三章 死の旋風(16)
春奈と千秋を捕らえる心算か、音も無く滑る様に宙に浮かび廊下と中庭を隔てるガラス戸から屋内に侵入しようと身を乗り出した【黄衣の王】だったが、突然鳴り響いた銃声と共に背後へよろめく。
黄土色のコートの表面に次々と着弾して布地を撒き散らす。
禁酒法時代のギャングの如く、ボストンバッグから抜き出したトンプソン1928サブマシンガンを腰だめに構えたフェランは、四十五口径の強い反動をものともせず引き金を引き続けた。
トンプソンの百連円形弾倉は送弾不良が起こり易い事で有名だが、フェランが手にしたものは手入れが行き届いているのか、一度も停滞すること無く銃身に弾丸を送り込み火を吐かせ続ける。
ようやく弾切れとなり、室内に鳴り響く銃声に両手で耳を押さえ耐えていた千秋は撃たれ続けた怪人に目を向け息を呑んだ。
【黄衣の王】は何事も無かったように縞瑪瑙の仮面を不気味に光らせて左手をフェランに向けたのだ。
あれだけ撃たれたというのに弾痕は全て消え失せ、【黄衣の王】の足元には腐った果実のように変形した弾丸が散らばっている。
銃弾という攻撃方法は同じだが朱羅木の方がわずかに与えるダメージが長引いたのは、使用された弾丸が超自然的な力で保護された為であろう。
【黄衣の王】の左掌より、フェランがトンプソンのドラムマガジンを取り外すより早く死の旋風が吹き出される。
それは銃撃で脆くなった壁をあっさりと腐食させて吹き飛ばし、フェランを包み込もうと室内に吹き込んだ。
フェランはその旋風を避けられないと悟ったのか、トンプソンから手を離して左脇に吊ったホルスターに納まったコルト四十五口径を抜こうと右手を持っていくが、これがあの怪人に効果があるとはフェラン自身も信じていない。
先程この拳銃に納まる倍以上の弾数を叩き込んだのだから。
フェランの指先が無骨な拳銃の銃杷に触れたとき、死をもたらす風は間近に迫っていた。
畳に何かが刺さる鈍い音と共に、ぷつりと旋風の轟音が途絶える。
フェランより五十センチ程手前の畳に、鎌の様な刃の形状をしたナイフが突き刺さっていた。
この回転しながら飛んできたナイフが、フェランの眼前まで迫った突風を切り裂き消滅させたとは助けられたフェランにも信じられない現象で、彼はナイフの飛来してきた方向へ呆然とした視線を向ける。
「はいはい、失礼、失礼」
その命の恩人は己が何を成し遂げたのか理解しているのかいないのか、面倒臭そうに猫背でナイフの傍まで歩み寄り、相撲取りが懸賞を受け取るように手刀で空を切ってナイフを拾い上げる。
冬峰は拾い上げたナイフの柄尻に開いた穴へ右手の人差し指を通すと、ナイフを逆手に握りこんだ。
腰の後ろに左手を回し、腰の後ろに付けたベルトポーチから同じ形状のナイフ、カランビットを取り出して右手同様に逆手に握る。
【黄衣の王】は冬峰を威嚇するように、両掌を冬峰に向けて開いた。掌の中に空気が流れ込み渦巻きを形成していく。
「風使いか。別段珍しくもないね」
冬峰が言い終わらぬうちに【黄衣の王】の両掌より突風が吹き出して冬峰を貫く。
「冬峰!」
千秋の目にそう見えたのは一瞬であり、残像を残して間一髪でかわした冬峰は身を低くして【黄衣の王】に駆け寄った。
冬峰が左右の手に握ったカランビットナイフで交互に斬りつけてくるのを、宙に浮かんでかわしつつ、【黄衣の王】は足も動かさず滑る様に中庭まで後退する。
冬峰も後を追い中庭に降り立ったが、改めて頭上の脅威を目にしてたたらを踏む。
フェランがロイガーと呼んだそれは、その大竜巻の中から無数にある触手の中の一本を突き出し冬峰に向けて振るった。
その先端から小さいピンポン球程度の空気の渦が放り出され冬峰に向かって飛んできたが、冬峰は目に見えないそれを勘で頭を軽く下げてやり過ごした。その空気の渦は冬峰の背後を通り過ぎ玄関の引き戸に当たり弾ける。
その瞬間、引き戸は洗面台に溜められた水が栓を抜かれて排水溝に引き込まれるのを連想させる様に、弾けた渦に吸い込まれ破砕音を立てて圧縮され消滅する。
「うわあ」
背後を振り返り冬峰は嫌そうに声を上げた。
確か檜作りの引き戸は高かったはず。いったい、誰がこれを弁償してくれるのであろうか。こいつ等に経済観念なんてあるわけないだろうし。
またもや竜巻から触手が突き出されるが、今度は一、二本ではなく、少なく見積もっても十数本がうねうねと上下している。先程の渦が一斉に放たれた場合、庭にいる冬峰はもとより、母屋にいる春奈たちにも無事ですまないかも知れない。
さあ、どうするか、と冬峰は自問したが良い手は浮かばない。
再びトンプソンの連続した銃声が鳴り響く。姿は見えないが、どうやらフェランと【黄衣の王】は戦闘中のようで援護は期待出来そうにない。
「来る」
触手から放たれた最初の数発を切り落とすしかない。冬峰は屋根によじ登り、両手のカランビットを逆手に握り直す。
「召雷召力 雷火雷音 身削霊注 火足陽霊 水極陰体」
不意に軒下から呪文が響き、片膝立ちで小銃を構えた朱羅木が姿を現した。右こめかみから流れる血をぬぐわず小銃のスコープを覗き込む。
庭の陣地が破られた際、発生した爆風に吹き飛ばされ右顔面を強打した防人は、そのお返しをするように引き金を引き絞り弾丸を放つ。
「撃ち抜け〝火水鳴り〟」
朱羅木の構えた九七式小銃の銃口から白色の閃光が延びて宙を裂く。それは竜巻から現れた触手が渦を放ったのはほぼ同時であり、閃光は渦を巻き込んで消滅させて本体の竜巻に突き刺さる。
その軌跡はSF映画のレーザー光線の様だ。
朱羅木が口にした通り落雷の様な音を立てて着弾したが、閃光は竜巻を通り抜けず表面で四方八方に飛び散り消え失せる。
「何!」
朱羅木は驚愕して九七式小銃の次弾を装填したが、発砲するより早くカメレオンの舌が伸びる様に触手が竜巻から弾き出され朱羅木の足元を襲った。
爆発するように発生した突風は朱羅木を吹き飛ばし、再度地面に叩きつける。
冬峰は短く舌打ちして右手のカランビットナイフを投擲した。
ブーメランのように回転するそれは、ロイガーの潜む大竜巻に触れると一瞬だけ風の障壁を切り裂き中の異形を冬峰の目に曝す。
その姿は巨大な無数の触手で作られた団子状の物体であり、触手と触手の間を直径一メートル程の目玉が複数、鼠の様に動き回っている。目玉は動きを止めるたびに瞬きを繰り返し、緑色に発光した。
投擲されたカランビットナイフが動きを止めて竜巻に吸い上げられると隙間は塞がれ、異形の怪物は再び竜巻の中心に隠れてしまう。
冬峰の攻撃はナイフを投擲すれば一瞬だけ風の壁を切り裂くものの十五メートル頭上の怪物には届かず、またあの巨体にナイフの一撃が届いたとしても、ダメージは微々たるものであろう。
それに朱羅木の放つ雷の銃弾は風の壁に阻まれ本体までは届かない。




