三章 死の旋風(12)
「くっ」
朱羅木がその恐怖と緊張に耐えられず南部拳銃の引き金を引く寸前、鈍い音と共に「OH!」と間の抜けた男の声がした。
朱羅木は右手が旋回して声のする方向へ南部拳銃の銃口を向けると同時に、低く太い声で恫喝する。
「誰だっ!」
この時、朱羅木と同じく声の方向へ顔を向けた冬峰の表情が「うわあ」と、珍しく心底嫌そうに歪んだ。
何時も寝ぼけている様な表情しか浮かべていないこの少年にしては本当に珍しいことだった。
「痛た、門柱に足ぶつけた」
ボストンバッグを肩から袈裟懸けに下げ、片足を抱えて飛び跳ねる外国人男性に朱羅木はもう一度「誰だ!」と問い直した。
その茶色の髪にくたびれた茶色の背広を羽織った長身の白人男性は、涙を浮かべた目を二、三回瞬きした後、ようやく自分に向けられた銃口に気がついたのか両手をバンザイをするように高々と上げる。
「ヘルプッツ! 怪しくないよ、ただのフリーのジャーナリストだよ。ねっ」
冬峰に向かって助けを求めるように片眼をつむって愛嬌を見せるアンドリュー・フェランだが、冬峰は|呆れたような冷たい視線を向けて人差し指を突きつけた。
「コイツ、【K】の幹部だから撃って良いよ」
「ひ、ひどいぞ君は」
がしっと冬峰の腰にタックルをかまし、ぎゅっと細いがたくましい腕で締め付ける。
「離れろ! シチューがこぼれる」
「昨晩二人で過ごした熱いひと時を君は忘れたのか。朝食も一緒にとっただろう」
「知るか、変な言い回しをするな。誰だお前に日本語を教えた奴は!」
へばり付くフェランを引き剥がそうと肘でグーとフェランの頬を押し放す冬峰と、引き外されまいと長い足を曲げて冬峰の足にからめようとするフェラン。
その二人のやり取りに額の青筋がどんどん増えていく朱羅木。
「何の騒ぎですか、朱羅木」
騒ぎが中庭まで届いたのか、正門に顔を出した青桐は入り込んだ部外者に形の良い眉をひそめて朱羅木へ質問した。
青桐の後についてきた千秋は、冬峰にしがみ付いた顔馴染みになりつつある外国人を一目見て先程の冬峰同様とっても嫌そうな顔をする。
青桐は千秋に「知り合いですか。」と訊ねたが、千秋と冬峰は同時に首を横に振って否定した。
「これはこれは、綺麗なお姉さんじゃないか」
冬峰をからかうのも飽きたのか、フェランは青桐の姿を視界におさめると冬峰から離れて青桐へ向かって一礼した。
そのままスタスタと歩み寄り、青桐の手を取ると手の甲へ口づけをする様にしゃがみ込み顔を寄せるが、流石にそれは嫌なのか青桐は強引に右手を引き外しフェランを睨み付ける。
「何の用ですか。あなたは」
フェランはそんな青桐のつれない態度にもくじけた様子は無く、おそらく自分自身では魅力的だと思っている微笑を浮かべて青桐の肩に手を回した。
「実は……僕はあなたを守るためにこの世界にやってきた正義の味方なのです」
「さっきはフリーのジャーナリストと名乗ってなかったか?」
半ば呆れたように指摘する冬峰に「鋭いね、君。」とフェランは笑ってごまかそうとしたが、千秋の冷たい軽蔑するような視線に気付いて咳払いをひとつすると青桐の肩から手をどける。
「とにかく、君達はとても危険にさらされている。早く別の場所へ逃げた方がいい」
青桐は冬峰に目をやり、声に出さず唇のみ動かして信用できるのかと問い掛け、冬峰は小さくうなずいた。
正体不明で信用出来ないところも有るが、【K】と彼が対立しているのも確かだ。
「危険て事は、また昨晩みたいな奴らがここに押し寄せてくるとか」
冬峰が脳裏に浮かべたのは、昨晩の死闘の帰りに目撃した仮面の男、フェランが【黄衣の王】と呼んでいた怪人の姿であった。
昨晩校舎内にて始末した石仮面の男とは被った仮面の種類こそ違うものの似たような雰囲気を持っていた。
【黄衣の王】も石仮面の様な不死身に近い者ならば、青桐と朱羅木の二人でも苦戦は確実だろう。
「間違いないだろうな。ひょっとしたらさらに厄介な奴等が出てくる可能性もある」
フェランの返事に黙り込んだ冬峰を、千秋は不安そうに見つめた。
昨晩の死闘の内容を千秋は知らないのだが、冬峰とフェランの様子や半ば倒壊した校舎からただ事ではないと想像出来た。
「冬峰、私は昨晩の件については君からある程度報告を受けているが、それ程厄介な相手なのかい?」
青桐の質問に冬峰は首を縦に振った。
「厄介もどうも、たぶんあれが奴らの実力ではなかっただろうね。僕は奴等が油断していたから何とか出来たと思っているんだ。」
ふむ、と青桐は形の良い眉を寄せて右人差し指を眉間に当てた。暫く黙考した後、フェランへ向き直り一礼する。
「申し訳ありませんが、私達はこの場所とここに住まわれる方を守る為に存在します。相手がどんな悪鬼羅刹であろうと逃げるわけにはいかないのですよ」
フェランは青桐の意見に皮肉めいた笑みを浮かべ本家の家屋を見やった。
「死んだらどうしようもないんですがね。ここにいるのは大統領か殿様ですか? 昨夜、千秋くんとそこの少年が狙われたが」
「さて、ただ高貴な方とだけお教えしますよ。意味解りますか。」
フェランと青桐の視線がぶつかり見えない火花が散るようだった。
朱羅木が左脇に右手を差込み南部拳銃のグリップをつかみ、千秋にシチュー皿を渡した冬峰が腰の後ろに取り付けたポーチのファスナーを開けて折り畳みナイフに手を掛ける。
冬峰と朱羅木が対峙した時より強い緊張感が正門周辺を包み、がんがんがんっと金属音が響き渡った。
「冬峰さーん、千秋ちゃーん。シチューが食べられちゃいますよ~」
シチューの鍋をドラムの如くお玉で打ち鳴らしながら響いた間延びした女性の声に、正門に居た冬峰以外の者達は力が抜けた様にバランスを崩した。
特に地面に両膝をついて「高貴な……」と青桐が痛々しい。
三人の視線を浴びながら春奈は正門前まで警戒した風もなく歩いて来る。
春奈の左右対称の整った顔立ちと腰まで掛かる艶のある黒髪にフェランはしばし見惚れていたが、手前まで歩み寄ってきた彼女がシチュー鍋を下ろし会釈すると慌てて頭を下げた。
「お客さんですか?」
春奈は彼女を守るようにフェランの前に立ち塞がった青桐を軽く手を挙げて制止してフェランの顔をのぞきこんだ。
「厚かましい平和と安全のセールスマン、だよな」
「美しいお姫様も守るけどね」
フェランは冬峰の皮肉に軽口で答えて春奈にウインクするが、当の春奈は気にした風もなくシチュー鍋を傾けて中身をフェランに見せて微笑んだ。
「もし、よろしければ晩御飯など如何ですか?」




