされ地面に激突したその姿は、黒背広はところどころ破けており左側の袖が無い。

 冬峰は小さくうなずくと飛来してきた渦を右手のナイフで造作もなく両断して消滅させる。先程風の障壁を一瞬切り裂き、いま渦の魔弾を両断したことから、この少年は常人とは異なる何らかの能力があるのではないか。

「タイミングを外すと手段()が無くなる。予備のナイフを持っておけばよかったな」

 再びナイフが投擲(とうてき)される。旋回(せんかい)するカランビットナイフが切り裂いた嵐の障壁の位置は、朱羅木の正面、頭上十五メートルにて回転する怪物の下部だった。

上手(うま)い」

 その理想的な位置に、つい朱羅木は感嘆の声を漏らしてしまう。

 わずかな時間、わずかな空間を狙って朱羅木は九七式の引き金を引く。その小ぶりな銃口から発射された六・五ミリ弾は銃弾に刻まれた神言(しんごん)が朱羅木の唱える神言と反応して術式を展開する。

 術式によって銃弾を雷だと誤認した世界は、銃弾に二十万ボルトの電圧を付加(ふか)。銃弾は竜巻の冬峰が切り裂いた隙間から入り込みロイガーの身体を斜め下方から上方に向けて貫いた。

「やったのか」

 再び竜巻の中に隠れた巨体が斜めに傾ぐのを目にした朱羅木は、獲物を仕留めた喜びに口角を吊り上げたが、無数の触手が一斉に起き上がり竜巻の中から突き出されるとたちまち表情を凍らせた。

 竜巻の中から現れた触手の数は少なく見積もっても五十を超え、その先端にはあらゆるものを吸い込み粉砕する空気の渦が形作られていた。それらが一斉にこの場所に降り注いだ場合、家屋も春奈(はるな)達も全て吸い込まれてさら地と化すに違いない。

「これはまずい」

 ぼんやりと冬峰がつぶやくがナイフを使い果たし素手となった自分に出来ることは無く、せいぜい上空に浮かぶ化け物からの攻撃を素手で受け止める事であろう。

 惜しむらくは急襲された為、自室に長脇差(ながわきざし)と投げナイフを仕込んだブレザーを置いてきたことだろう。それがあれば何とか戦い様があったかもしれないが、今、取りに戻っても間に合わないことは明白だ。

 ロイガーの触手が弧を描くと同時に、冬峰は何かを察知したのか、背後に大きく跳躍(ちょうやく)した。冬峰の元居た位置の屋根が内側から弾け、屋根瓦(やねがわら)が宙を舞う。

 屋根を打ち抜いたのは風だった。黄衣の王と同じく透明のその力は螺旋を描き大気を吸い込みながら宙に浮かぶ怪物に向かって突き進む。

 轟音を上げてロイガーを覆う竜巻と、風のドリルが激突する。

 風の障壁はそれを打ち破ろうと進む螺旋に吸い込まれ乱れて消える。残された宙に浮かぶ触手と目玉で作られた化け物は、防壁を打ち破った風に弾かれた様に(ねじ)れ、身体の四分の一、右上半分を飛び散らせる。

 空中で不規則に回転してのたうつ異形の怪物の姿に、【黄衣の王】が驚愕(きょうがく)したように頭上を振り仰いだ。

 深手(ふかで)を負ったのかロイガーは身体を回転させながらゆっくりと半透明になりふっと消え失せた。

「何て事だ。仮にも神様だぞ。」

 フェランは消え失せたロイガーのいた辺りを見つめて呆然とつぶやいた。長年、彼は異形の神々やその配下と戦ってきたが、このように力押しで退散させたのは初めてだった。

 不死の指導者を殺した少年と、どのような力か異形の神に致命傷を与える一撃を放つ何か。それが旧支配者や【大いなるK】達の求めるものかもしれない。

 フェランは天井に開いた穴から屋根の上に立つ冬峰を見上げる。少年は大きな脅威を撃退して気が抜けたのか、息を吐いてしゃがみ込んだ。

 フェランの背後から【黄衣の王】が天井の穴を通り抜けて冬峰に迫る。

 まずは丸腰の邪魔者から葬り去ろうとする魂胆(こんたん)か。それとも不死の指導者を始末した者への怖れか、【黄衣の王】は掌を冬峰に向けて死の風を送り込んだ。

「うわっと」

 かろうじてかわすもバランスを崩して軒下へ飛び降りる。

 その後を追いながら続けざまに放たれる竜巻に、冬峰は何とかかわし続けたものの、とうとう荒れた庭園で足を取られ身を滑らせた。

 その体勢の少年へ、無慈悲に迫るすべての物を腐食させる突風。

「冬峰!」

 千秋(ちあき)の叫びを(さえぎ)るかのように冬峰の足元から石壁が盛り上がり、【黄衣の王】から放たれた突風はその表面を叩くに(とど)まった。

「サンキュ、青桐(あおきり)

「どういたしまして。朱羅木!」

「受けろよ、火水鳴り!」

 青桐の声に応える様に朱羅木の七四式小銃から光弾が放たれる。

 その光弾に立ち向かう様に黄衣の王は大きく吠えて両掌を突き出した。

 落雷の様な轟音と熱に石壁の表面が溶けて結晶化する。石壁が無ければ冬峰はその余波を受けて消し炭と化していたであろう。

 【黄衣の王】の眼前で光弾が散り散りにはじけ飛ぶ。この旧支配者の代行者もロイガーと同等の力を持つのか。

「あれに耐えるか」

 フェランの苦虫(にがむし)を潰したような呻きに青桐は不敵な笑みを浮かべた。

「まだまだ」

 無傷とはいかなかったのか全身から白煙を上げる【黄衣の王】は、頭上からの羽搏きと鳴声に顔を上げた。


 Never More(またと鳴け)


 三本足に掴まれたそれは、石壁を上って跳躍(ちょうやく)した冬峰の左手に納まるように落とされた。

 受け取ると共に空中で白刃が抜き放たれる。

 長脇差を八双に構えて落下する冬峰に何かを感じ取ったのか、【黄衣の王】は先程朱羅木の一撃を防ぎ切った風の障壁を宙に向けて展開した。

 ただの刀の一閃に対する備えとしては大袈裟すぎるといえよう。【黄衣の王】自身も内心、大袈裟な備えだと呆れていることを知れば冬峰は満足するだろうか。

 フェランの脳裏に昨晩、冬峰とクトゥルーの代行者との死闘で見た水の障壁を打ち破った一撃が(よみがえ)った。

「まさか」

 袈裟懸(けさが)けに振り下ろされる一閃が轟音たてて渦巻く風の障壁とぶつかり、そのカーテンが切り裂かれると共に掻き消えた。

 あまりにもあっけない消失にフェランは【黄衣の王】自らが術を解いたものと勘違いしてしまいそうだった。

 むろん、【黄衣の王】にそんな意図は無く、そのまま振り下ろされる刀身から逃れようと背後に跳躍したが、その刃は右肩から左脇に通り抜け地面をわずかに割った。

 (うみ)の様な青白い液体を傷口から撒き散らしつつ【黄衣の王】は冬峰から距離をとって着地する。

 すで致命傷を負ったのか、両断されなかったものの絶え間なく腐臭(ふしゅう)を放つ体液を地面に垂らしつつ力が抜けたように両膝をつく。

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