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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
三章 死の旋風
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三章 死の旋風(2)

 仕方なく回り込もうとした兵士は自分の顔をめがけて飛来する投げナイフを目にして、慌てて首を前に傾けた。

 三本の投げナイフは辛うじてヘルメットに当たり跳ね返ったが、その隙に少年兵が地面を滑る様に彼の足下へ近付いているのを見て、慌てて少年兵に向かって引き金を引く。

 彼は頭上を通過する弾丸をを無視するかに様に、兵士の足下の地面を前転しながら左手を振る。

 右太腿の内側を切り裂かれた兵士は、地面にしゃがみ込み傷口を押さえて血を止めようとしながら何か喚いていたが、今度は首筋を銀光が通り過ぎ、噴水のように血を噴出しながら倒れた。

 軽装甲車の機関銃が彼に向かって鳴り響くことも無く、機関銃手は軽装甲車の屋根に備え付けられた銃座にもたれ掛かったまま動かない。

 飛び散った小銃の弾の当たり所が悪かったのだろうか。

 残り四人のガリルが火を吹き、彼は自分の隠れていた廃屋の向かいにある路地に飛び込み、半ば崩れた煉瓦の塀に隠れた。

 しかし、彼の隠れた塀は丈夫とは言い難く、兵士の構えたガリルライフルから放たれる五・五六ミリNATO弾は容赦なく、彼の隠れた位置に向け煉瓦を削り取っていく。

 彼は彼の所属するチームの隠れた廃屋はへ目を向けたが援護射撃が行われる気配も無く、チームリーダー以下数名は奥に引っ込んだきり出てくることは無い様だった。


 これも何時もの事だ。彼は常に切り捨てられる側であり、組んで利する相手とは見られたことは無かった。

 彼は彼が守ろうとする者達以外には守られたことは無く、逆に銃口を向けられたこともある。

 この弱肉強食の世界の理により、彼は死ぬべき対象であった。

 それ故に彼はその世界で生きていく術を身につける。


「!」

 塀を貫通した弾丸が彼の頬をかすめる。

 其れが合図かのように彼は塀から飛び出した。彼を狙って四つの銃口が弧を描く。彼は身を低くして兵士達の前を横切り、最初に隠れていた廃屋の横の路地へ向かった。兵士達もその路地へ銃口を向ける。後数瞬もしないうちに彼の身体は無数の銃弾により引き裂かれるだろう。

 そして彼等四人の兵士は驚愕して目を見開いた。


 いない、いや消えた。違う。


 兵士は頭上で響いた何かを蹴る様な音を耳にして視線を上げた。そこには路地の両側の壁を蹴って、ジグザグに跳躍しながら上へ昇って行く彼の姿だった。

 ガリルで彼を狙い卯党

撃とうとした兵士達の一人は、彼の動きが素早く狙いが定まらない事に苛つきながらも、さらに弾をばら撒こうと弾倉を取り替える。が、頭上を見上げる兵士の目には、彼の姿が徐々に大きくなっていくように見えた。

 落ちてくる。少年兵が逆しまに落ちてくる。

 その兵士が再び彼に銃口を向けるより早く、半回転しながら彼に振るわれたナイフが首筋を切り裂く。

 彼は落下の衝撃を殺すかのように、落下の瞬間両膝を深く曲げ、ゴムで出来たボールのごとく反動を利用して前方へ飛び出した。

 銃を構えたまま彼の動きについていけず、突っ立った状態のの兵士の脇を通り過ぎながらナイフで脇腹を切り裂く。

 残った二人の片方が兵士が悲鳴を上げガリルを乱射する。

 狙いをろくに定めておらず見当違いの方向へ銃弾が飛んでいく。

 いつの間にか接近していた彼の左手に握られたナイフは、まずガリルを構えた右手首を切り落とし、返す刃で兵士の顎先から額までを縦に切り裂いた。

 彼は血煙を上げて倒れる三人の兵士に眼もくれず、直ぐに後方へ跳び退いて突き出されたナイフの一撃を間一髪でかわす。

 兵士の最後の一人は、小柄で素早い少年兵を仕留めるのに取り回しし難いガリルでは不利と悟ったのか、ナイフによる接近戦を仕掛けてきたのだ。

 兵士の鋭い突きによる腕の長さ(リーチ)の差が、彼に兵士の懐へ潜り込むのを不可能としていた。

 彼は徐々に塀の前まで押されていく。塀まで追い詰められて足を停めればめった刺しの未来が待っているだろう。

 ナイフを繰り出す兵士の隙の無さに彼はやけを起こしたのか、無謀にも仰け反り気味だった上体を顔を突き出すようにして前屈させた。その顔面へナイフの切っ先が、飢えた獣のように襲いかかる。

 そのナイフの柄を横断するように銀光が楕円を描く。

 彼の眼前に指を断たれた右掌が突き出され、足下には無骨な軍用ナイフと先程までそれを握っていた指が散らばった。

 彼はわざと無防備に顔を突き出してナイフの攻撃箇所を限定させたのだろう。兵士が己が武器を失ったことに気付くより早く、彼は引き戻される腕に引っ張られるように兵士に体当たりするようにして右太腿(ふともも)の内側にひと刺し、さらに左太腿を引き切るようにナイフを振るう。

