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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
三章 死の旋風
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三章 死の旋風(14)

「ちっ」

 朱羅木(しゅらき)は平然と自分に向かって歩き出した【黄衣の王】に舌打ちをしつつ弾倉(マガジン)に残った二発を仮面に撃ち込むと、すぐさま弾倉を交換して六発をぼろぼろのコートの中央に叩き込んだ。

 銃声がひと続きに聴こえる様な連射に【黄衣の王】はわずかに上体を揺らめかせるも、何事も無かったかのように庭先へ侵入した。

「なんて奴だ」

 朱羅木は再び歩き出した【黄衣の王】に驚きを隠せなかった。

 【黄衣の王】の頭部に放たれた弾丸は、縞瑪瑙(しまめのう)の仮面を貫通出来ず表面に弾かれ、胸部に放たれた六発も背中から抜けるだけで相手に何の痛痒(つうよう)も与えることが出来ていないようだ。

 朱羅木が冬峰に語ったとおり、この九四式拳銃の弾丸は御門家の所有する神泉(しんせん)にさらされた水銀と鉛を混ぜた弾頭である。それ(ゆえ)人間のみならず、不成仏霊等の人外の存在すら滅ぼす事が可能である。

 しかし、この縞瑪瑙の仮面を被った怪人は四肢(しし)を撃ち抜かれたばかりか、胸に大きな風穴を開けられようが平然と歩を進めている。よほど大きな力が与えられているか、浄化(じょうか)出来ない別系統の妖物か朱羅木には判断出来なかった。

 不意に【黄衣の王】が音も無く、地面すれすれを浮遊する風船のように足も動かさずに朱羅木との間合いを詰める。

 余りにも無造作に接近された為、朱羅木の反応が少しばかり遅れた。

 ぼろぼろのマントの裂け目から、青黒い肌の色をした水を吸ったスポンジのように(ふく)れ上がった掌と芋虫の様な指が現れ、突き出された九四式拳銃の銃身を(つか)む。

「うおっ」

 咄嗟(とっさ)に朱羅木が九四式拳銃を手放したのは身の危険を感じたのではなく、【黄衣の王】の身体から吹き出す腐った卵もしくは硫化水素(りゅうかすいそ)の様な臭いに耐えられなくなったからかもしれない。

 【黄衣の王】の手の中に残った九四式拳銃は肉塊が腐りは果てるように形が崩れ、しだいに地面に()れていった。

 まるで【黄衣の王】の体内には腐り果てた肉と(うみ)が詰まっており、そしてこの怪人に触れられたものは全て腐食(ふしょく)するのではないかと朱羅木に錯覚させる。

 朱羅木は塀に立てかけた長さ一メートル五十センチ、幅三十センチのハードケースに目をやった。この箱内には朱羅木にとっての切り札が納まっているが、修羅木はそれを使用することを躊躇(ためら)う様に歯噛みする。

「この場所では、近過ぎるか」


 一方、応接間ではちゃぶ台に置かれた箱庭を前にした青桐を中心に、冬峰(ふゆみね)春奈(はるな)、フェランがじっと箱庭の中で転がる赤と青のビー玉を眺めていた。

「押されているわね。陣地(じんち)に閉じ込めるのが手っ取り早いか」

 赤いビー玉が真っ直ぐ母屋(おもや)に突き進んでくるのに対して、青いビー玉は赤いビー球にかちあっては(はじ)き返され周囲をぐるぐると旋回(せんかい)し始めた。

「これ、赤いビー玉が侵入者で青いビー玉が朱羅木さんですか」

 春奈の問い掛けに、青桐はうなずいてから銀の針を胸ポケットから取り出して赤いビー玉と母屋の間に突き立てて祓詞(はらいことば)を唱える。

「掛けまくも(かしこ)伊邪那岐(イザナギ)大神筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(あわぎはら)御禊(みそ)ぎ祓え給いし時に生り坐せる祓戸の大神達(もろもろ)禍事(まがごと)

