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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
二章 学園闘争曲
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二章 学園闘争曲(8)

                   4


 紺背広は腕時計を覗き込み時間を確認した。

 午後八時三十分。既に学生の姿は通りから消え、このコンビニの駐車場から見える校舎も黒い塔と化しており、校舎内に学生の残っている様子も無い。


 本来なら目標の女生徒は駐車場前のバス停から下宿先の数メートル手前までバスで移動する。

 下宿先を見張る部下に連絡を取るとまだ帰っていないと報告があり、学校を囲む路地のひとつひとつに部下を張り込ませているが何処からも彼女を見かけたという報告はあがっていない。

 となると消去法の結果、女生徒はこちらの待ち伏せに気づいて校舎内に篭っているか、我々の知らない方法で校舎を出て、別の下宿先に泊まっているかだ。

 紺背広は前者と判断して携帯電話で部下に校内へ侵入するよう連絡を取った。

 懸念は昨晩、目標の拉致を妨害した小僧がこの学校の生徒ということだが、部下には念のため銃を携行させているうえ、二人は【深きものども】である。あの程度の敵なら骨も残さず始末できるだろう。

 もうひとつ、アンドリュー・フェランもおそらく目標を見張っているだろうが、そちらは【不死の指導者】が相手をすることになっている。

 紺背広は背後の闇色のワゴン車を振り返った。その瞳の奥に怯えがあるのは、今度失敗すれば彼に命はないと【大いなるK】の代行者たる【不死の指導者】に宣告された為だった。

 窓ガラスから車内を覗こうとも黒いスモークガラスで遮られ、車内は闇の住人が搭乗するに相応しい雰囲気が立ち込めていた。

 ハンドルを任された男はこの組織の古参の一人だが、何かに怯えるかのようにひっきりなしに垂れる汗をぬぐいながらバックミラーへ目をやった。

 後部座席に腰掛けた笑い顔の石仮面を被った大男は運転手が知る限り三時間以上も身じろぎひとつせず虚空を見つめている。

 この仮面については紺背広からくれぐれも失礼の無い様にと釘を刺されているが、男が仮面について知っていることは彼が【不死の指導者】として恐れ敬われている事ぐらいである。

 ふと仮面が外の見えない窓ガラスへ目をやり何かを呟いた。運転手には聞こえなかったが、彼はこう呟いたのである。

「なかなか手強い」


 校門を乗り越え校庭へ二〇人程の男達が侵入した。

 外見は背広姿やジーンズ姿のごく普通の一般市民に見えるが、会話も交わさず無表情に校庭を横切る姿は、魂を失った哀れな亡者が行進するように見えて不気味なものだ。

「団体さんのお着き」

「何よそれ。それに屋上にテントなんか立てて何考えてるの」

「勿論、籠城(ろうじょう)を決め込んだ持久戦さ」

 屋上で校庭を見下ろしながら面倒臭そうに棒読みでつぶやく冬峰(ふゆみね)に、千秋(ちあき)はコイツは馬鹿かといった表情で睨み付けた。こんな事態に陥っているのに何言っているんだろう。

「それでどうするのよ。一晩中、あいつらが上って来ません様にって祈っているの?」

 屋上はまだ寒いんだからと愚痴る千秋を尻目に、冬峰はボストンバッグから長めの棒、いや反った形状の鞘付きの刀、日本刀を取り出した。

 刀は普通刃渡りは約七〇センチ、二尺以上であるのに対し、それは脇差の一尺、およそ三〇センチより長く、刀より僅かに短い約五十センチの刃渡りを持った長脇差(ながわきざし)、または小太刀(こだち)と呼ばれる物だ。

