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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
三章 死の旋風
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三章 死の旋風(15)

 それに対して庭のあちこちから人の背丈程の巨大なカナヘビや、鎌を擦り合わせる大蟷螂(おおかまきり)。口から糸を吐く黒蜘蛛(くろくも)がいっせいに飛び掛った。

 しかし【黄衣の王】はそれすら目に入らないのか、うっとうしそうに右腕を振ると旋風(せんぷう)の一部がふくれ黒蜘蛛を巻き込んだ。

 黒蜘蛛はあらがう間も無く身体がねじれ、足が千切れ飛んで無残な(しかばね)を庭に撒き散らした。

 また、その他の大蟷螂やカナヘビも飛びかかったもののその旋風の防御を突破することも出来ず、巻き込まれて宙に消え失せる。

「敵もなかなかやるわね。これならどうかしら」

 居間のちゃぶ台に置かれた箱庭をのぞき込んだ青桐(あおきり)は、背広の内ポケットから一本の黒い羽を取り出して赤いビー玉のかたわらに突き刺す。

「それって何だい。東洋の神秘ってものかな?」

 フェランは興味深々(きょうみしんしん)といった(てい)で青桐に(たず)ねた。

 箱庭には石造りの(かえる)や木彫りのトカゲや蟷螂の模型も置かれていたが、誰も触れてはいないのにバラバラに壊れて横たわっている。

「これはたまたま三本足に生まれた(からす)を、祭り上げて神鳥として育て上げたものの羽根です。まあ一種の呪具(マジックアイテム)ですね」

 居間に鴉の羽ばたきと鳴声が響き渡る。

「――」

 フェランは天井を見上げるが鴉の姿など確認出来なかった。

 中庭では【黄衣の王】が己と母屋(おもや)(へだ)てる見えない壁を、その掌から吹き出す突風でなぎ倒そうと右手をあげていた。

 何度旋風をぶつけても空間から異音はするものの、見えない障壁(しょうへき)の破れる気配は感じられない。

 彼の作り出す風はただの風ではない。その風圧はもとよりその風に触れると鉄すら一瞬の内に腐食する。

 よほど強固な障壁が掛けられているのか、それとも術者が優れているのか。

 【黄衣の王】はこのままでは(らち)が明かないと判断したのか、人差し指を立て眼前の見えない障壁に紋章(もんしょう)を描き始めた。

 円の中にイソギンチャクのような模様が描かれたそれは、その中央から目に見えない瘴気(しょうき)を噴き出しているようでひどく禍々しい。

 紋章を描き終えて呪文を唱えようとした【黄衣の王】の周囲が突然(かげ)り、見上げると一羽の鴉が満月を背にして滞空しており、その影が【黄衣の王】を(おお)うように落ちていた。

 鴉が鳴声を上げると地面に落ちたその影はどんどん色を濃く変化させていく。

 その影に覆われた【黄衣の王】は、いきなり倒れ込むようにして地面に両手両膝を付いて身体を支える。

 何かに耐えるように身体を震わせていたが、かたわらで同じく影に覆われていた石灯籠(いしどうろう)が砕けると共に地面に這いつくばった。

 まるで鴉の影の部分のみ重力が増大したかのように、影の形に添って地面が陥没し始める。

 すでに【黄衣の王】は四つん這いで無く、地面に腹這いとなっていた。かろうじて顔を横に向けているが、指先ひとつ動かすことも出来ず苦悶(くもん)する。

 何とか竜巻を起こし身体を浮かせようとするのか、ときおりコートの裾がはためくが周囲の土を崩す程度でありこの状態を脱するまでには至らなかった。このままでは数分以内に口から身体の中身を吐き出す事になるであろう。

