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天門町奇譚 魂欠けの剣士と裏庭の姫君  作者: 飛鳥 瑛滋
二章 学園闘争曲
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二章 学園闘争曲(6)

 二人が林道に姿を消して数分後、ぶかぶかのジャケットに鳥打帽を目深に被った人影が雑木林の中から林道に現れた。

 猫背で億劫そうに歩くその背へ、負けず劣らず億劫そうな茫洋とした声が掛けられる。

「えーと、まーてくれないかな。自称ジャーナリストは兎も角、あの二人を巻き込むのは遠慮してほしいんだけど」

 ゆっくりとした動作で鳥打帽が振り向くと、木の陰からブレザー姿の少年、御門冬峰(みかど ふゆみね)が姿を現した。

「雑木林の中に気配を感じたんで迂回してみたら、あんたがあのオッサンを見張っていたんでね。尾行するのは慣れていてもされるのは慣れていないね」

 のほほんとした口調で問いかける冬峰に、じりじりと鳥打帽が間合いを詰めるように近付く。

「提案なんだけど、学生二人組みの事はきれいさっぱり忘れてくれないかな。あの二人は僕らの世界には相応しくないんだ」

 冬峰が言い終わらないうちに、それまでの愚鈍な動きを忘れたかの様に冬峰の眼前まで跳躍した鳥打帽は彼に向けて右手を突き出した。皮手袋に包まれた拳が空気を鳴らして迫ってくる。

 冬峰の背後の木が生木の裂ける生々しい音を立ててへし折れた。

 冬峰は右横に約一歩分移動して拳をやり過ごしたのだ。

 馬鹿力、と呟くも浮かんだ笑みは消えていない。

「やっぱり駄目か。しかし蛙みたいなジャンプだね」

 鳥打帽が右手を引いて二発目を放つより早く、冬峰は左手に隠し持ったビクトリアノックス製のナイフ【ウェイター】を振るった。刃渡り五センチの銀光が、尾を引きつつ鳥打帽の右手首へ走る。

「!」

 鉄と鉄の擦れるような音と、刃から伝わる感触に顔を顰めた冬峰は、続けて放たれた左フックをしゃがんで避けて後方へ跳び下がる。

 ナイフの刃は刃が欠けるだけでなく、罅割れて曲がり、二度と物を切ることは出来なくなっていた。

 切れた鳥打帽の手袋の隙間から鈍い光が反射しており、防弾服かと冬峰は目を細めてその正体を見極めようとする。

「ゲ……ガカッツ、カ」

 鳥打帽が呻いた。いや、鳴いたというべきか。その声は人間の放つものではなかった。全身に力が込められ、ぶかぶかのジャケットが膨れ上がる。

「ゲカカカカッツ」

 内側からの圧力に耐え切れず、衣服がちぎれ地肌が露わになる。鳥打帽と一緒に頭髪も地面にずり落ちたところを見るとカツラだったようだ。靴と手袋から指の間に水掻きのあるツメが突き出てきた。

「これは……すごいね」

 代わりの服はあるのかな、と呆けた心配をしながら冬峰は眼前の元鳥打帽を観察した。

 身長約二メートル、腹と関節を除いた全身に緑色の光沢のある鱗が覆っており、やや前屈姿勢でアメフト選手のタックル寸前の格好をしている。

 外観は蛙より手足の生えたシーラカンスに見えた。

「信州の山奥に半魚人。出てくる場所を間違えてるんじゃないか?」

 その一言が呼び水になったのか、半魚人は大きく咆哮(ほうこう)して突っ込んできた。

「わお」

 冬峰は大きく飛び退き、雑木林に退避する。

 雑木林の中ならば相手の動きも制限出来て勝機を得ることも出来るだろう、と考えたのだが世の中、そう甘くは無かった。

 半魚人は冬峰の隠れた前方の木々をツメの一振りでなぎ倒し、冬峰を追い詰めていく。

「やれやれ、あのお守り、効果あるんだろうな」

 お守りとは昨晩、アンドリュー・フェランから受け取った五芒星の模様が刻まれた石のことである。

 その石を持っている限り、人間と【大いなるK】の眷属以外の下僕から守ってくれるとフェランは言っていた。

 念の為、登校時に紅葉にお守りを渡して登下校は夏憐と一緒に行動することと言ってあるが、出来ればこの半魚人がこのお守りが苦手で、学校内で大暴れして紅葉や夏憐に危害が及ぶ恐れの無いことを、冬峰は願うばかりだ。