 彼に覆い被さるようにして兵士が無事な左腕を伸ばすのを、彼は手首を捕らえると

前腕の内側を数度突き刺してから手首を切り裂いた。

 彼が兵士から跳び離れると、兵士は血の気を失い白茶けていく顔で信じられないというように目を丸くして彼を見ると、そのまま膝をついて前のめりに倒れる。

 路地の壁にもたれかかり息を整える。

 流石に六人も一度に相手をするのは我ながら無茶をするものだと思った。しかしこれで暫くの間、彼の仲間達の食糧事情は好転するに違いない。

 別の隊が狙っているかも知れず、いつまでも通りに身を晒すのは自殺行為に等しい。

 彼は路地に兵士を一人ずつ運び込んでから左肩の部隊章をナイフで剥ぎ取ろうと、路地から出て兵士達の死体へ一歩踏み出した。が、彼は背後にのけぞった後、再び路地へ飛び退いた。

 先程まで彼の居た辺りに土煙と着弾音が集中する。銃弾の飛んできた方向は彼の潜んでいた廃屋、その屋内(なか)からだ。

 更に彼の隠れた路地に向かって火線が集中する。釘付けになった彼に対して、もう勝ったつもりになったのかチームリーダーと二人の少年兵が廃屋から出て路地に近付いてきた。

 何故撃ってきたのか、その理由は彼にはよく分かっている。

 報酬だ。

 彼が手を下した兵士達は、彼同様彼等にとっても生きる為の糧となる。特に軍人六人分だとそうそう手に入るものでもない。

 飢える心配をしなくてすむのは誰にとっても魅力的に違いない。プラス彼の左手首も勘定に入っているのだろう。

 しかしこの危機にも、彼は表情を変えることも無く近付いてくるチームリーダーを見ていた。

 どうでもよかった。

 裏切られたとも思っていない。

 ただ、彼の命を脅かす【敵】になっただけだ。

 火線の一つが途絶えた。

 弾倉を取り替えるのだろう。チームリーダーの右手に居る少年兵が、手に持ったカラシニコフ小銃のバナナ型弾倉を取り替えているところだった。

 再びその少年兵が射撃を開始するまで約五秒かかるだろう。


 五秒あれば。


 彼は路地から滑りこむように火線の途絶えた側からチームリーダーに近付いた。

 彼の動きが早過ぎて銃口が追いつかない。

 背後の着弾音を気にした様子も無く、獣の様に身を低くした彼が漸く弾倉を取り変えた少年兵の背後に消える。

 チームリーダーは銃口を逸らした。

 撃つべきだったのだ生き残りたいのならば。

 何故ならその少年兵の足下から跳び上がった銀光は、チームリーダーの首を通り抜け、少年兵の両手を切り飛ばした。

「AAAAAAA!」

 血に塗れた少年兵の叫びも長くは続かなかった。

 もう一人の少年兵が彼の背中をめがけて小銃を発砲した瞬間、彼は半円を描くように身体の向きを変えながら絶叫する少年兵の背中に回り込み銃弾を避ける。

 手首を落とされた少年兵は銃弾に蹂躙されながら、身体を震わせて発砲する少年に飛び込んだ。

 突き飛ばされた死体を避けて銃口を逸らした少年兵の横面を、死体の陰に隠れた彼はカラシニコフの銃身をバットのように逆手に握り、木製の銃床(ストック)でバットを振るように張り飛ばした。

 倒れた少年兵に容赦なく何度も振り下ろす。

 それは許しを請う少年兵の声が途切れるまで続き、少年兵の脳の制御から外れた肉体が倒れた状態で歪なダンスを踊る。

 彼は一人で九人の命を奪ったにもかかわらず、顔色一つ変えず彼の元チームメイトの傍らにしゃがみ込み、彼らの身に着けた装備を剥がし始めた。

 武器弾薬はあるに越したことはなく、行動の妨げにならない程度に身に着ける。

 水筒の中の水も移し変え、自分の持つ水筒を満タンにすることにより行動中に中の水が跳ねて音を立てないようにした。

 そして葬った部隊の少年達の手首は切断した後、血の匂いが漏れぬようちぎった衣服にくるみ背負ったナップザックに放り込んだ。軍人達の部隊章も死体の身に着けた軍服から剥ぎ取り胸ポケットにいれる。

 てきぱきとそれらの作業をを終らせると身を低くしたまま辺りを見回す。

 早く別の隠れ家を見つけ、残り二日を生き延びなければならない。

 ふと最後に殺した少年兵の虚ろな視線を感じ振り返った。

 もちろん気のせいであり死体はぴくりとも動かず、ただ転がっている。

 敵となれば殺し、自分は生き残る。今迄もそうであり、これからもそうあり続ける。それ以外の生き方など、この世界では手に入るはずも無いのだから。

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