 ピシリッ、とガラスの割れるような音と共に縞瑪瑙(しまめのう)の仮面の左こめかみから左目にかけてヒビが発生する。

 それに焦燥感を抱いたのか、その仮面の下から不可思議な言葉が漏れ始めた。

「いあ いあ ろいがあ うぐう しゅぶにぐらす」

 【黄衣の王】の唱える言葉に合わせ、障壁に描かれたイソギンチャクのような紋章が震えて周囲に生臭い異臭が立ち込める。

 もし、この場に冬峰が居れば、【黄衣の王】のつぶやく言葉が、昨晩に学校で死闘を演じた石仮面の詠唱(えいしょう)した呪文に類似している事に気がついたであろう。

 また、それがもたらす結果にも。

「ろいがあ ふたぐん くとぅるう ふたぐん いたか いたか いあ いあ ろいがあ なふる ふたぐん ろいがあ くふあやく ぶるぐとむ ぶるぐとらぐるん ぶるぐとむ あい あい あい」

 突然、世界が震えた。

 家屋が大きく揺らぐと共に、ちゃぶ台に置かれた箱庭の赤いビー玉を捕えていた円模様と伏の文字が箱庭の一部ごと吹き飛び飛び散った。

 飛び散る箱庭の破片から春奈(はるな)を押し倒してかばった冬峰(ふゆみね)は、背中にかかった土塊(つちくれ)を払い落として中庭へ目をやる。

 窓ガラスは破れて廊下に撒き散らされ、そこからのぞく風景は見慣れた日本庭園ではなく、木々はへし折れ草花は千切れ飛んだ荒地と化していた。

 そしてその中央に、宙に浮かんで不敵な笑みを浮かべているような錯覚をさせる縞瑪瑙の仮面を被った怪人と、その背後で渦巻きあらゆるものを吸い込み粉砕する大竜巻が出現して荒れ狂っている。

「陣地が破られました。どうやら大掛かりな転移魔術が使われたようです」

「ああ、見えているよ」

 青桐の報告に、冬峰は魂を奪われたかのように呆然と庭の光景を眺めたまま言葉を返した。

 天まで届く大竜巻の中、渦巻く大気の層に(はば)まれはっきりと見えないが、十五メートルほどの巨大な影が揺らぎ(うごめ)いている。

 (たとえ)えるなら巨大な回転するイソギンチャクで、ときおり渦の中心で輝く禍々(まがまが)しい緑色の光が青桐とフェランの胸中に不快さを湧き出させた。

「まさか、あれは【ロイガー】か」

 フェランが震える声でつぶやく。

 何時も韜晦(とうかい)したような笑みを浮かべるこの男でも恐怖を感じるのか、額をぬぐった右腕を握り締め身体の震えをこらえた。

「【星間宇宙の只中(ただなか)で風の上を歩むもの】。イタカだけでなくロイガーまで現れるとは、ハスターもこの件に関っているって事か。こうなると教授の助けは期待出来ないな」

 家屋を襲う振動と轟音に驚いたのか、居間には部屋に引き上げていた千秋(ちあき)紅葉(くれは)夏憐(かれん)の三人が駆け込んできた。夏憐の手に数枚のトランプがあることから、どうやら三人で集まってトランプのゲームを楽しんでいたらしい。

「ハルねえ、何があったの。うわっ、何これ、竜巻?」

「冬峰、いったい何が……」

 千秋も庭の惨状に戸惑(とまど)いを隠せず、冬峰を不安に満ちた目で見つめる。

 そのとき【黄衣の王】の仮面が居間の方向へ向いた。

 冬峰にはその視線が千秋と春奈の二人を捕らえているように感じられ、千秋も悪寒を感じたように両肩を抱え身体を震わす。

「春奈さん、みんなを連れて奥へ避難して。俺は何とかあいつ等を食い止める」

 春奈達を背後に(かば)い、冬峰は少しゆっくりとした口調で指示をする。

 こんな時にものんびりしている様に見えるのは彼らしいが、これから死闘を演じるであろう態度にはふさわしくないだろう。

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