 幕末では長くて室内の斬り合いに適さない刀より、この小太刀を好んで用いる者も多かったらしい。

「神頼みは性に合わないんだよね。あ、これ千秋持っといて」

 冬峰は更にボストンバッグから中型の拳銃を取り出して千秋に押し付けた。その拳銃は緑色のプラスチックの地肌をしており、凹凸の少ないシンプルな外観をしている。

「この拳銃はグロック⒚といって、プラスチックを多用したとても扱いやすい拳銃なんだ。撃つときはこのスライドを引いて弾を込め……」

 冬峰は持ち手の上に付いた遊底(スライド)と呼ばれる四角いパーツを手前に引いた。中央に開けられた四角い穴から金色の弾丸が覗く。

「後は引き金を引くだけで弾は出る。十五発撃つと弾切れになるから、その場合は握りの横の突起を押して弾倉(マガジン)を落とし、代わりの弾倉を入れる」

 ひと通り操作の手順を説明してから、冬峰はグロックを手にしたまま目を白黒させている千秋に珍しく真剣な表情で念を押すように強い口調で言葉を続けた。

「くれぐれも言っておくけど、もし危なくなったら躊躇(ちゅうちょ)しないで相手のお腹を撃つ事。相手の命とか考える程、僕等に余裕は無いからね」

 気圧されて(うなず)いた千秋に予備の弾倉二本を渡して、冬峰はよいしょと声を掛けて立ち上がる。

「ちょっと、降りて片付けて来ますんで。危なかったら携帯に電話するよ」

 長脇差の鞘を左手に冬峰は階段を下りていくが、猫背でいかにも「面倒臭いんです」と言ったような雰囲気を(まと)っているので、千秋は今ひとつ、この少年が頼りになるとは信じられなかった。

「大丈夫なのかな。ホント」

 溜息をついても事態は好転する訳無いので、千秋は屋上から校庭を見下ろした。ただ頼りにならない風情の従弟を待つしかないのだから。


 学校の敷地内に侵入した【K】の信者の内、校舎の生徒用昇降口前に一〇人、他の者達は五人ずつに分かれ、それぞれ職員用昇降口と非常口からの校舎内へ侵入する手筈となっている。

「やれ」

 昇降口の入口は最近の治安状態を反映してか複数の鍵以外に大きな南京錠が掛けられている為、紺背広は力ずくで扉を開けようと背後の二人に声を掛けた。

 のっそりと男達の中から黒いコートに帽子を目深に被った二人組が前に出て、昇降口の手前二メートルの位置まで近付く。

 その前屈した姿勢と大きめの衣服を着用している様は、冬峰が雑木林で遭遇した半魚人と酷似していた。

 しかし、彼等はふと昇降口の扉へ目をやったきりピタリと動きを止める。唐突に歩みを止めた彼等の背後から覗き込んだ信者達は、その原因を見つけると皆が忌々しそうに唇を歪めた。

「旧神の印か。アンドルー・フェランがいるのか」

 それは千秋と冬峰が襲われた晩に、アンドルー・フェランと名乗ったから受け取ったものと同じ五芒星(ごぼうせい)が刻み込まれたお守りの石だった。それが等間隔で昇降口の前の床に置かれている。

 二人組みが低く呻いたきり近づかないことからフェランの言ったとおりの効果があるようだ。

「は……やく、取り……除け」

 途切れ途切れに二人組が聴き取り難い性能の悪いスピーカーを通したような声で命令すると、男達の中から馬面の男が昇降口の前に近づいて身をかがめた。

 他の者達は拳銃や、ナイフ、伸縮警棒を抜き周囲を見回している。どうやらフェランが居ないかどうか確かめているらしい。

「水?」

 馬面は昇降口の内側から五芒星のお守りまで、水溜りが出来ているのを目にして首を捻った。雨など今日は降らなかったはずだが、と思いながらお守りを拾おうと手を伸ばす。

「がああああっ!」

 男達は馬面がいきなり立ち上がり背後にはじけ飛ばされるのを目撃した。

「何事だ」

 痙攣する馬面の髪は逆立ち、眼球が血走っていることから毛細血管も切れているかもしれない。息はしており命には別状無さそうだが、何が原因でこうなったのか判断がつかなかった。

 不意に紺背広の携帯電話の呼び出し音が鳴り、彼は苛立たしげに携帯電話を耳に当てた。一言、二言、応対していたが「何だと!」と声を荒げる。

「すべての出入り口に電気が流されているだと」

 職員用出入り口はガラス張りであり、かろうじて内部の様子が確認出来たので床に撒かれた水と垂れ下がった電線が確認出来たのだ。

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