三章 死の旋風(13)
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「御馳走様でした」
おかわりのシチューを平らげた正体不明の外国人は、両手を合わせてからシチュー皿に一礼した。
「やっぱり美人の作る料理は美味しい。毎日通いたいぐらいです」
「そうなんですよ。冬峰さんの作るご飯はいつも美味しくて」
「………」
「………」
とても嫌そうな顔をする冬峰とフェランだったが、居住まいを正した春奈が、「それで、私達に何の御用でしょうか」と切り出すと、フェランも正座したまま背筋を伸ばし、真剣な面持ちで口を開いた。
「昨晩、いや一昨日の晩から、その後ろの彼と彼女はある組織に襲われました。一昨日は何とか逃げ切りましたが昨晩は学校まで彼らが押し寄せてきました」
「そうだったんですか?」
それについて蚊帳の外に置かれていた春奈は振り返って冬峰と千秋に問い掛けたが、冬峰は溜息をついて、「余計なことを……」とでも言うように予期せぬ来訪者をぼんやりと睨みつけた。
「う~ん、私は冬峰さんが千秋ちゃんの下宿に泊まるって連絡がありましたから、てっきり……ごにょごにょかと……」
最後は聞き取れなかったが、どうやら春奈は何か勘違いをしていたらしく顔を赤くしてうつむいてしまった。
それを聞いた千秋も顔を赤くする。
「?」
冬峰、紅葉、夏憐は解っていない様で顔を見合わせる。
「その心配はありませんよ。私もその場に居合わせましたし」
「あなたも泊まったんですかぁ!」
誤解を解こうとしたフェランのフォローを耳にした途端、いきなり大声を上げた春奈に驚いて仰け反った冬峰と頭を抱える千秋。
青桐は固まったまま口を挟めないでいた。
「三人とも酷いです。不潔です。え、違う?」
春奈は顔を真っ赤にして顔の前で手を振って否定する千秋をきょとんとして見つめていたが、何かを思いついたように目をすわらせてフェランに問い掛けた。
「そういえば、どうして私達の家が解ったんですか?」
「それは、」
フェランは背広の胸ポケットから一枚の写真を取り出し座テーブルの上にそっと置く。
その写真は遠くからかなりの倍率で撮影したものらしく、被写体である男女は回りに障害物がないにも関らず撮影されたことに気づいていないようだった。
「冬峰さんと千秋ちゃんですか。ここは商店街前のバス停ですね」
今日の買い物帰りだろう。両手に大きなビニール袋を提げた冬峰と一回り小さなビニール袋を抱えた千秋が並んでバスを待っていた。
ぼんやりと前を向いている半眼の少年と、その少年の横顔を見つめている少女は親密な間柄に見えなくもない。
「このカップルはどこの誰か虱潰しに訊き回ったら、親切な商店街のマダムがここの住所を教えてくれたんだよ」
冬峰は天を仰ぎ、千秋は対照的にうつむいてぶつぶつと何かをつぶやいた。「もう、外を歩けない」と紅葉は聴き取ったが、それがどのような意味かは解らなかった。
春奈は腕組みをしてうーんと唸ったが、彼女の脳内でどんな結論が出されたのか皆が固唾を呑んで見守る中、ひと言つぶやいた。
「新婚さんみたいでうらやましいです」
ぺしっつと、額に青桐の突っ込みチョップを入れられ春奈は「あいたっ」と額を押さえて仰け反った。
「真面目に訊いて下さい。話が進みません」
「真面目ですよう」
額をこすりながら春奈は涙眼でフェランに向き直る。美人なだけに何と無く情けない。
「ええと、ミスターフェラン。私達一族には確かに他の方々とは異なる能力を持つ者がいます。しかしその能力は先祖代々秘中の秘とされており貴方に明かすことは出来ないのです」
春奈はその艶やかな黒髪で彩られた頭を下げた。ぱさりと畳の上に黒髪が触れる。
「ごめんなさい。二人を助けて頂きましたが、私共はこのような返答しか返せません」
春奈の返答にフェランは胸前で腕組みをして目を閉じた。下顎を突き出すようにして息を長く吐いた後、「まあいいか」とつぶやいて笑みを浮かべる。
この男がこのような笑みを浮かべると、少しくたびれた中年手前から、世間ずれしていない青年の様に若返るように千秋には見えた。
ひょっとしたら、この男は本来、この様な笑みを浮かべる人生を送るべき生き方をしていたのかもしれない。
「私の目的は、君達を襲った【K】の崇拝する【大いなるK】や旧支配者と呼ばれる異世界の神の復活を阻止する事なんだ。奴等が何故、千秋君を必要とするのか理由を明かせないのなら構わない。それなら彼女の護衛に私も加えてもらえないか?」
春奈は形の良い眉を寄せてしばらく考えていたが、冬峰を手招きして傍らに座らせた。
「どうします。私は信用してもいいと思うんですけど、一緒に戦った冬峰さんの意見も訊きたいんですけど」
「まあ、良いんじゃない。盾には出来そうだし」
「そうですね。それに目の届かない所で好き勝手されるより、傍に置いておいて監視した方が私達も安心出来ますからね。何かあったら本人の不注意ですから」
納得したのか冬峰とのひそひそ話を終えた春奈は、再びフェランに向き直りぺこりと頭を下げた。
「有り難う御座います。こちらの都合ばかり押し付けて申し訳ありませんが、お手伝い御願い致します」
「何気に酷いね、君達」
牽制なのか、それとも抜けているのか、目の前で聞こえるようにひそひそ話をする二人にフェランが呆れた様に苦笑を浮かべた。
こちらも目の前で利用するぞと言われているのにさほど問題にはしていないようだ。
「それでは……」
春奈の言葉を遮るように、ぴしっ、ぺきっと乾いた木の枝の折れる音が室内に響き、青桐が傍らに置いた木箱の蓋を開けて中を覗き込む。
忠実に再現されたミニチュアの中庭、いや箱庭と呼ぶべきだろう。箱庭の四隅に立てられた榊を結ぶ細い縄のうち正門側が切れており、その間を赤いビー玉が一個転がっていた。
「どうやら侵入者ですね。しかもたった一人とは油断しているのか」
青桐は背広の胸ポケットから携帯電話を取り出し庭で警護している朱羅木を呼び出した。
「朱羅木、侵入者だ。確認出来るか?」
「とっくに気づいているよ」
朱羅木はいきなり空から降って来て正門前に着地した人影に面食らいつつも、素早く背広の左脇から九四式拳銃を抜き出して人影に銃口を向けながら右耳に装着したハンズフリーの携帯電話のマイクに怒鳴った。
縞瑪瑙にカッターナイフで切れ込みを入れただけのような笑い仮面を被り、ずたぼろの黄土色のコート羽織った人影は、九四式の小ぶりな銃口を恐れた風もなく中庭に歩き出す。
その人影は昨晩、死闘を終えた冬峰達の前に現れ、フェランが【黄衣の王】と呼んだ怪人であった。
「止まれ。一歩でも動いてみろ、撃つぞ」
つっと人影が警告を無視するように歩を進めた為、朱羅木は人影の両肘と両足首を狙って九四式拳銃の引き金を引く。
「馬鹿か」
直径八ミリの水銀と鉛を組み合わせた弾丸は標的の内部に侵入するや、三倍以上に膨張し筋肉や骨に多大なダメージを与えるはずが、あっさりと貫通して門柱に傷を付ける。