 銀の針で箱庭の地面に一筆書きの様に複数の円を連ねて書き、円の尻に「伏」と漢字で結ぶ。

罪穢(けがれ)あらむをば祓え給え清め給え(もう)す事を聞食(きこしめ)せと(かしこ)み恐みも白す」

 母屋の模型に向かって転がっていた赤いビー玉は、その円に触れると引っかかったように震えて動きを止めた。続けてその線に沿ってぐるぐると回り始める。

「これで侵入者をこの箱の陣地に封じられます。後は八百万の神に任せましょう」


 その頃【黄衣の王】は両手を前に突き出し朱羅木に迫るが、不意にその姿が水鏡に映った虚像のように揺らぐと跡形も無く消え失せた。

「どうやら陣地に誘い込めた様だ」


 右耳のイヤホンより聴こえる青桐の声は、正門前の戦いを観察していたのかわずかに安堵(あんど)の響きを含んでいるように朱羅木には聞き取れた。

「ああいう得体(えたい)の知れない手合いは閉鎖空間に閉じ込めるのが一番手っ取り早い」

 朱羅木は【黄衣の王】が姿を消した位置まで歩み寄り地面を見下ろす。

 そこには青桐が箱庭に描いた文様(もんよう)が寸分たがわず写されている。【黄衣の王】はこの文様を踏んだ途端、消え失せたのだ。

「閉じ込めるならさっさとやれ。弾がもったいない」

「わざわざ活躍の場を用意してやったんだ。有り難く思え」

 朱羅木の減らず口に青桐の皮肉が返され、朱羅木の口端が不愉快に歪められた。

 確かにあのままだと母屋(おもや)にまで侵入された可能性が高い。

 冬峰は昨夜、単独で千秋を守り通したらしいが、あの忌々(いまいま)しい半欠けより役立たずだと思われることが朱羅木には非常に腹立たしかった。


 朱羅木の前から消え失せた【黄衣の王】の、縞瑪瑙の仮面に隠された表情はうかがえないが明らかに困惑(こんわく)していた。

 邪魔者が突然消え失せ、これ幸いと庭を横切ろうとすると庭に中央にあるため池を越えた辺りで正門前に引き戻されるのである。

 円内をぐるぐると回っている様で、迂回(うかい)するように母屋に近づこうとすると、透明の壁に(はば)まれてそれ以上進むことが出来ない。

 【黄衣の王】の長く生きた経験から、この現象は人為的な空間歪曲(わいきょく)の一種と推測出来るが、術者が優れているのか空間の結び目が判別不可能であり、いったんその場から撤退するべく使い魔を呼ぶが応答する気配もすらない。

 そうして何度目かため池を通り過ぎようとすると、ため池の中央に置かれた縦横一メートル程度の石の上に、石造りの(かえる)が置かれているのに気がついた。

 その石造りの蛙は【黄衣の王】が見つめているとどんどん黄土色の質感を持ちはじめていく。

 【黄衣の王】の目線と対等に、そして更にその頭上へ、石造りの蛙はもはや大蝦蟇(おおがま)と形容するにふさわしい威容(いよう)をもって、五メートルの高みから【黄衣の王】を見下ろしている。

 ぱかりと大蝦蟇の口が開かれ、その口腔内に収められた赤黒い蚯蚓(みみず)のように脈動する舌が勢いよく飛び出して【黄衣の王】に巻き付いた。

 粘り気のある唾液(だえき)に濡れたその器官は、ひゅっと風を切る音を立てて口腔内へ戻り、大蝦蟇の大きく開いた口へ【黄衣の王】を運んだ。

 大蝦蟇の口元から二本の足がはみ出してしばらく足を上下に振っていたが、大蝦蟇の喉が二、三度しゃくり上げるとその足も吸い込まれて見えなくなった。

 大蝦蟇は満足したのか、ひとつ喉を鳴らすとその腹をを大きくふくらませ始める。

 そのふくれる速度は異常に早く、平べったい頭部までふくれあがった腹の影に隠れると、次の瞬間、風船が破裂する様な音を立てて大蝦蟇の腹が弾け跳んだ。いや、腹だけではなく、大蝦蟇の手足すら吹き飛び四方に飛び散る。

 ため池の中央に鎮座(ちんざ)していた岩すら砕け散り、後には旋風(せんぷう)の渦の中央に立つ【黄衣の王】が残った。

 その風圧は凄まじく、【黄衣の王】の移動と共に地面はえぐれ、庭を(いろど)る草花や花壇のレンガが庭土ごと宙へ放り出される。

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