二章 学園闘争曲(11)
「早く、四階まで上がれ!」
深きものどもヘ向け散弾銃を構えながら放ったフェランの指示に従い、冬峰は階段を一段とばしで駆け上がる。
フェランも後に続き二階を通り過ぎ三階の手前にある階段の折り返しに辿り着いた時、階段の手すりとの隙間から一階の階段の半ばまで【深きものども】が上がっているのを目にした。
彼等は四つん這いとなり、冬峰達より早いスピードで駆け上がって来る。
「?」
フェランが姿の見えない石仮面を気にしつつ三階から四階に続く階段を上り始めたとき、頭上から足音が響き千秋が姿を現した。そのフレームの細い眼鏡の奥の瞳が不安そうに潤んでいるのは、一人取り残されていたことが心細かった為だろう。
「何かあったの! 下から爆発音が聞こえてくるし。大丈夫なの?」
「降りてくるな。屋上で隠れていろ」
冬峰は千秋の隣に並び左肩を掴んで押しやったが、千秋は動かず訝しげな視線を階下の外国人に向ける。
フェランは笑顔を浮かべて手を振るが、千秋は更に眉をひそめて「何でこの人が居るの?」とつぶやき警戒を緩めてはくれなかった。
冬峰はふうっと仕方無さそうにため息を付いてから、
「ただの銃刀法違反者で、二十歳以下の日本人女性が好みで撮影して回る、自称ジャーナリストだ」
と説明した。
「それは酷い」
「嘘ね」
千秋は冬峰の説明を一言で切り捨て、で、とフェランに視線で説明を促した。
「前に話したことが全てなんだがね。ただ、今回は【不死の指導者】まで顔を出している。普通、奴の様な大物は旧支配者が直接係わる企て事にしか姿を現さなくてね。今回君達の狙われる理由というものが何なのか、それを聞かせてほしい」
四階に到着するとフェランは四階の踊り場の中央に置かれた、やや大きめの弁当箱サイズの銀色の箱の前に跪いた。
箱の表面には小さいスイッチが四つ横並びに取り付けてあり、箱の一方からコードが四本、階段を伝って階下に延びている。
「何よ、これ」
千秋が覗き込んだとき、三階と四階を繋ぐ階段の踊り場で何か重いものが落ちる音がした。
冬峰、千秋、フェランの三人が揃って階段へ視線を向けると、そこには闇よりも暗いマントコートと、泣き笑いのような表情を浮かべたかのように見える石仮面を被った長身の影が三人を見上げている。
フェランの耳には階段を駆け上る足跡は聞こえず、石仮面は階下で待機しているものと思っていたが、どうやら階段を跳躍しながら上がって来たらしい。
更に階下から【深きものども】らしいせわしない獣が駆け上ってくる足音を耳にしてフェランは歯噛みした。
どうこの二人を逃がすか。彼はポケットの中にある二つの切り札、黄金の蜂蜜酒と石笛を握り締めた。
助けは来ないかもしれない。しかし次の手の効果が無ければ、この場を切り抜けるにはこれしかない。
「耳を塞いで、早く!」
フェランはそれだけ言って、素早く銀色の箱のスイッチを押していった。冬峰と千秋が両手で耳を塞ぐのと同時に地面が大きく揺れる。
四階手前の踊り場から冬峰達の手前まで跳躍しようとした石仮面がバランスを崩し片膝を着く。その足下が凄まじい勢いで蜘蛛の巣の様なひびが入り崩れていき、四階に続く階段も下から順番に階下に落下する。
「ちょっと、何したのよ!」
校舎を揺るがす震動に、千秋は尻もちをついて叫んだ。「スカートの中、見えてるよ」と呟いた冬峰の声も聞こえていない様だ。
石仮面の下肢に力が込められ、次の瞬間爆発するような勢いで伸び上がり、僅かな足場を蹴って跳躍する。
「おっつ」
石仮面の右手が階段の残骸に掛かり、片腕一本の力のみで石仮面の上半身が四階に乗り上げようとした。冬峰はブレザーの内ポケットから両刃の投げナイフを取り出し投擲しようとするが、それより先に脇より伸びた散弾銃の銃口から轟音が響き石仮面の右肩から先を吹き飛ばす。
なすすべもなく石仮面が階下に落下する。
「危ない、危ない」
フェランはフォアエンドを前後させ次弾を装填すると、コートのポケットからもう一発取り出して給弾孔より装填した。
冬峰は崩れた階段の縁まで歩み寄って階下を覗き込む。
「奴はどうなったかな」
「PE4、五キログラムはやり過ぎだったかな」
冬峰と同じように階下を覗き込んでフェランがつぶやく。
一階から四階迄の階段は跡形も無く崩れ、一階の床も陥没し瓦礫が散乱している。
もし階段を移動中のものがいれば落下する瓦礫に潰されるか、高所から落下して瓦礫に叩き付けられるか、いずれにしても致命的なダメージを受けているに違いない。
「どうするの、これから?」
「奴等の生死を確かめてくる。どうにか逃げれそうだったら携帯に連絡する」
冬峰は千秋の問い掛けに答えると、踵を返し渡り廊下に向けて歩き出した。その背へ「私も行くよ」とフェランが声を掛け後を追う。
後に残された千秋は二人の背を暫く見送った後、溜息を吐いて廊下に座り込んだまま自分の膝を抱え込む。
まだ自分の膝は震えていた。怖かったのだ。
下から響く爆音と、石仮面の視線。冬峰とフェランの二人が居なければ自分はどうなっていたか、千秋は自分の考えが甘かった事を思い知った。
そして彼女を守る冬峰についても、千秋は戸惑っている。
学校やバイト中はいつも眠たそうにして、口数が少なく喜怒哀楽にしてもあまり顔に出さない掴み所の無い茫洋とした雰囲気の従弟であり、こんな荒事とは無縁の人間だと思っていた。
しかし今の冬峰は態度こそ何時もと変わりないものの、どことなく水を得た魚のように見えるのは気のせいだろうか。
だから、怖いのだ。
冬峰の眼の奥にある冷たい何かが見えそうで怖いのだ。
なぜか冬峰は御門家の中でも忌み嫌われている。その理由が今夜の冬峰と関係が有りそうで怖いのだ。




