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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
三章 死の旋風
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三章 死の旋風(11)


 千秋(ちあき)は引き戸を開けて中庭に出る。

 丸い月が鏡の様な冷たい光を放っており、それが闇を冷やしているかのように千秋は肌寒さを覚えた。

 中庭にはウエーブのかかった長い髪に大きめのサングラスを掛けたスーツ姿の女性が、片膝を着いて何やら庭の土をほじくっては(かたわ)らに置かれた縦横高さ三〇センチ程の木箱に放り込んでいる。よほど作業に熱中しているのかスラックスの膝が汚れるのもお構い無しだ。

「あの……青桐(あおきり)さん」

 千秋が遠慮がちに背後から声を掛けると、すでに気がついていたのか青桐は胸ポケットから取り出した携帯用ウエットティッシュで両手を拭いて立ち上がった。

 振り向いた彼女は千秋より頭一つ分高い長身を曲げて一礼する。それはまるで関西の女性劇団の演者の様に優美なものだった。

「申し訳ありません、千秋様。手が離せない状態でしたので」

 よく通る声で千秋に()びを入れた後、千秋の右手に乗ったシチュー皿を見つめて(かす)かに眉をよせた。

「御門家当主から夕食の差し入れです」

 仏頂面(ぶちょうづら)で皿を差し出す千秋に合点がいったのか、少し表情を緩めて青桐は、ああ、そうですか、とつぶやく。

 サングラスで表情こそ判らないものの、少し嬉しそうな笑顔を浮かべているようにも千秋には見えた。

「全く、春奈様は気を使い過ぎる。困ったものです」

 青桐は両手で(うやうや)しく受け取ると、皿に一礼してからスプーンを手に取った。

「気を使いすぎるって、以前にもこんな事が有ったのですか?」

 千秋の問い掛けに青桐はシチューを口に運ぶのも中断してうなずき、再び困った様に眉を寄せる。

「そうなんです。近所にチカンが出没するので見張っていたのですが、春奈様は自ら食事を持って中庭にお出になられまして。しかも一緒に食事をしようと隣に敷物を敷いて腰掛けてしまったのです」

 私は、春奈様を押し倒したくなるのをこらえるのに、と青桐が呟くのを眺めながら千秋は、ふと思った。


 その行動が、当主と認めて貰う為の計算ずくの行動だとしたら。


 千秋は頭に浮かんだ疑問をまさかと首を振って打ち払った。私はどんどん意地が悪くなっているらしい。嫌になる。

 千秋はうなだれるように視線を下げると、先程まで青桐が土を入れていた木箱が目に入った。(コケ)やら小さな木の枝、小石等でこの御門本家の中庭が作られている。

 庭の四隅に立てられた(さかき)も忠実に再現されており、文字通り箱庭というべきであろう。

「それは【陣地(じんち)】です。まだこの庭の八百万(やおろず)の神々を移してはいないのですが」

 千秋が何を聞こうとしたのか予想したのか、青桐は口腔内に残ったシチューを嚥下(えんか)して説明した。見掛けと異なりとても付き合いの良い人かもしれない。

「この庭に居つく八百万の神の一部をこの箱庭内に納めることにより、この箱庭は庭そのものに変わります。その後、この箱庭に細工を(ほどこ)して侵入者に対する備えを作ります。例えますと、エコロジーなセキュリティーですね」