「しかし、どうしたものかな。海の生物の解体は魚屋か板前の役目なんだが」

 立木を背に追い詰められた冬峰は横なぎに振られたツメの攻撃を木の幹を蹴って前方へ跳躍することによってかわした。更に半魚人の背を蹴って高々と宙を舞い、地上四メートル程上の木の枝を掴む。

 冬峰は右手で木の枝にぶら下がったまま、左手を後ろ腰に取り付けられたナイフホルスターへ伸ばす。

 取り出された銀色の折り畳みナイフの刃を、刃の側面の突起を親指で回して引き起こす。刃渡りは十二センチほどあり、いかにも実戦的で剣呑な雰囲気を放っていた。

 ナイフはバックやランドール、ソグ、エマーソン等のナイフメーカーによるもの以外に、個人で製作されたものも販売される。

 冬峰の持つものは格闘家でもあるラスィ・ザボ製作のRADと呼ばれるタクティカルナイフのショートバージョンで、信州から遠く兵庫県のナイフ専門店まで自ら買いに出かけて手に入れたものだった。

 半魚人が冬峰の捕まっている木の幹をへし折ろうと手を振り上げるのと同時に、冬峰は手を離しナイフを逆手に持ち替える。

 落下しながら半魚人の額に両手で振り下ろす。

 硬い音を立ててナイフの刃は二センチほど額に食い込んだが、半魚人が構わず両手で冬峰を挟み込もうとするのを肩を蹴って、後方へ宙返りしながらかわした。

「タフだね。ホント」

 逆上したかのように追ってくる半魚人にぼやき、冬峰は地面すれすれに身を低くした状態で疾走した。

 その疾走はまさに異様だ。喩えるなら水の上を走るアメンボのように音も立てず、しかし高速で滑る様に半魚人の横を通り過ぎる。

 半魚人の目には何の予備動作も無かった為、消えたように見えただろう。

 横を通り抜け様に放たれた横薙ぎの一閃は半魚人の右膝裏を切り裂いた。

「!」

 木の幹に手をついて身体を支える半魚人へ、右足を軸にして半回転した冬峰の勢いを利用した一撃が奔る。下方からの斬撃に右肘の関節部が血を吹く。

「解体は出来なくとも、足止め程度なら何とかなるか」

 半魚人はバランスを崩しながらも左手を冬峰の顔面を抉ろうと振るったが、素早く背後へ跳躍され叶わなかった。

「ボストンバッグを置いて来るんじゃなかったな。あれだったらぶった切る自信はあるんだけど、まあ、いいか。えーと、見逃してくれないかな」

 このような状況に似つかわしくない茫洋とした雰囲気を纏った少年の、これまたピントのずれた提案に、半魚人は両手両足を地面について力を蓄える様に前屈姿勢を取った。ぎちぎちと四肢のたわむ音がする。

()る気満タンだね。撤退、撤退」

 くるりと背を向け雑木林の出口に向けて疾走する冬峰の背を、カエルの様な跳躍を見せて半魚人が追跡する。

 冬峰の疾走は高校生レベルどころか、百メートル九秒台で走破出来るのではないか、そう思わせる速度であったが、それでも両者の距離は徐々に縮まった行く。

 冬峰の耳に半魚人が着地ざまに噛み合わす咢の音が響いている。少しでも速度を落とせば冬峰の頭部は半魚人の胃袋に収まるであろう。

 雑木林の出口が見えてきた辺りで不意に冬峰が体を沈めた。そのまま脇に放置していたボストンバックを抱え上げチャックを開けながら振り返る。

 半魚人はこの追い駆けっこに終わりを告げる様に高々と飛び上がった。

 ひと噛みで首を喰いちぎり巨体で押し潰すのが彼の最も得意とする獲物の仕留め方であった。

 しかし、次の瞬間我が身に起こった出来事は、半魚人にとって予想だにしなかったことであろう。まさか、銀光が跳ね上がり己の右手右足が一度に断たれるとは。

 半魚人がバランスを崩し身体が空中にあるうちに続けて左手足が切断され、鱗のない腹に十文字の傷が走り内蔵が噴出する。

 喉が横に切り裂かれ、胸の中央の傷は跳ね上がり喉の傷と合流する。

 冬峰が動きを止め血風が治まった時、両手足を無くして喉から腹まで切り裂かれた半魚人が、仰向けに地面に落下して身体の中身を(さら)した。痙攣と共に血が噴出してくる。

 冬峰は文字通り生け造りと化した半魚人に背を向けて歩き出したが、ふと足を止め携帯電話で冴夏(さえか)に連絡を取った。これをこのまま放置すれば一騒動起きかねない。

「冬峰、何かあったの?」

 開口一番、尋ねる叔母の言葉に、冬峰は背後を振り返った。

「えっと……新鮮な刺身は要りますか?」

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