二章 学園闘争曲(12)
冬峰とフェランは一旦中央校舎に移動してから一階に下り、渡り廊下を使い再び東校舎に戻った。東校舎の一階の惨状は目に余るものがあり、窓ガラスはすべて割れ、靴箱は倒壊し、天井には罅まで入っている。
おまけに教室や廊下には男達が横たわり、何やらうんうんと唸っている。
一番酷い状態なのは階段で、上に続く足掛けは既に無く一階から四階まで吹き抜けになっている。
冬峰は瓦礫の堆積する一階の元階段周辺を細い懐中電灯の明かりを頼りに何かを探していたが、フェランの方が先に見付けたらしく散弾銃を構えて用心しながらそれに近付いていった。
「これで一匹片付いたな」
フェランは鉤爪と水掻きの付いた手のみ突き出た瓦礫の堆積を満足そうに眺めた。その下から青黒い生臭い匂いのする液体が染み出ているが、おそらく彼らの体液だろう。
「おっさん、こっち」
おっさんとの意味も分からず振り向いたフェランは、冬峰が指差す方向を見て顔をしかめる。
その方向には階段の手すりが腹に突き刺さり、それを抜こうともがく【深きものども】の姿があった。
冬峰たちに気付くと爪を振るいその首を薙ぎ払おうとするが、二人とも届かない位置から近づこうともしない。
「ま、運が悪かったと諦めて」
つぶやいてフェランは散弾銃の引金を引く。
銃口から放たれた一発弾は【深きものども】の右目を潰し、後頭部から脳を噴出させる。
「ガ、ガガ」
それでもまだ動ける深きものどもの頭部へ三発の一発弾を叩き込み、ようやく大人しくさせた。【深きものども】の頭部は跡形も無く吹き飛び、胴体が痙攣するばかりだ。
「動物愛護協会から苦情が来ないかな」
冬峰が背後でさして心配するようでもなく他人事の様に呟くのに対し、フェランは一応、数パーセントは人間なんだがと混ぜっ返した。
「奴等は人間との交配を好み、生まれた子供は最初のうち人間に見えるが、年を重ねるにつれ体格は両生類のような外見に変貌する。最後には半魚人となって深海にすむ同族と生活するようになるんだが、まれに人間の形態と半魚人の形態を切り替えられる血の薄い奴等もいる。こいつ等は【K】の組織でも重宝され、世界各地へ工作員として潜入しているんだ」
フェランの説明を聞いているのかいないのか、冬峰は「ふーん」と気のない返事をして辺りを見回した。
「いたいた」
冬峰は二階近くまで瓦礫が堆積している小山の頂上を懐中電灯で照らした。そこは階段が繋がった状態で斜めに突き刺さっており、まるで墓標の様であった。
その墓標に引っ掛かるようにして倒れている石仮面が光の中に浮き上がる。
仰向けに倒れた石仮面の下半身は無くなっている。どうやら落下した折、瓦礫の尖った部分に下半身が突き刺さりそのまま千切れたのではないだろうか。腰は無残な断面を覗かせており、人とは異なる緑色の液体を滴らしていた。
「一件落着」
「どうだろうな」
冬峰が石仮面を見上げて満足そうに呟くが、隣に立つフェランは石仮面を睨み付け警戒したように散弾銃を向ける。一語一語区言い聞かせるように言葉を続ける。
「奴は【不死の指導者】。この程度で天に召されはしない」
フェランの言葉が終ると同時に、石仮面が腕を振って反動を付けうつ伏せとなった。腕立て伏せをする様に両手を突き、瓦礫の上から冬峰達を見下ろす。
その仮面に開けられた目と口の穴から、瘴気を含んだ地獄の風が吹いてきそうで冬峰は一歩後ずさった。
石仮面の胴体の断面から緑色の液体は泡立つ程吹き出ており、スポンジの様に震えて硬化していく。
「あれ、まさか生えてるのか」
冬峰の指摘にフェランは頷いた。うわーっと冬峰が嫌そうな顔をする。
「一度、給油車と壁の間に奴を挟みこんで、手榴弾で吹き飛ばした事もあった。次の日襲ってきたときは五体満足だったよ」
「殺す方法は?」
「あればとっくに殺しているよ。奴は地球に降りてきた【大いなるK】から知識と力を与えられた代理人。やすやすと滅ぼせる相手ではない」
石仮面の下半身はすでに脹脛までが出来ており、足首の様な形のスポンジがその先に泡立っていた。立ち上がり降りてくるまで、そう時間は掛からないだろう。
「君は逃げろ。早く!」
フェランは冬峰を背後に押しやり散弾銃を発砲した。石仮面の肩の肉をごっそりと持っていくが、たちまち傷口から緑色の泡が吹き出し傷を塞いでしまう。
「刀一本でどうこう出来る相手ではない。彼女を連れて逃げろ。それぐらいの時間は稼いでやる」
石仮面が立ち上がりフェランに向かって跳躍する。黒いコートが魔鳥の翼のように広がり、それが石仮面を死神のように見せていた。
フェランは石仮面が空中にいる間に一発、着地してからもう一発、一発弾を撃ち込んだが、石仮面は平然と拳を振り上げフェランに向けて右ストレートを放った。
テクニックも何も無い力任せの一撃だったが、フェランは咄嗟に盾として拳を受け止めた散弾銃ごと背後に吹き飛ばされ背中から校舎の壁に激突する。
倒れたフェランの右手から銃身の折れ曲がった散弾銃が離れた。
「に……げろ……」
背中を壁にぶつけ、立ち上がれなくなったフェランが咳き込みながら冬峰を促したが、冬峰は左手に握った長脇差の柄に手を掛けゆっくりと刀身を抜き出した。
左足を前に出して伸ばしながら右膝を片足屈伸のように深く曲げながら、顔の右横まで両手で握ったままの柄を上げて、刀の切っ先を石仮面のみぞおちに向ける低い体勢の変わった構えを取る。