「はあ」

 千秋は曖昧にうなずいた。

 何と無く箱庭の役目は判ったのだが、何故そのような事が出来るのかは不明だ。

 何やら呪いや東洋の神秘と呼ばれるもののひとつであろうか。

 また御門家に何故(なぜ)、この様な術を使える者が必要なのか、千秋には全く解らなかった。


 その頃、冬峰は正面玄関にて、警護に就いた黒の三つ揃いを着用したオールバックにサングラスといった一見、その筋の関係者と間違われそうな男に背後から声を掛けた。

 男の傍らには縦一メートル程のハードケースが立て掛けられている。

朱羅木(しゅらき)、春奈さんから夕食の差し入れ」

 千秋同様、冬峰も夕食の差し入れを行ったのだが、朱羅木と呼ばれた男は背後を一瞥(いちべつ)したきり視線を前に戻して「必要ない」と一言だけ返した。

「ふうん」

 冬峰もあっさりと、再度食事を(すす)める事は無く引き下がり(きびす)を返した。

 冬峰としては相手が食事を取ろうが取るまいが、声を掛けたので一応の義理を果たしたと考えているのか、もしくは面倒臭いだけなのかも知れない。

「待て」

 そんな彼に含むところでも有るのか、歩き出した冬峰の背後から朱羅木は右手を背広の左脇に差込んで低い声で制止する。

「お前はいつまで本家に厄介になるつもりだ。貴様は己が居るべき場所を心得てはいないのか?」

 朱羅木の抑揚(よくよう)の無い問い掛けに、冬峰は前を向いたまま(てのひら)を肩の高さまで上げてすくめて見せた。

「少なくとも太陽系第三惑星にいなければならないのは知っているけど、それ以外に何か気をつけるべきなのかな?」

「犬畜生にも劣る奴が吠えるじゃないか。本家だけでは飽き足らず分家の巫女(みこ)にまで取り入ろうとするとは、若いのになかなかの野心を持っているな」

 揶揄(やゆ)するような言葉にも冬峰は顔色ひとつ変えず、どこか眠そうな眼差しに口元だけ皮肉めいた笑みを(かす)かに浮かべている。

「まあ、俺の飼い主は本家で、今回の警護は当主代行の決定だからね。朱羅木も僕も命令には逆らえないと思うよ」

 間延びした声で、本当に迷惑なんですといった口調で話す冬峰は単に事実を話したっだけであろうが、朱羅木を挑発している様にも聞こえる。

 実際、朱羅木の抜き出された右手には中型の拳銃が握られていた。

 南部九四式拳銃、朱羅木の右手に握られたそれは直径八ミリの銃口を冬峰の後頭部にむけていた。拳銃は一九三五年頃に生産された旧式だが、手入れが良いのか傷も目立たず確実に弾丸が発射されそうだ。

「貴様のような化物でも、この距離で撃ち込まれればかわす事も出来まい。それにコイツの弾丸は(みそぎ)の済んだ水銀製の弾丸だ。一発で頭が吹き飛ぶぞ」

 あーっ、と呻いた後、「面倒臭いな」と冬峰はつぶやいた。両手がシチュー皿で(ふさ)がっていなかったら、頭を()いていたに違いない。

「銃声がするとまずいんじゃないの。陣地が出来上がるまで待てば?」

「本家が何とか揉み消すだろうよ。俺の立場も心配無用だ。貴様が死ねば喜んでかばってくれる奴も多いからな」

「あはは、嫌われているねえ」

 何故か楽しそうな声を上げる冬峰に忌々(いまいま)しそうに舌打ちを打って、朱羅木は右人差し指に少しずつ力を加えていった。

 南部拳銃の引き金がククッと交代する。

 後数ミリで弾丸が発射される。少しの覚悟と邪魔者を消す歓喜を込めて最後のひと引きを行う寸前、耳に入った冬峰の一言で朱羅木の指の動きが停止した。

「試してみるかい? 俺も前の借りを返しておきたいしね」

 どうでも良い様な投げやりな声。

 全く自分の命も相手の命も歯牙に掛けない平坦な口調。

 それを聴いた途端、朱羅木の全身に脂汗が噴き出した。

 殺される。この小僧は自分が死ぬのも構わず相手を殺す。獣が食い散らかす様にばらばらに相手を切り刻んで殺害する。

 ただこの眼前の少年が殺気を放つのを初めて朱羅木は感じ取った。


 いや、違う。

 これは二度目だ。

 だからこそ、こいつはこの場で殺しておかなくてはならない。

 何時か、こいつは御門家に矢を向ける。


 朱羅木に先程までの必殺の自信は全く無かった。あるのはこの目の前にいる化け物が振り返るまでに殺さなくては自分が死ぬという確信だった。

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