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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
三章 死の旋風
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三章 死の旋風(3)

                    2

 

 千秋(ちあき)は目を()ました。

 カーテンの隙間からこぼれた朝の日差しが千秋の両眼を照らし、彼女は目を細めて右掌をかざす。

 思考が覚醒するまでの数秒間、彼女はそのままの姿勢で固まっていたが、彼女の眠っていたベットの足下に人影を認めて一息に起き上がる。

 ブルーのストライプの入ったパジャマの第二ボタンまで外して眠っていたので、慌てて前を合わせボタンをはめたが、ベットの足下に寝転んだ従弟(いとこ)がぴくりとも動かず眠り続けていることに安堵して手を下ろす。

「そうだった……」

 昨晩の記憶を反芻(はんすう)し、千秋はつぶやいた。

 昨晩の非常識な出来事に疲れきった彼女は、本家に戻ろうとする冬峰(ふゆみね)を替えの下着やら何やらを取りに行くと強引に説き伏せて、自分の下宿するアパートに帰ってきたのだ。

 アパートの脇の階段に一人手持ち無沙汰にしている中年男が居たが、冬峰が傍らに寄り一言二言耳元で呟くと、首を勢い良く上下させてから慌て駐車場に停めたライトバンに乗り込み去って行く。

 後にその場に居たフェランが「今宵(こよい)虎鉄(こてつ)は良く斬れる」とは何かの呪文かどうか千秋に尋ねたが、千秋は曖昧(あいまい)に笑ったきり答えは返さずじまいだった。

 結局夜中だったこともあり、二人は話し合って本家には明日の放課後に顔を出すことにする。

 とりあえず全ては明日からとシャワーを浴びた後パジャマに着替えた千秋は、玄関前で壁にもたれ掛かって眠っている冬峰を発見したのだ。

 おそらく見張りの心算なんだろうが、こんなところで寝かせるのも何なので冬峰を寝室まで引き摺っていき、毛布を掛けて眠りに着いたのだった。

 常に眠たそうにしている従弟の寝顔は瞑想する僧の様に物静かで、寝息も長く微かに呼吸音が聞こえる程度であり、それがまるで眠っているのではなく死んでいるのではないかと一瞬千秋を不安にさせる。

「ん……」

 覗き込む千秋に気が付いたのか、冬峰の眼が微かに開かれる。

「………」

「………」

 がばっと冬峰の上体が跳ね起き「食事の用意」と呟いた後、ぼんやりとした目付きで周囲を見回す。

「?」

 何だ此処は、いったい何処だ、とでも言うかの様に千秋を寝ぼけた状態のまま見つめる冬峰を、千秋は呆れ果てたとばかりに嘆息して昨晩からの経緯を説明した。

 ひょっとして、この男は一晩眠れば何もかも忘れるんじゃないだろうか。

「そっか……」

 合点したのか、しないのか、冬峰はそれだけつぶやいてばたりと仰向けに倒れこんだ。そのまま眼を閉じ寝息を立てる。

「寝るな!」

 それから千秋は廊下に冬峰を放り出した後、いそいそと学生服のブレザーに着替えて食事の用意に取り掛かった。

 彼女の朝食は至ってシンプルであり、トースト一枚に焼いたベーコン二切れ、それにミニトマトとレタスのサラダといった内容だ。

 飲み物は粉末カップスープを牛乳で溶いたものを出し、出来るだけ食事の用意する手間を省いている。

「いただきます」

「んー」

「………」

 千秋は無言でいつの間にか席に着き、用意された冬峰の朝食を口に運ぶ正体不明の外国人を睨み付けた。

 トーストを平らげたフェランはようやくそれに気付き、何かな、と、悪びれた様子も無く視線を上げる。

 ちなみに冬峰は席に着いたまま、まだうつらうつらと船を漕いで覚醒していない。

「いや、昨日は大変だったね。うん、君、眼鏡を掛けない方が美人だよ」

「それはどうも。で、どうしてフェランさんが此処に居るんですか?」

 千秋が唇の端を引き攣らせて静かに尋ねる。

 フェランは肩をすくめて、両手の掌を肩の高さまで上げて首を傾げた。いや、私も困っているんだよ、と仕方なさそうに呟く。

「いや、出来れば僕もこのような厚かましい真似はしたくないのだがね。何しろ五箇月もこの地に留まっていると、手に職でもない限りそろそろ軍資金が尽きてくる。最初は優雅にホテル住まいだったが、今では車の中で寝泊りする毎日だ。食事なんてサンドイッチと缶コーヒーが関の山で、暖かい食事なんか一ヶ月ばかり口にしていないぞ」

 胸を張って答える図太いアングロサクソン系に千秋は、なら、とっとと帰って下さい。と言いそうになったが、言ったら言ったで何となくややこしい事態になりそうなので辛うじて黙り込んだ。

「それに今回は最大のスポンサーから、この件に関して関与しないことと厳命されていたのでね。個人で何とかするしかないのさ」

 さして気にする風でもなく飄々とした態度のフェランに、千秋は何も言えず狗狼の朝食が彼の胃の腑に収まるのを見送るしかなかった。

「まあ、今日だけは許してあげます。助けられたのは事実なんだし」

「謝謝」

 両手を合わせて頭を下げるフェランに苦笑して千秋は朝食の片付けに取り掛かる。

 結局、冬峰は朝食を抜いたまま千秋に引っ張られるようにして登校することなるのだが、これは自業自得としか言いようが無い。

「まだ眠いよ」

 学校までの道程を早足で歩く千秋の背に冬峰のボソボソとしたぼやきか届いた。眠いのはこちらも一緒と胸の内で千秋がつぶやく。

「ねえ、冬峰は本家の朝食の準備もしているんでしょ。だったら、ちゃんと起きれるんじゃないの?」

「まあ、昨日、一昨日と忙しかったし。疲れが溜まってるんだよ」

「へえ、そうなの。じゃあ何時も疲れているのね」

 誰が信じますかといった風に半眼で茶化す千秋だが、実際と石仮面の対決を眼にしなければ、何時も眠たそうにしているこの少年の活躍を信じることが出来ないだろう。

 ただ彼女が冬峰について知っているのは、彼が御門家の中でも厄介者扱いされていることと、本家預かりの身であること。そしてアルバイト中は意外と真面目なことだ。

 昨夜のことを思い出し、千秋は自分が赤面していくのを感じた。昨夜は不覚にも狗狼の顔を見て安心したのか、つい泣いてしまったのだが、それを冬峰に見られなかったか。それが気懸かりだった。

「あ」

 何かを思い出した。何か今迄忘れていた事を思い出したような気がする。

 そんな千秋に構わず冬峰はのんびりとした口調で言葉を続ける。

「あと早起き出来る理由は、春奈さん達の朝食を食べる姿が、まあ、可愛いからかな」

「起きたく無い程、可愛くなくて悪う御座いましたねえ!」

 激昂して先に歩いていく千秋の後姿を冬峰はぼんやりと見つめていたが、何で怒っているんだろと首をかしげ後を追い駆ける。

「別に休日は春奈さんが起しに来ても、昼過ぎまで眠っているけど」

 結局、校門前に着くまで千秋は一言も冬峰と言葉を交わさなかったが、校門の前に生徒達が集まり何やら騒いでいるのを目にして顔を見合わせた。

「今日、朝礼か何かあったの」

「千秋が知らなかったら、俺も知らない」

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